Enlightenment Now その70

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

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第22章 科学 その5

 
ではこの科学軽視の動きに対してどうすればいいのか.ピンカーは人文学は科学との融合を進めていくべきだと主張する.
 

  • 現代科学が与えられる最大の貢献候補は人文学との深い統合だ.
  • 現在人文学は問題を抱えている.大学のプログラムは縮小され続け,次世代の研究者は職不足でモラルは下がり,学生は逃げ出しつつある.考察力のある人にとって,我々の社会が人文学に投資を控えているのは憂慮すべき状況だ.歴史学のない社会はいわば記憶のない人間のようなものだ.哲学は明晰さと論理が容易に手に入るわけではないことを教えてくれる.芸術は人生を生きる価値のあるものにしてくれる.これらの学問による知識は簡単に入手できるものではなく,常に投資し続けるべきものだ.
  • 人文学の問題は,まず我々の文化にある反インテリトレンドと大学の商業化にある.しかしいくつかのダメージは人文学自身によるものだと認めるべきだ.人文学はまだポストモダニズムの厄災(けんか腰の目くらまし主義,自己否定的相対主義,極端なポリコレなど)から抜け出せていないのだ.ニーチェやハイデガーやラカンやデリダたちポストモダニストは,現代について,嫌悪すべき対象であり,すべてのステートメントが矛盾し,抑圧の道具であり,リベラル民主主義とファシズムは同じであり,西洋文明は没落しつつあると宣言しているのだ.こんな態度では人文学が自らの進歩を企てるのに問題をかかえるのは当たり前だろう.

 
冒頭の部分は文科省の方々にも是非受け止めて欲しいところだし,人文学自身がポストモダニズムを総括すべきというのもその通りに思える.
 

  • 科学との統合は人文学に新たな洞察の可能性をもたらすだろう.芸術,文化.社会はヒトの脳の産物だ.それは我々の感覚,思考,感情から生まれ,対人間の相互作用により疫学的な動態をもって広がっていく.これらの関係を知りたくないか?科学も人文学も勝者になれる.
  • いくつかの分野ではこの統合は進み始めている.考古学は芸術史とハイテク科学により豊かになっている.心の哲学は数学論理,コンピュータサイエンス,認知科学,神経科学と結びつきつつある.言語学も系統学,実験科学,数理モデル,ビッグデータ統計解析を取り込みつつある.
  • 政治学は本来ヒトの心の科学と親和性があるものだ.社会学,政治学,認知科学者は政治とヒトの本性の関係を探り始めている.ヒトはモラルを持つアクターであり,権威,部族,純粋についての直感に導かれ,自分のアイデンティティにかかる神聖な信念にコミットし,復讐と仲直りという相反する傾向に動機づけられる.我々は何故このような性向が進化したのか,どのように脳に実装されているのか,どのようにスイッチがオンオフされるのか,個人差や文化差がどこから来るのかを理解し始めている.
  • ほかにも素晴らしい可能性が広がっている.視覚芸術と視覚科学,音楽と言語科学や聴覚科学,そして文学と認知心理学,行動遺伝学,進化心理学の組合せには大きなメリットがあるだろう.
  • まだ多くの人が人文学の評価は伝統的なナラティブ批判によるべきだと考えているとはいえ,一部にはそれを数量化できないかという考える学者も現れている.データサイエンスを本,刊行物,書簡,楽譜に利用したデジタル人文学が始まりつつある.
  • 知の統合によるメリットは情報が双方向に流れるときに実現されるだろう.大学は両方の分野に精通した学者を養成すべきだ.

 
これはEOウィルソンの「Consilience: The Unity of Knowledge」(邦題「知の挑戦」)の提言をより深く,より具体的に提示しているということだろう.ウィルソンの提言より20年経過して,少しずつそのような取り組みは実際に増えているように感じるところだ.

Consilience: The Unity of Knowledge (English Edition)

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知の挑戦―科学的知性と文化的知性の統合

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  • 作者: エドワード・オズボーンウィルソン,Edward O. Wilson,山下篤子
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  • そのような統合の試みが進みつつあるなか,多くの第2文化の警官たちは自分たちはそんなものには興味がないと宣言している.
  • アダム・ゴプニックは,ジョナサン・ゴットシャルの物語りの本能の進化についての本について「物語についての興味深い問題は,その好みのユニバーサル性にはない.良い物語と悪い物語の違いがどこにあるのかにあるのだ.それは女性のファッションと同じで,ほんの些細な表面的な違いがすべての帰結をもたらすのだ」と批評した.しかし文学を本当に評価するのに,そのような鑑定眼だけが問題なのだろうか.探求好きの心は「なぜ異なる文化で,同じ人間の実在の謎が繰り返し時を越えて取り上げられるのか」に興味を引かれるかもしれないではないか

The Storytelling Animal: How Stories Make Us Human (English Edition)

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  • 文学批評家のレオン・ウィーゼルタイアーは人文学者は進歩しようなどとすべきではないと主張する.「哲学の毒は引退しない.誤りは修正も破棄もされるべきではない」と.しかしほとんどの道徳哲学者は,奴隷制を擁護した古い議論が捨てさられたことを喜んで認めるだろう.そして認識論哲学者はデカルトの誤りをやはり喜んで認めるだろう.ウィーゼルタイアーはさらに「自然世界の研究と人間世界の研究には巨大な違いがあり,これをまたごうとするどんな試みも人文学者を科学者のメイドにしてしまう」という.何らるパラノイアだろうか.ウィーゼルタイアーはダーウィン以前,そしてコペルニクス以前の世界観を切望しているのだ.
  • 芸術家や学者がウィーゼルタイアーの主張を無視することを祈ろう.ヒトの苦境を解決しようとする試みが20世紀や19世紀に凍結されるべき理由などどこにもない.政治,文化.道徳についての理論は,世界とヒトについての最高の理解から学んで作られるべきものだ.
  • 1778年トーマス・ペインは科学のコスモポリタン的長所を賞賛した.その成果は誰にとっても開かれているのだ.そしてそのような科学の精神は啓蒙運動の精神でもあるのだ.

 
ここはピンカーの人文学に対するリスペクトを込めた「喝!」ということだろう.ポストモダニズムの影響から早く離脱し,ナラティブに固執せずに広い視野で学問を深めてほしい,そして科学をリスペクトして欲しい(それは人類の幸福につながるのだから)という思いがよく現れていると思う.