第2章 「利己的な遺伝子」の定義と洗練化 その2
2-1 導入 その2
第2章は概念の整理がテーマ.冒頭の導入で,遺伝子視点を提示した2冊の書物,ウィリアムズの「適応と自然淘汰」とドーキンスの「利己的な遺伝子」について,出版当時の同業者からの反応はどちらもおおむね好評なものだったが,「利己的な遺伝子」に対してはルウォンティンなどから厳しい批判があったことが紹介された.次に哲学者たちに与えた影響が描かれる.
- またこの2冊の本は,哲学者たちにも影響を与えた.この時点で科学哲学は物理学にフォーカスを当てていた.カール・ポパーやトーマス・クーンを読み,生物学における哲学的な洞察を求めていた者たちは,物足りなさを感じていたのだ.
科学哲学が物理学のみにフォーカスしていることについての初期の不満の例として,1969年の「Philosophy of Science 」誌に掲載されたマイアの「Footnotes on the philosophy of biology」というエッセイが紹介されている.
www.cambridge.org
マイアはここで,生物学の特質(扱う生物に個体差があること,歴史性があること,目的論的な議論が相応しい場合があること)を指摘して議論を行っているようだ.
- 今日事情は大きく変化した.クーンの「科学革命の構造」の50周年記念版においては,イアン・ハッキングが導入エッセイを寄稿しており,そこでは,生物学が物理学に代わって哲学の興味の中心になっていると書かれている.
クーンの「科学革命の構造」の50周年記念版
- 「適応と自然淘汰」も「利己的な遺伝子」も生物学哲学の勃興に役立った.エリオット・ソーバーは,自分が生物学哲学に興味を持ったきっかけは,哲学者ウィリアム・ウィムサットによる「適応と自然淘汰」の書評だったと語っている.ソーバーはその後「淘汰の本質」(1984)において,生物学哲学のテーマを扱い,この本は分野の基礎の1つとなった.その他のこの分野の基礎となった本には,エリザベス・ロイドの「進化理論の構造と確立」,ロバート・ブランドンの「適応と環境」,ダニエル・デネットの「ダーウィンの危険な思想」がある.これらの本はすべてはそのかなりの部分を割いてウィリアムズとドーキンスによって提示された問題,すなわち,因果性,利他性と利己性,淘汰のレベルを扱っている.
オーグレンが紹介している生物学の哲学の代表的著作
こうしてみると確かに生物学の哲学勃興時の大きなテーマの1つは淘汰のレベル論争や,利己的な遺伝子の概念についてのものだったことが感じられる.
- これらのすべてを合わせて豊かで大きく広がる分野が現れた.そして長い論争を経て,遺伝子視点の擁護者と批判者は当惑させるほとの語彙を作りだした.本章ではこれらの用語にまつわる混乱を解きほぐして明確にすることを試みる.





