From Darwin to Derrida その122

 
 

第11章 正しき理由のために戦う その16

マクスウェルの悪魔の議論から発想を得たと思われる3体の悪魔.ダーウィンの悪魔は遺伝子(アレル)の中の一部をより抜いて選び出す.次に登場するのはメンデルの悪魔だ.
 

メンデルの悪魔

 

なぜこんなにも冗長な性というものがあるのか? なぜ染色体は優雅に踊るのか? なぜ無駄なオスが,その戦いが,それによる無駄な犠牲があるのか?

ウィリアム・ハミルトン

https://www.jstor.org/stable/2821893
 
引用されているのはハミルトンの1975年の「Gamblers Since Life Began: Barnacles, Aphids, Elms」の一節になる.これはハミルトンの自撰論文集「Narrow Roads of Gene Land Vol. 1」にも収録されているが,論文というより書評の体裁になっており,Quarterly Review of Biology に投稿されたものだ.
そして書評されている本はギーシュリンの「The Economy of Nature and the Evolution of Sex」とウィリアムズの「Sex and Evolution」になる.この2冊の本は有性生殖を扱ったものだ.ギーシュリンの本はフィッシャーの性比の議論に社会性昆虫が従わないことを女王側の操作として説明しよう(そしてハミルトンにかなり厳しく批判されている)とするものだが,ウィリアムズの本は有性生殖がなぜその2倍のコストにもかかわらず普遍的にあるのかを論じているものになる.ウィリアムズは組み替えにより遺伝子型が籤のようなものになること,1つの集団の中で有性生殖と無性生殖が平衡多型になりうることを論じている.そしてそれに対して(1975年時点でその独自の寄生生物耐性からの説明を提示する前になる)ハミルトンはその平衡多型になる場合について数理的に解析しようとしているものになる.
いずれにせよ当時有性生殖の2倍のコストは進化生物学の難問の1つだった.有性生殖で組み替えが生じると遺伝子は混ぜ合わされ,メスから見た包括適応度は(無性生殖に比べて)半分になる.ハミルトンは1980年代にこの問題に取り組み,答えを出したわけだが,敢えてのちの論文ではなくこの1975年の書評を引用するところがなかなか渋い.
ここでヘイグは有性生殖の組み替えで両親の遺伝子が混ぜ合わせられることをメンデルの悪魔の仕業と呼ぶことになる.
 

  • クローン繁殖の場合にはそれが持つ遺伝子型のすべてが複製され,環境の法廷で繰り返し裁かれる.それぞれの無性の遺伝子型は単一の「進化遺伝子」となり,この繰り返しテストの平均効果の結果を引き受ける.ある単一のサイトが異なるだけの遺伝子型の違いはそのサイトの違いに帰するが,複数のサイトで異なっているときには,受けた効果の違いを個別のサイトに帰することはできない.ある特定のセグメントは隠れているセグメントとともに評価されなくてはならない.すべて共通の称賛や非難を受けるべきなのだ.
  • これに対して有性の遺伝子型の運命は儚い.それぞれの個別の遺伝子型への審判は唯一のもので繰り返されない.しかしその中の小さなセグメントは繰り返し裁かれ,その平均効果の結果を引き受ける.有性の遺伝子型は,組み替えを受け.両親,そして4人の祖父母.8人の層祖父母の遺伝子型の部分の寄せ集めなのだ.有性生殖は平均効果の引き受けを遺伝子型のセグメントに帰結させる.
  • メンデルの悪魔(リドレー 2000)は遺伝子のデッキを混ぜ合わせそれぞれの世代で新しい手を作る.それはダーウィンの悪魔の仕事をぶち壊すいたずら者の小鬼になることもあれば,悪いデッキの中の良い手を救い出す役に立つ妖精になることもある.ゲノムが細分化されるにつれ,組み替えされていないセグメントの効果範囲は小さくなっていく.しかしそれぞれのセグメントはよりすぐに因果的効果を生み出せるようになる.
  • ダーウィンの悪魔とメンデルの悪魔は競争して,単一のチャンピオンチームではなくチャンピオンたちのチームを作り出すのだ.

 
「メンデルの悪魔」はヘイグが引用するようにマーク・リドレーがその著書名としても使っている.この本もやはり有性生殖の2倍のコストを扱ったものだ.ただし(排他的説明ではないと断りつつ)ハミルトンの対寄生生物説ではなく,コンドラショフの修正説に沿って説明がなされている.また本書はUSでは「The Cooperative Gene: How Mendel's Demon Explains the Evolution of Complex Beings」というタイトルに(おそらくUS版元の判断による)変更がなされており,邦訳もないことから,日本ではあまり知られていないかもしれない.なかなか簡潔で明瞭な説明が小気味よい本だ.