進化心理学者の坂口菊恵先生のトークがあるということで,昨日(3月13日)脳科学若手の会主催のサイエンスカフェに参加してきた.テーマは「求愛のカタチ:巡り会い、すれ違う♀と♂の科学」.神田神保町のサロンド冨山房 Folioという喫茶店での開催.
脳科学若手の会というだけあって,若い研究者の方々の手作り感あふれるカフェだった.
最初のトークはジャーナリストの白河桃子.婚活という言葉の生みの親の一人で『「婚活」時代(ディスカヴァー携書)』の著者.
私的には余りよく知らないジャーナリズムや社会現象についてのトークということで興味深く拝聴した.印象に残ったところは順不同で以下の通り.
- 婚活という言葉は2008年の本からだが,急速に出回り始めたのはリーマンショック後の不況感が濃厚になったあたりから.決定的なのは2009年に2本ドラマが放映されたこと.女性誌のスタンスも「とにかく積極的に行かなければ結婚できない」という方向に一斉に転換した(不況になると結婚が難しくなるのはこの業界では常識らしい)
- 様々な誤解がある
- 好条件男性の奪い合いという図式ではない.普通に結婚したい女性がなかなか結婚できないという問題.
- 恋愛感情が不要になるわけではない
- 世間の興味はハウツーに行きがちだが,重要なのは意識の問題.昭和型の「消極的にしていても誰かがお節介を焼いてくれ,専業主婦に収まれる」という意識からの脱却が重要.アンケートをとると女性側には昭和型結婚の願望がなお強いという現実がある
- 婚活ビジネスを利用する必要はない.そもそもそれほど成功率は高くない(3〜7%程度).身近なネットワークの方がはるかに重要
- 女性からみた結婚マーケットは釣り堀型からカカクコム型へ移ったように見える.(つまり限られた身近な相手から選ぶという世界からより広いオープンなマーケットへ.)しかし実際には結局実際に会ってつきあえる世界は狭いまま.「職場で偶然隣に座った男よりもオープンなマーケットで検索して調べた方がより良い相手に巡り会えるのではないか」という幻想がより結婚を難しくしている側面があるように思われる.
- 婚活の効果.女性が婚活を積極的に行うと成功率は上がる.男性はそうでもないという現実がある.
- 婚活が有名になって変わってきたことは,高齢者も堂々と婚活をするようになったこと,婚活合コンから既婚男性はきちんと閉め出されるようになったこと,地公体による活動に世間の目が集まるようになってきたこと
- どうしてこうなったか;おそらくコミュニケーション能力だとか行動だとかが変化したのではない.日本人は昔から恋愛下手だったのだろう.問題は社会的な変化.まず地域社会が変質してきたことによりお見合い結婚が減った.また職場における結婚が減った.プライバシーに立ち入らないという意識の変化も大きい.結婚率の減少の50%は見合い減少,40%は職場婚の減少で説明できる.
- 職場結婚を嫌がるのは,仕事だけでも大変なのにこれ以上人間関係をややこしくしたくない,失敗した後の人間関係がいやだという理由を挙げる人が多い.
- 西欧ではもともと婚活は当たり前でそれに対応する言葉もない.アジアでは日本と同じような状況.
- 少子化との関連でいうと,日本は西欧と比較して特に結婚と出産が結びついている(非嫡出子を嫌がる)
進化心理的には,検索すればベストの相手と巡り会えるかもしれないという幻想は,EEAにはない超刺激という現象に少し似ているかもしれない.もっともいかにテレビで超美人があふれてもこれまでは結婚率が下がるということはなかったのだから,検索技術の与える超刺激が特に大きいということはなさそうな気がする.
婚活の効果の性差も興味深い.何故男性は焦っても駄目で女性には効果があるのだろう.
白河は,「結局見合いと職場結婚が減っているのだから,身近なサークルで出会う努力をするほかない.そして職場結婚が難しいのなら,ワークライフバランスを変えてそのようなサークルに参加できるようにするのが良いのではないか」という意見だった.
2番目のトークは坂口菊恵.
まず自分は社会科学者でもないし,恋愛を研究対象にしているわけでもないと前置き.
そして最初の半分は「進化」についての初歩の解説から.自然淘汰の仕組み,定向進化の否定,自然主義的誤謬への注意,至近要因と究極要因の区別あたりは定番.近年の文化進化と社会ダーウィニズムは異なること,文化相対主義への総括(進化心理学的な取り組みを「新生得主義」と名付けていた)などはちょっと目新しくて面白かった.
そこからは進化心理学的な性差の解説,性戦略などのトークとなった.
女性側の性の短期戦略と長期戦略が,生理周期により異なること,個人差としても観測でき,男性の顔の好みと相関することなどに触れていた.短い時間でなかなかうまくまとめていたように思う.
私的にはスライドの背景にあるイラストや本のカバーがなかなか意味深で興味深かった.(「Survival of the Prettiest」「The Blind Watchmaker」「Not by Genes Alone」などが使われていた.エトコフの本にはそれほど良い本だという印象がなかったのでちょっと意外.ドーキンスではブラインドウォッチメーカーがお好みということだろうか.ボイドとリチャーソンはあまり読んでいないが,読むならこの本ということだろうか)
3番目のトークはマウスの研究者,菊水健史.
雑談風にしたいということでスライドなしでトーク.マウスのメスがオスを受け入れるに際して,臭いで病気のオスを避けたり近親婚を避けたりすること,妊娠中のマウスの母親に交尾相手でないオスの臭いを嗅がせるというストレスを与えると,子供の行動パターンに影響すること,マウスのオスはメスに向かって超音波で歌っていること,それには個体差があることなどのお話だった.最後の超音波の歌の話は知らなかったので興味深かった.
休息の後はフリートークということで,事前に用意された質問のほか,会場からの質問に答えたり自由に意見交換などがなされた.
坂口は「何故最近日本男児に草食系が増えたのか」という質問に対して,なかなか小粋なプレゼンを用意していた.
- そもそもそんなデータはあるのか.実は「何の根拠もないが,そういう気がする」という意見が2人の識者のあいだで一致したことから始まっている.
- 生物学的にいえば,草食哺乳類は一夫多妻が圧倒的に多く,オスは性行動に関しては非常に攻撃的.肉食哺乳類の方が,オスも子育てに参加したりして攻撃性が低いものが多い.(これは本筋ではないが,会場では結構受けていた)
- 育て方で攻撃性が変わるか.通常の育て方についていえば,家庭環境というのは様々な行動特性において,遺伝や,その他の環境要因に比べて非常に影響が小さいということがわかっている.大きなストレスのような場合には影響がある.双子研究によると,遺伝とストレスで相加的な影響がある.
- 現代日本男子の攻撃性の減少については殺人率のデータがある.若い男性の殺人率が下がっているのは明白な傾向.これを研究した長谷川眞理子先生の主張は,GINI係数が下がっていること,大学進学率が上がっていることなどから,現代日本では攻撃的になるよりも,別の努力をして成功した方が有利になるということが行動に影響を与えているのだろうというもの.
- このGINI係数や,平均寿命が殺人率と相関を持つというのは,マーゴ・ウィルソンとマーチン・デイリーの先行研究でも明らかになっている.
このほかの面白かったコメント
坂口
- 英国の100年にわたる離婚率の調査から面白い知見が得られている.女性が離婚を言い出す確率は若い頃高く,それからからだんだん下がってきて,50歳ぐらいでイーブンになる.若い方がまだ繁殖機会があるということが(意識的かどうかは別にして)効いているのだろう.
- 欧米の性行動に関する進化心理的な研究の動機は「乱暴な若い男性の行動による被害を何とか抑えられないか(いかにレイプをふせぐか)」というもの.日本の「もう少し男性に積極的になってもらって少子化を防ぎたい」というのはかなり特殊.
白河
- 女性にアンケートをとると,恋愛はしたくないが,結婚はしたい(ある日起きてみれば,今日誰かと結婚できますという状況になりたい)という回答が増えている.さらに聞くと「男の人はとにかくめんどくさい,打っても響かない」が「子供は欲しい」という理由が挙がる.
菊水
- プレーリーハタネズミの性行動の個体差が脳の受容体パターンの個体差と相関があるというデータがある.そしてヒトにも同様の受容体パターンの個人差があり,それは夫婦の危機の回数というアンケート結果と相関があったが,女性の満足度との相関はみられなかった.
あとはオーディエンスの多くの方が,若手研究者ということで,単に知的に興味深いだけでなく,自分自身の切実な問題ということで独特の雰囲気になり,フリートークも大いに盛り上がり面白かった.参加した皆様のご幸運をお祈り申し上げたい.
関連書籍
坂口先生の御著書.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090525
- 作者:坂口 菊恵
- 発売日: 2009/04/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 作者:ナンシー エトコフ
- メディア: 単行本
- 作者:Dawkins, Richard
- 発売日: 2006/04/25
- メディア: ペーパーバック
Not By Genes Alone: How Culture Transformed Human Evolution
- 作者:Richerson, Peter J.,Boyd, Robert
- 発売日: 2006/06/01
- メディア: ペーパーバック
このあたりのバスの本も背景で紹介されていた.
- 作者:デヴィッド・M. バス
- メディア: 単行本
一度なら許してしまう女 一度でも許せない男―嫉妬と性行動の進化論
- 作者:デヴィッド・M. バス
- メディア: 単行本
- 作者:デヴィッド・M. バス
- 発売日: 2007/02/01
- メディア: 単行本