書評 「植物たちの護身術」

 

本書は種生物学会による種生物シリーズの最新刊.テーマは植物の対植食者防御(被食防御戦略)で,前々刊の「植物の行動生態学」の続編あるいは各論という性格も合わせ持つ.動物の対捕食者防衛は様々な戦略があり,よくリサーチされ,それを扱った書物も多い.しかし植物のそれは意外とあまり印象がなく,そういう意味で興味深く貴重な一冊となっている.
 

第1章 植物の多様な護身術に関する温故知新 坂田ゆず,佐藤安弘,角田智詞

 
第1章には総説がおかれている.維管束植物1058種を調べたリサーチでは葉の食害割合は平均5.3%で植物は比較的よく防御されていることになるそうだ.これは緑の世界仮説とも絡んで面白いところだ.

  • 防御には抵抗性(食べられにくくする)と耐性(食べられた時にダメージを最小化する)がある.抵抗性には直接防御と間接防御.直接防御には(トゲなどの)物理防御,化学防御,(見つかりにくくする)視覚防御があり,間接防御には天敵誘因などの誘導防御が知られている.
  • どのような植物がどのような防御をするのかについて,フィーニーの見つかりやすさ仮説(寿命が長い植物は量的防御,短命で生育場所が変化しやすい植物は質的防御する傾向がある),植食者の種類に応じて防御の種類が決まりるとする説,コーレイの資源制約説(防御のための資源制約により決まるとする)などが提唱された.最近では資源量,植食者,近隣植物の状況などの複雑な環境条件に応じて柔軟に応答していることがわかりつつある.
  • 複数の防御形質は(資源制約などで)トレードオフの関係にあると考えられてきたが,場合によっては相乗効果がある場合もあることがわかってきた.最近では複数の防御がセットで進化してきたと考える防御シンドロームという概念が提唱されている.
  • 植物の防御戦略の多様化に関して重要なのはエルリッヒとレイブンによる共進化仮説(植物はあたらしくより強い防御を獲得することで多様化し,その対抗戦略を獲得した植食者が適応放散する)だ.これまでこれを支持するいくつかのパターンが見つかっている.最近ではそのメカニズムにまで踏み込んだ研究もされるようになっている.
  • マーキスは集団間の防御形質の文化が種分化につながる6つのメカニズムを提唱しており,それぞれのメカニズムについての実証リサーチがなされている.
  • またある防御に対して植食者によって異なる対抗戦略をとるような多様化が生じること(多様化淘汰),植食者は利用可能な植物を選ぶことができるため植物の防御は植食者への淘汰圧にはなりにくく,近縁な植物は異なる防御戦略を持つ一方,近縁な植食者は似た植物利用形質を持つ傾向があることもわかってきた.
  • 植食者の情報処理,植物と植食者間の情報伝達などもリサーチ対象となっている.

 

第1部 多様な環境に柔軟に応答する植物防御の仕組み

 

第2章 環境変動が高木の植物と昆虫の相互作用に与える影響 中村誠宏

 
第2章では森林の複雑な階層構造(林床から林冠まで)や環境変動が林冠の植物と昆虫の相互作用に与える影響が取り上げられている.ブナの葉形質が時間的空間的にどのような変異をもっているか,窒素降下物(実験的には施肥実施)が高木の防御形質にどう影響するか(窒素負荷の変動の影響は単純ではなく,階層構造や昆虫との相互作用により様々な影響を与える),同じく温暖化がどのような影響を与えるか(影響メカニズムは複雑,例えば高木においては地上部よりも地下部の温度上昇の方が間接効果によって昆虫に影響を与える)などが解説されている.
 

第3章 アカメガシワによる共生者の行動操作 山尾僚

 
第3章ではアカメガシワによるアリを利用した防御が取り扱われている.

  • アカメガシワは葉の基部に大きな花外蜜腺を持ちアリを誘引している.訪れるアリが少ない場合は大きな葉の大部分はアリ不在になり食害を受ける.すると分泌蜜量を増大させる(誘導防御反応).
  • さらにその後展開する葉の花外蜜腺の数も大きく増える(葉の縁に小さな花外蜜腺が無数にできる).この葉縁の花外蜜腺はアリのパトロール領域を広げる役割を果たす.これは変動が大きく予測できない環境下で,共生者の行動を操作する形の条件付きの防御戦略だと考えられる.

なお第3章内のBoxコラムではアリアカシアが,花外蜜の中に特殊物質を混ぜ込んでアリを生理的に改変し,花外蜜なしにはエネルギー源を利用できなくし,アリアカシアの葉のパトロールのみしか行わないようにする(一種の奴隷化)ケースが紹介されている.
 

第4章 天敵を利用した植物の防御応答:昆虫と植物それぞれの事情 吉永直子

 
第4章では植物,植食者,その天敵の三者間相互作用(特に食害を受けた植物が天敵を誘引する防御)がテーマ.

  • 植物の植食者天敵誘因型防御が注目されるようになったのは1990年代で,トウモロコシがシロイチモジヨトウに齧られた時にシロイチモジヨトウの唾液にある特異的成分である誘導因子(エリシター)を引き金に匂い物質を合成し放出し寄生バチを誘引することが報告された.この応答には植物体全体での代謝変動がかかわり,数時間かかる.
  • この応答反応は複雑かつ不確実で,どのように進化したかが問題になる.エリシターは脂肪酸とアミノ酸を縮合した単純な化学構造(FAC類)をしており,かつて植物と微生物間のシグナルとして機能していた可能性が考えられる.
  • まずなぜ昆虫側はFAC類を持つのか.調べてみると(詳しい経緯が説明されている),窒素同定の効率化のために積極的に合成・分解していることがわかった.
  • すると植物がFAC類を用いて寄生蜂を呼び寄せるようになると昆虫側のFAC生産にかかる淘汰圧も変化しただろう.これが現在鱗翅目昆虫でFAC類を持つものと持たないものが混在している理由なのだろう.(ここも詳しい説明がある)
  • 植物側にもFAC類に反応する種としない種があり,それらは単子葉植物,双子葉植物をまたいで混在している.植物側も他因子への切り替えを含めた様々な戦略の中で多様化したのだろう.
  • 淘汰圧的には昆虫側は栄養豊富な条件がFAC維持への淘汰圧となり,栽培植物がFACを利用維持するメリットが大きいのだろう*1

このあとさらにFAC類縁体(グルタミン酸型と水酸基型)ごとの淘汰圧についても詳しい考察がある.
 
なお第1部には花外蜜腺を持つ植物とアブラムシとアリの相互作用に関するコラムが収録されている.
 

第2部 植物の防御と進化

 

第5章 正解のない生き方:被食防御戦略の進化で変わる植物間相互作用 鈴木亮

 
第5章は奈良公園のシカの食害圧に対するイヌタデの耐性応答がテーマ.

  • 奈良公園ではイヌタデは矮小化している.これが実験で調べると公園内のイヌタデは遺伝的に矮小化形質を持っていることがわかった.さらに移植食害実験を行い,矮小化形態が食害を有効に避けることがわかった(移植9日目で他地域のイヌタデは70~90%の個体が食害を受けるが,公園内のイヌタデは30%.移植30日目に他地域のイヌタデは10~40%が死亡し,公園内のイヌタデは0%)(このような矮小化進化はオオバコでも報告されていることも紹介されている)
  • さらにシカの食害に対するイヌタデとイラクサの相互作用を調べた.公園内のイラクサは食害淘汰圧により刺毛密度が非常に高く(他地域のイラクサの58~630倍)武装強化されている.このような防御形質は近くのイヌタデに正の間接防御効果を与えるだろうと考え,シカ防御策ありなし,イラクサ同植ありなしの4区間で実験した.当初単純な間接効果は検出できなかったが,イヌタデとイラクサの空間位置を多様化して規模を拡大した実験を行い,距離が近いと間接防御作用があり,距離が離れるとその効果が弱まり競争効果で相殺されることがわかった.矮小化したために競争に弱くなり,それにより間接防御効果が検出されにくくなったと考えられる.

 
本稿はこのあと,自身の研究の問題点(遺伝的であることを示す実験が厳密ではなかったこと,そもそも矮小化イヌタデが同種といえるのかが吟味されていないことなど)とそれが論文投稿や学会で指摘されなかったことについてのコメント(進化に関する研究への評価が甘めになるバイアスがあるのではないか)があり,さらに自身の研究者としてのキャリアが病気のために挫折したこと,今回思いがけず執筆依頼をもらい,執筆途中で入院を余儀なくされ,さらに肺機能悪化で集中治療室に入りながらも,執筆を終えたいという気持ちで何とか回復できたことが感謝とともに綴られている.そして最後に本書編集者の角田による注で,本稿筆者である鈴木が投稿後1月半後永眠したことが明かされており,いろいろな意味で印象的な寄稿になっている.
 

第6章 外来植物の防御の進化:植食者昆虫との相互作用の地理的変異に着目して 坂田ゆず

 
第6章ではセイタカアワダチソウの,日本への外来侵入で一旦専門の植食者から解放された後の新たに侵入した植食者に対する防御形質の進化がテーマになる.

  • セイタカアワダチソウ(以下セイタカ)の原産地である北米では,その茎に虫こぶを作るミバエ,ミバエの天敵である鳥や寄生蜂との相互作用を含めたセイタカに関する様々な相互作用の研究が蓄積されている.
  • 日本ではセイタカの植食者であるアワダチソウグンバイ(以下グンバイ)が2000年に兵庫県で確認され,その分布が同心円状に拡大している.そこでグンバイがもたらす淘汰圧に対するセイタカの進化を検証することにした.
  • 日本におけるセイタカが系統や由来的に均一なのかどうかがまず問題となる.原産地ではセイタカには2倍体,4倍体,6倍体が知られている.まず日本各地でセイタカのサンプルを集めて調べたところすべて6倍体だった.
  • セイタカの各地サンプルのグンバイ抵抗性を圃場実験で調べたところ,その変異は大きく,定着年数が長いほど抵抗性が高かった.さらにQST(抵抗性についての集団間遺伝的分化度))を中立マーカーのFST(集団間遺伝的分化度)と比較したところQST>FSTであり,方向性淘汰がかかっていると考えられた.これはセイタカの侵入地における分布拡大後にグンバイによる淘汰圧がかかり,急速な適応進化が生じたことを示唆している.
  • 次に北米でミネソタからテキサスまで南北縦断し,さらにフロリダまで動いて野外リサーチを行い,様々なセイタカのサンプルを採取した.そこでは多様な植食者が見つかり(日本ではグンバイとセイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシしか見られない),グンバイの分布には強い緯度勾配(南に多い)があった.
  • 日米のサンプルを使って相互移植実験を行うとともに.日本サンプルの起源を調べた.相互移植実験では日米株ともグンバイ密度の高い地域のものほどグンバイ抵抗性が高かった.日本のセイタカは2回の独立の起源からの侵入があり,本州と北海道のものは系統が異なっていた.本州のものはグンバイ抵抗性の強い米国南部の集団と最も近縁だった.これらの結果は本州のセイタカは侵入によりグンバイから解放され迅速に抵抗性が一旦低下し,その後グンバイと再会し再び迅速に抵抗性を上げるよう進化したとするシナリオと整合的だった.
  • グンバイはキク科植物全般につくジェネラリストであり,キク科植物間に見かけの競争(天敵を呼び寄せるために負の相互作用が生じる)を引き起こす.この見かけの競争を調べる実験(グンバイ高密度,低密度,キク科植物単植,セイタカと混植)を日米両地域で行った.グンバイの高密度地域の場合,日本ではグンバイはセイタカにまず誘引され,そこで高密度に繁殖して近隣キク科植物の食害も増えた.北米ではセイタカがグンバイを誘引することで北米在来キク科植物への食害は減少した.

 
天敵からの解放による抵抗性の低下と再会による抵抗性の上昇が迅速に進化するというのは予想通りだが,最後の見かけの競争の影響は予想しにくい結果で,相互作用の複雑で微妙な力学が感じられるところだ.
 

第7章 連合効果を介したトライコーム二型の維持:ハクサンハタザオとハムシを例に 佐藤安弘

 
第7章のテーマは植物の表皮細胞にある毛状突起(トライコーム)の多型と防御機能との関連

  • ハクサンハタザオにはトライコームの形状に有毛,無毛の2型があり,しばしば同地域で混在している.これは1遺伝子変異の単純なメンデル遺伝で有毛型が優性である.
  • トライコームは植食性昆虫からの防御機能があるように思えるが,実際に植食性昆虫が多い場合に食害の有無に差はなく,有毛型が余計なコスト(実際に有毛にコストがかかることがわかっている)を払っているようにも見える.
  • 学生時代に有毛無毛の多型が環境の空間的時間的多様性で保たれているのかをテーマにして調べたが,その時には多型が環境の変動により保たれる条件について考慮できていなかった.その後負の頻度依存淘汰で説明できるのではと考えるようになった.
  • そこで有毛無毛の頻度により食害が変化するというモデルを立てて解析し,有毛型はまわりに無毛型が多いほど食害が少ないという結果を得て研究室で発表したが,当時被食防御に頻度依存があるという報告はなく,トライコームは機能を持たないと広く考えられていたので,反応は芳しくなかった.
  • ここで成虫に飛翔能力がなく歩いて採餌するダイコンサルハムシのような昆虫の立場に立てば,せいぜい数メートルの範囲で餌を探すことになり,目の前に有毛型と無毛型があれば無毛型から食べ始めるのではと考えた.早速シャーレに葉片とハムシを入れて実験してみるとハムシは有毛型が多いと餌選びをしないが,同じぐらいか無毛が多いなら無毛を好んで食べることがわかった.早速この多型の維持機構を議論した論文をまとめたが,査読過程で証拠がないとされた.
  • そこでハクサンハタザオを種子から育てて植物個体とし,それを有毛無毛の頻度条件を変えてハムシに食べさせ,その食害影響を計測する実験を行った.すると有毛型も無毛型も少数派の時に乾燥重が大きくなった.当時ちょうど連合効果が防御や成長に負の頻度依存性をもたらすという総説論文が出たので,それを引用しながら論文にまとめた.しかし(乾燥重だけでは)適応度への影響が示されていないと査読で指摘された.
  • そこでこんどは,諸条件を野生下と注意深く合わせ,ハムシの有無,有毛無毛の頻度を操作した圃場実験を行い,(繁殖成功度の指標として)匍匐枝の節数を数えた.結果は予想通りハムシがいる場合のみ負の頻度依存淘汰が成立していた.この結果論文は受理され国際学術誌に掲載された.
  • 次に負の頻度依存淘汰を受けて有形無形の頻度動態がどうなるかを考察することにした.野外で区画外からの移動を統制するのは難しく,数理モデルを構築して実データからパラメータを推定しシミュレートすることにした.パラメータ数,モデルの前提などを試行錯誤しながら詰め,最終的にパラメータにハムシの選好,トライコームのコストが含まれたモデルに帰着した.シミュレートの結果多型の変動のほとんどが区画内の動態で記述でき,負の頻度依存淘汰が成立し,有毛無毛の多型が広い条件で共存できることが示された.この内容も論文として出版できた.

 

第8章 葉の形のよる被食回避:葉を巻く甲虫オトシブミが利用しにくい葉の形 樋口裕美子

 
第8章のテーマは葉の形態による防御.著者は葉の形の機能について興味を持ち,チョウの産卵場所選好の視覚イメージ回避,すでに産卵済みであるように見える卵擬態の論文を読み,同じような研究を志す.そしてハクサンカメバヒキオコシの切れ込んだ葉の形がオトシブミからの防御かもしれないと示唆を受け,それを研究することにする.
まずオトシブミの一般的な揺籃作り,研究対象となるハクサンカメバヒキオコシ(以下ハクサン)とムツモンオトシブミが説明され,そこから研究内容が語られる.

  • まず野外観察で切れ込みの大きな葉の方が揺籃を作られにくいことがわかり,そこから室内実験を行うことにした.オトシブミにハクサンと切れ込みのないクロバナヒキオコシ(以下クロバナ)を与えてみるとたしかに選好に差があった(よりクロバナが選ばれた).
  • この選好性の差が形によるものかどうかを確かめるため,まず両種の葉を人為的に巻いて揺籃を作り卵の成長に差があるかを調べたところ差はなかった.次にクロバナのそのままの葉と切り込みを人為的に入れた葉をオトシブミに与えて選好を調べたところ,切り込みのない葉を選好した.以上のことからオトシブミの選好性が葉の形によることがわかった.
  • 次に切れ込みが揺籃作りをどう妨げるかを調べた.両種の葉を与えてオトシブミの行動を観察し,阻害メカニズムの仮説(本来葉の根元から葉端まで行きそこで折り返すことを含む葉の踏査で加工に必要な情報を得ているが,切れ込みがあるとその側裂端で折り返してしまうために葉の測量がうまくいかない)を立てることができた.現在この仮説の定量的な検証を進めている.

 

第9章 植物も見た目で身を守る:視覚による対植食者防御の世界 山崎一夫

 
第9章では植物の視覚的防御がテーマ.これまでの各章と異なり総説的な寄稿となっており,非常に充実している.
全体の構成として,カムフラージュ(背景との一致,マスカレードなど),植食者のカムフラージュの妨害(これにより植食者が天敵に狙われやすくなる),警告色,紅葉の適応的意義,他植物への擬態,節足動物への擬態,植食者側からの操作が扱われている.
いくつか興味深いところを紹介しよう.

  • リトーブスなどの南アフリカのストーンプランツは小石に似ており,草食動物に食べられにくいと考えられている.
  • タケノコなどの皮(稈鞘)は隠避的でカムフラージュの可能性がある.
  • タケツネバナなどの冬期赤化はクロロフィルの緑と合わさって土の色に見える効果がある.冬期赤化には生理学的な意義もあると考えられているが植食者への視覚的防御にもなると考えられる.
  • 植物の茎や葉柄の赤色,葉裏の白色や赤色は他の適応的意義が考えにくく,イモムシやバッタへのカムフラージュの妨害仮説が有力視されている(しかし植物のカラフルな色はむしろ昆虫のカムフラージュを促進するのではないかという反論もある).
  • 有棘植物には棘やその周囲が赤色,白色,黒色などの色を持ち,緑の背景で目立つものが多い.警告色として機能している可能性がある.
  • 紅葉の適応的な意義については老化の副産物説,光保護説(紫外線からのダメージを抑制する)があったが,ハミルトンたちの防御信号仮説(ハンディキャップシグナル仮説)が2000年に提出されて論争となった.ハミルトン説の検証研究が数多くなされ,一部のリサーチは仮説を支持しているが,そうでない結果を示すものもあり,なお十分に肯定されたとはいえない状況にある.
  • 早春に木々の新芽が赤色を帯びる春紅葉という現象がある.この春紅葉と秋の紅葉を比較するイスラエル,フィンランド,日本の国際プロジェクトが組まれた.新葉が緑の樹種は秋は黄色になり,秋の紅葉樹種の新葉は赤かった.しかし新葉が赤い樹種の半数で秋の葉は黄色だった.植食者による食害は春の方が圧倒的に多いと考えられ,赤い新葉を持つが秋は黄色になる樹種があるということは防御の重要性と赤の関係を示しているのかもしれない.
  • つる植物である南米のアケビの一種は巻き付いた植物の葉に自分の葉を擬態させる.
  • 有毒植物とそのベイツ擬態植物はムラサキケマン(有毒)とヤブニンジンなどいくつか見つかっている.リュウゼツラン,アロエ,サボテンなどの棘のある植物の棘がみなカラフルであるのはミュラー型擬態である可能性がある.
  • クワ科の異型葉はイモムシの食害痕を擬態している可能性がある.
  • 黒い葯,黒い斑点がある植物はアリやアブラムシ擬態の可能性がある.
  • 植物の糸状絨毛はクモなどの糸の擬態の可能性がある.

 

第10章 地下部における植物と昆虫の相互作用研究の展開 角田智詞

 
第10章のテーマは地下部(根)における植物の防衛戦略.本章は著者の研究物語的な味わいも濃く,それで表題を「研究の展開」としたのだろう.冒頭では多摩ニュータウンに生まれ育った著者が高校の生物部で多摩川河川敷のコガネムシ標識再捕獲法を試みて,その難しさを痛感したエピソードが描かれ,そこからコガネムシに食べられる植物に関心が移っていった様子が語られている.

  • 大学で植物生態学の研究室に属し,地下部における研究が少ないと聞き,根と昆虫の相互作用を調べ始めた.(ここでマメコガネの実験系を確立する苦労話が描かれている*2
  • これまでの植物地下部の生態学研究では,土壌の階層分類,生物の体サイズグループ分けをともなう分解の分析,根と微生物の共生研究(菌根など)が中心だった.そのため根食昆虫は見逃されがちだった(コガネムシの仲間の幼虫は形態的特徴に乏しく,分類が難しいという事情もあった)が,確立した実験系でそこを扱えるようになった.
  • 地下部は密な物理的環境を持ち,根食昆虫の移動距離は限られ,ジェネラリストが優先する.しかし土壌栄養塩の空間分布はしばしば不均一で,根の密度がそれに影響され,根食昆虫の有無により競争関係が変化する.そこで植物地下部の食害についての実験系をマメコガネの有無,土壌栄養分の空間分布(均一か不均一か)を2要因として組み立てた.実際にわずか数cmの土壌栄養分の空間分布の違いに,根の可塑的応答と根食昆虫の相互作用が反応し,植物のバイオマスは複雑に変化した.
  • 博士課程に進んだ時期に東日本大震災があり,込み入った実験が難しくなった.そこで単純にできる実験としてホソムギの根の食害部位を操作(根食昆虫(ドウガネブイブイ)の垂直分布を操作)して食害ダメージの定量化を試みた.ホソムギは表層部分に昆虫がいる場合に大きなダメージを受け.下層の場合はあまりダメージを受けなかった.幼虫に自由に垂直移動させると,表層に集まった(酸素濃度が高いためと思われる).これを国際学会で発表したことがきっかけでオランダで研究することになった.
  • オランダではアブラナ科植物の根における防御物質からし油配糖体防衛(GSL)の分配が最適防御理論(防御価値が高く,食害されやすい部分により多く分配する)に従うかを調べた.理論に基づき防御モデルを立てGSL解析を行い,理論と矛盾しないという結果(中心の茎や主根で濃度が高く,末端の葉身や細根では低い)を得た.
  • この研究で博士号を取り,ドイツ,ライプチヒで研究することとなり,誘導防御応答を調べた.食害部分を操作すると,防衛価値が高い主根が食害された場合に最も強い誘導防御応答が見られた.また細根のみ食害を受けた場合にも主根に誘導防御応答が生じ,誘導防御には食害部位応答と全身応答の両方があることもわかった.また全身応答により,地上部の食害が地下部に,地下部の食害が地上部に影響を与えることもある.
  • 今後は誘導防御応答の分子的なメカニズムを解明していきたい.

 

第4部 植物防御形質の評価方法

 
第4部ではリサーチで用いる具体的な評価法がいくつか解説されている.具体的には食害度の定量化(第11章),物理的防御(棘,トライコーム,葉の硬さなど)の評価方法(第12章).化学物質のバイオアッセイ(第13章),からし油配糖体の抽出評価(第14章)が解説されている.
 
以上が本書の内容になる.植物の防御研究に関する様々な寄稿が集められており,総説的な寄稿,自身の研究物語的寄稿といろいろあって楽しい.行動生態的研究の楽しさがよく現れている一冊だと思う.

 
関連書籍 
 
同シリーズ前々巻 私の書評は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/2023/02/22/115921

*1:なおこれまでの研究はすべて栽培植物が対象になっており,非栽培植物のデータはないそうだ

*2:コガネムシの仲間の幼虫を丹念に育て上げるのは職人技であることから,自ら「grub meister」を自称するようになり,それは後にドイツで教授公認の呼称になったそうだ