日本生物地理学会は例年通りに4月に立教大学で開かれた.今年は12,13日で桜も散り気味だったが,いつも通り立教大学のキャンパスはおしゃれである.
<第1日>
第1日目の午後は一般発表.
最初は青木さやかほかによる「沖縄島におけるホルストアマビコヤスデの地理的変異」
沖縄でこのヤスデを採集しまくって,サイズと色彩を記録して分散分析で比較したもの.大まかに言って地理的に大きく2群に分かれるきれいな結果が出ていたのだが,翌年さらに調べると,一部地域で昨年と大きくサイズが異なっていたとの報告.発表者は理由は不明としながら,その地域でヤスデが2年ごとにしか繁殖せず,当年産のヤスデと2年目のヤスデが観察されたのではないかと推測していた.これには納得感が無く,まれに1年目や3年目で繁殖する個体がいればすぐにその分離は崩れるだろうとか,外来亜種の急速な侵入ではという意見が会場から出されていた.この点についても細かな疑問は山のようにあるが,私からみてこの色とサイズの差が何に対する適応なのか(あるいは適応でないのか)についてはほとんど問題意識も議論もされないのが物足りなかった.仮に色彩が捕食圧に対する適応であれば,色彩測定方式だとか,上記変化の仮説とかに影響するのではないだろうか.
木暮陽一による「深海底生動物の帯状分布の成因について」
日本海の海底には一定の深さにキタクシノハクモヒトデがびっしり生息しているのだそうで,まずびっくり.成因は上限は水温,下限はエサのオキアミの分布及び垂直運動に起因するものだと説明されていた.海中に等間隔で生息しているクモヒトデの写真は大変興味深かった.
本間義治による「近年新潟県沿岸に対馬暖流が運んできた熱帯並びに亜熱帯系の海洋動物」
新潟県沿岸で採集される動物相の変化についての報告.エチゼンクラゲの発生頻度増加は有名だが,そのほかについても相当変化が生じているらしい.イセエビやウチワエビ,サワラ,ガザミなどが捕れるようになっているようだ.クジラ類も増えていると会場からの質問に答えていた.
小林亜玲ほかによる「コノハクラゲの生物地理学」
日本海で観察されなかったコノハクラゲが近年観察されるようになっている.この日本海のコノハクラゲについて形態,及びミトコンドリアDNAからどこのコノハクラゲから由来しているかについて調べたもの.形態は対馬にあるものに類似していたが,DNAは北方由来であることを示しており,形態はむしろ環境依存的に現れ,北方から船舶輸送等による人為的攪乱により流れ着いたものが水温上昇などにより採集されるようになったのではないかと推測していた.
いったん日本海から消えた理由を氷河期の氷結による融解酸素量の低下ではないかと推測していたが,その年代を巡って(発表者はよくわからないのでつっこみはご勘弁といっていたにもかかわらず)2万年前の最終氷河期という表示,及びそれのみを原因とするのはおかしいとのつっこみがなされていた.確かにちょっと甘いかも.そのほか塩分低下も疑わしいのではという指摘もあった.日本海の氷結についてはあまり知識もなかったので興味深かった.
浅川満彦の「輸入牧草に紛れ込んだ国外の動物以外に関しての地理生物地理疫学的な問題点」
北海道の牧場が購入した輸入干し草の中にホシムクドリの死骸が混入していたという報告.当然表沙汰にならないいろいろな混入があるのだろうと思わせる.
五箇公一他による「クワガタがきた道,ダニがきた道」
この発表は面白かった.1999年の輸入自由化以降,クワガタは全世界の記載種1500種のうち700種が輸入され,流入個体数は100万匹/年になるという.現在クワガタの生物多様性が最も高いのは都内のペットショップだという前振りが秀逸.
発表はアジアにいるヒラタクワガタのミトコンドリアDNAから系統解析すると,大きく北東アジア型と東南アジア型に分かれる.(分岐年代はおおむね500万年前)またクワガタは移動能力が低く,島嶼地域では大陸から時々分散し,しばらくしてまた大陸から分散,時に島で新しい侵入種に入れ替わるという形の歴史をたどっているようで,単純に近い島伝いに渡っているという形にならないようだ.またそれにつくダニ,クワガタナカセを同じように解析するとおおむねホスト種の系統と一致するが,時々ホストスイッチしたと思われる例が見つかるということだった.
特に興味深いのは,ヒラタクワガタ同士の交配実験.なんと系統関係が遠い東南アジア種と北東アジア種の間では簡単に交雑し,雑種が生じ(雑種強勢のためか巨大な雑種が生じる),これに稔性があり,現在F4までできているのに対し,近縁種間では交雑できないというのだ.どのようなメカニズムでそうなっているか大変興味深い.
また風評被害のために実際に野外で発見された雑種について詳しく話せないと言うことだった.当然飽きた子供達が逃がしてやったりすれば雑種が生じて,生物多様性の攪乱になるのだろうが,風評被害というのも意外な話だった.
1日目最後は直海俊一郎の「個別に進化する個体群の持つ性質」
種問題についてのこだわりから,さらに考察を進めた発表内容だった.「種」が実際にひとまとまりの個体群ではない以上,進化を考察する上で,さらに保全を考える上で,より意味のある何らかの単位を考えたい.それを「個別に進化する個体群」として提案したいという内容のようだった.ついでに会場で販売されていた「生物科学」最新号も購入して直海先生の大論文も読んでみた.
こだわりはよくわかるのだが,しかし自然はもっと連続しているのではないかというのが私の素直な感想.「種」自体がそうであったように,「そういう実体があればとても美しくて便利なのに」という気持ちはわかるが,なかなか難しいのでは.
<第2日>
2日目は午後から参加.
午後の最初はシンポジウム「新たな時代の生物地理学」と言うことで,世界の各地のいろいろな生物について現地のフィールドでリサーチしている研究者に語っていただくという大変楽しい肩の凝らない企画だった.
まず蒲生康重による「マダガスカルの植物」有名なバオバブも登場しながらいろいろな植物が紹介された.どんどん植生が破壊されているのでとにかくいま研究しないとという話がつらい.
茅根創による「水没する環礁の島々」
最近のテレビによる地球温暖化特集には決まってツバルなどの環礁の島の昔からの広場が水没している映像が流されるが,まだ10センチ程度の海面上昇のはずなのに,なぜあのようなことになるのかかねがね不思議に思っていた.
本発表によるとあれは大潮の時の映像で,メディアが大挙して絵を取りに来るのだそうだ.そしてからくりはこうだ.
まず環礁の地面の形成史について,それぞれ外側は珊瑚の礫,内側は有孔虫の死骸が打ち上げられて中央部より盛り上がっている.中央部は海面すれすれで,多くのところは湿地になっている.だからまず珊瑚礁の環境破壊が進めば陸地形成が少なくなる.護岸工事は逆効果である可能性もある.そして最近特に人口が増えていてこの環境破壊が懸念される状況だ.
また昔からの定住地は内側の2メートル近くの高地にあるのだが,近年人口増加のために昔湿地だったところに人が住むようになっている.メディアによってとられる映像はここで,湿地あとに最近造成された部分だというのだ.
要するにいまメディアにとられている映像は地球温暖化の影響はほとんど無いと言うことだ.納得.もちろん今後はそれが大問題になってくるという結論は動かないのだが.
佐土哲也ほかによる「東南アジアにおけるコイ目魚類採集調査」
アジア各地でのコイ目魚類の採集調査.結構汚染が進んでいるところもあるようで,なかなか大変だ.自分で採集できない場合は市場から買うというのもなかなか面白い.
上田恵介の「ゴンドワナの遺産 オーストラリア北部モンスーン接待の鳥類調査」
旧北区や東南アジアとはまた違う鳥類層がいろいろ紹介されたあと,オーストラリアではスズメ目の小鳥の中でヘルパーを行う種の比率が断然高いことが紹介される.系統的な制約があるのではという話だが,にわかには信じられない気もする.なかなか興味深い.
続いてさらに非常に興味深い観察の紹介がなされた.アカメテリカッコウはカッコウ類の一種だが,オーストラリア北部で2種のセンニョムシクイに托卵寄生する.そして旧北区のカッコウと違い卵の擬態は行わないのだが,なんとそのムシクイの一種に対してヒナ擬態がみられるのだ.さらに両種のムシクイともに巣内でカッコウの雛を見分けて巣外に捨てるという行動を見せる.本発表でも紹介されていたが,これはニック・デイビスのカッコウ本を感激して読んだものには衝撃的な事実だ.この本ではカッコウのホスト種の防衛についてそのコストと利益から見た詳細な考察が行われており,そこではなぜ卵については見分けて捨てるという防衛するのにヒナについては行わないかが詳細に論じられている.
上田先生はこれはその見事な反証であり,もう少し詳しく調べてネイチャーに論文を送ってやろうと思っているということだった.そして思いもかけないところでこのような発見があるのがフィールドリサーチの醍醐味であるということで発表を締めくくられていた.
つづいてミニシンポジウム「次世代にどのような社会を送るのか?」がひらかれた.ゲストスピーカーはヘーゲル哲学の加藤先生と,衆議院議員の猪口邦子先生.
最初に森中先生から長いイントロがあって,ヘーゲル哲学がポパーにより痛罵されていること,それがその後のナチとの関連によるものだろうというような話をされた.
猪口先生は早速ポパーの話に反応して,ご自分がなされてきた政治学の研究もできるだけデータをとって実証しようとしてきたものだったとイントロを受けられていた.戦争と相関のあるいろいろな現象の中で大きいのは景気のピークであり,恐らく,戦争という浪費行動を行うにたる経済的余剰がその要因になっているのだろうと言うことだった.
現在猪口先生は軍縮に向けて国際会議で努力されており,印象的ないろいろなお話があった.国際世界で何かを主張していくときに誰がリーダーとなれるのか,他の国から認めてもらえるのかを決めるのは,その国がそれまで本当に苦労してきたかということだ.だから二度の原爆被爆体験がある日本は軍縮に向けて努力すべきなのだ,そして現在のテロリズムの興隆の相関要因としては小型武器がいかに流れているかが大きく,それは絶対量×流出確率で決まる.そして紛争の最大の犠牲者は子供だ.
またいま感じていることは,日本の教育はいま肯定する力に欠けていること,これからは多様性と地理を越えた動きが大切だと言うことだと締めておられた.
次をご予定が入っていたにもかかわらず,熱弁で時間を超過,さらに質問にも丁寧に答えられ,最後には「だから話は尽きないんですよ」と言いつつ,連絡先の電話番号まで示し質問はここにといいながら名残惜しそうに去られた.さすがにエネルギッシュで,知的活動が好きなんだなあという感じだった.
最後に加藤先生から地球温暖化とその議論についての話があり,大会は終了した.いつもながらにこじんまりとしたとても楽しい学会であった.