ローズマリー・グラント 「ダーウィン問題への再訪:どのようにそしてなぜ種は増えるのか」

ローズマリー・グラントのダーウィンフィンチについての講演がEvoSciSeminarとして公開されている.
 
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まず種の起源の有名な最終パラグラフを紹介し,生物多様性をどのように調べるのか,特に種がどのようにそしてなぜ増えるのかを調べるにはどうすれば良いかをテーマとする.ここからダーウィンフィンチの話に移る.

  • 多くの生物多様性が適応放散によって生じていることが知られている.ハワイミツスイはその良い例だが,残念なことにほとんどが絶滅してしまっている.
  • ここでガラパゴス諸島のダーウィンフィンチはとてもよいリサーチ対象になる.(1)最近の適応放散(2)島々は生態的に異なり,多様な淘汰圧がある(3)現在進行形で変化を観察記録できる.
  • ダーウィンフィンチは17種でここ100~200万年で種分化した.また環境変化がエルニーニョとラニーニャの振動で動的に動くのもリサーチの上では重要だ.ラニーニャでは気温が下がり乾燥し,植生が大きく損なわれる.

 

  • ピーターと私は最初すべての島にショートリサーチを行ってそこにいるフィンチの血液サンプルをとった.そこから2つの島(ヘノベサとダフネメジャー)を選んで1973年から長期リサーチを行った.今日はダフネ島で行ったリサーチを中心に話したい.
  • ダフネに最初にいったときには2種がいた(フォルティスとスキャンデンス).
  • 今日のテーマは種分化で,ダーウィンのモデル,稀な遺伝子流動の原因と進化的な帰結,種分化の3つのモデルについての洞察を話したい.

 

<ダーウィンのモデル>
  • フォルティス(ガラパゴスフィンチ)は中型の地上フィンチで体サイズやクチバシに多様性があった.スキャンデンス(サボテンフィンチ)はサボデンに依存した生活を送り,サボテンに鋭いクチバシで穴を空けることができ,開花時期には花粉と蜜を摂食する.
  • ダフネは完全に無人の小さな火山島で草原にサボテンがまばらに生えているのが通常の植生になる.そこに3~4ヶ月の食糧持参で長期リサーチを行った.(リサーチのやり方の詳細が説明される)

 

  • ダーウィンの種分化モデルは3ステップモデルになっている.まず本土からフィンチが最初の島に入ってくる.そこで環境に適応し,ほかの島に分散し,またそこで環境に適応する.それを繰り返し,元の島に戻ってきたときには互いに交わらない2種となるというものだ.
  • フォルティスのクチバシの大きさは経年で変化していった.1977年に大きくなり,1987年頃に元に戻り,2006年にさらに小さくなっている.1977年と2006年は干魃のあった年になる.
  • 自然淘汰が働くには変異があり,変異により繁殖に差があり,それが遺伝性であることが必要になる.この遺伝性があるかどうかを知るために親とこの間のクチバシサイズの相関を調べた.それはきちんと相関しており,遺伝性があることを示せた.
  • 1977年に生じた干魃の際には利用な可能な種子が大きなものしか残らなくなり,それを割れる大きなクチバシへの強い淘汰圧がかかった.この時には島の個体群のうち90%が死亡した.

 
このあたりはジョナサン・ワイナーが「フィンチの嘴」で短期間で報じる自然淘汰を実証したリサーチとして紹介して有名になったところだ.

The Beak of the Finch: A Story of Evolution in Our Time

The Beak of the Finch: A Story of Evolution in Our Time

ここからその後の物語になる.第3の種の侵入により適応地形が大きく変化するという興味深い実例だ.
 

  • では何故2006年の干魃時には前回と同じようにクチバシが大きくならずに逆に小さくなったのか? それは身体がフォルティスの2倍あり,クチバシが大きなマグニロストリス(オオガラパゴスフィンチ)が1983年に第3のフィンチとしてダフネに移入して定着していたからだ.わずかに残った大きな種子は皆マグニロストリスに喰われることになった.しかしそこでマグニロストリスが殻を割ったあとにこぼれる小さな粒を素速くついばむにはクチバシの小さなフォルティスが有利になったのだ.
  • これはまさにダーウィンのモデルで予測されていた現象だということができる.

 

  • 次に私たちはクチバシの大きさの変異の遺伝的な基盤を調べた.当初小さな効果のある多数の遺伝子座があるのだろうと考えていたが,実際に調べてみると非常に大きな効果がある1つの遺伝子座が見つかった.またこの遺伝子座におけるアレルの有無と干魃時の生存率も強く相関していた.
  • ここまでの結論は,環境が変化すると自然淘汰がかかり進化的な反応が生じる,そして他の種の存在が進化の方向に影響を与えることがあるということだ.

 
続いて講演は交雑の制限の詳細と,それをかいくぐる遺伝子流動を扱う.
 

<稀な遺伝子流動の原因と進化的な帰結>
  • 種間には交雑バリアがあるが,稀にそれが突破されることは広く報告されている.そしてそれにより新奇環境における適応のもとになる変異を獲得することもある(毒チョウが警告色遺伝子を交雑によって得ていることを示した研究が示される)
  • ゲノムを解析することにより交雑を検知できる.しかし自然界における種分化につながるような交雑の初期段階についてはあまり知られていない.今日はここについて話したい.

 

  • 知りたいことは,「交雑バリアとは何か,それはいかにして形成されるか,そしてそれはいかに破られるか.そして交雑による結果はどのようなものか,それは新奇環境への適応のもとになる変異になるのか,あるいは遺伝的不和合への道なのか.」ということだ.

 

  • まず交雑バリアは何か.すべてのダーウィンフィンチは同じような色をしているのでそれではない.身体の大きさ,クチバシ,囀りは異なっている.
  • メスが何をキューにしてオスを拒否するかどうかををマウント&プレイバック実験で調べた.その結果は外見と囀りだということがわかった.囀りは父親から孵化後10~40日のあいだに学習する.これは1種のインプリンティングになる.
  • ということは若い時期にメスが間違った囀りを覚えると(そして姿が似ていると)メスは異種のオスを受け入れる可能性が生じる.
  • マグニロストリスは1983年にダフネに移入したので,移入後の3種の交雑可能性を調査した.マグニロストリスは他の2種より2倍ほど大きく,囀りは3種でそれぞれで異なっている.マグニロストリスと2種間のバリアは頑健だと思われた.(囀りを誤学習しても2倍のサイズで拒否が生じると思われた)
  • しかしフォルティス(17g)とスキャンデンス(22g)は大きさが近いので,誤学習は交雑に結びつく可能性があると考えた.またダフネには毎年1~2羽のフリジノサ(コガラパゴスフィンチ)(12g)が迷い込んできて繁殖期を過ごしている.調べてみるとフリジノサ→フォルティス,フォルティス⇄スキャンデンスの遺伝子流動が見つかった.またフリジノサからフォルティスを経由してのスキャンデンスへの遺伝子流動も見つかった.(フリジノサとスキャンデンスの直接交雑はサイズが違いすぎて生じない)

 

  • フォルティスとスキャンデンスの交雑個体の生存率を調べてみると基本的に遺伝的不和合性はなかった.そして干魃時に有利になることがある.また囀りの誤学習によるバリア突端なので,交雑個体はその後も片方の種からの戻し交配を受け続けることになる.
  • フォルティスのクチバシの鋭さは1987年の干魃時に(小さな種子をついばむために)ぐっと鋭くなってその後30年そのままになっている.
  • しかしスキャンデンスにおいては.1990年以降遺伝子の流入は主にフォルティス→スキャンデンスの方向になっていて,スキャンデンス(元々クチバシがフォルティスより鋭い)のクチバシは平均的に鋭さを失い続けている.
  • そして実際にこの2種はこの30年で形態的にも遺伝的にも接近した.
  • クチバシの鋭さの遺伝子を調べるとやはり効果の大きな1遺伝子座が見つかった.
  • この間スキャンデンスのオスはフォルティスとの雑種のメスとも交尾できるので(オスであることが)有利になり性比がオスに偏った.
  • (この戻し交配系列を含めた)スキャンデンス個体群はクチバシが鋭いものと鈍いものが存在するようになった.ゲノム解析をするとクチバシが鈍くなったスキャンデンスは核常染色体ゲノムもミトコンドリアゲノムもフォルティスに大きく近づいていた.しかし(性染色体である)Zゲノムはクチバシの鈍いスキャンデンスも鋭いスキャンデンスや30年前のスキャンデンスと近い結果になる.
  • 遺伝的不和合性の変化はZ染色体が主導するといわれているので,これはフィンチの種分化において社会的なバリアが遺伝的バリアに先行することを示していると解釈できる.

 
このあたりまでは2007年のグラント夫妻による著書「How & Why Species Multiply」で書かれていたことが元になっている.
私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entries/2009/11/27,訳書情報はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20170106/1483699369

 
ここからその後のリサーチの話になる.
  

<新しい系統の形成>
  • ここで新しい系統の話をしよう.
  • 1981年にプライスがダフネのすべての鳥を調べた.するとフォルティスによく似た形態で超重い(28.5g)鳥を見つけた.そして囀りは独特だった.遺伝子解析をしたところ,それは遠く離れたエスパニオール島にいるコニロストリス(オオサボテンフィンチ)が迷い込んできたものだった.
  • 彼は間違った土地で間違った囀りを持ってナワバリを確保していたが,繁殖期の最後に連れ合いをなくしたフォルティスのメスと交尾することができ,複数の交雑個体を残した.(これらは全てトラックされて遺伝子解析されている)息子はすべてこの鳥と同じ囀りをさえずった.その後干魃時にほとんどは死に絶えたが,F3のある兄と妹のペアが残り,近親交配で多くの子孫を残し,さらに子孫達の近親交配でその子孫が残った.これらの子孫達はすべて大きく同じ囀りをさえずった.
  • この個体群(ビッグバードと仮に名づけている)は体サイズもクチバシサイズもフォルティスともコニロストリスとも異なる独自の分布を持っている.クチバシは大きく固い種子を砕くのにマグニロストリスと同じぐらい効率的だが,体サイズはマグニロストリスより小さいので,干魃時にはマグニロストリスより有利になることが期待できる.
  • この新しい系統は今のところ新種のように振る舞っている.形態的に独自の分布を持ち,囀りも独特だ.もちろん近交弱勢の影響がこれからでるかもしれない.あるいは遺伝子流入を受けて遺伝的多様性を獲得するかもしれない.この個体群がこれからどうなるかは種分化についての洞察を与えてくれるだろう.

 
 

  • 私たちが1973年に上陸したときにはダフネには2種がいるだけだった.この間何度かの干魃を受け,今は3種とこの種のようなビッグバード個体群という4タイプが存在する.スキャンデンスは形態を変えた.
  • 種分化についていえば,ダーウィンモデルのような新しい移入系統との交雑バリアが観察できた.また遺伝子流動により形質が変化すること,社会的バリアが遺伝的バリアに先行することの観察例を得た.そして新しい系統になり得る実例も観察できたことになる.

 
この最後の話はとりわけ興味深い.本当に新種になってしまうのかもしれないと思うと大変スリリングだ.このあたりは,私は未読だが夫妻の最新刊に書かれているようだ(目次を見るとビッグバード系統について書かれていることがわかる).