ウォーレスの「ダーウィニズム」 第3章〜第5章

Darwinism

Darwinism


第3章 The Variability of Species in a State of Nature 自然の状態における種の変異性


ウォーレスは,「自然界に変異が実は非常に多いということはダーウィン種の起源を著してから後に随分知見が深まったのだ」としてここを詳しく解説している.ダーウィン的な進化についての懐疑論で当時最も大きかったのが進化の方向性についてだったのだが,それは変異が十分に多いことがわかれば簡単に説明できるのだとウォーレスは感じていたようだ.
確かにこのような批判や疑問は現在でもあるようだ.(最近では「ダーウィンのジレンマを解く」にそのような論調があった)変異が十分にあれば,その中には当然有利な方向にあるものもあるわけだから,あとは自然淘汰で簡単に説明できるというわけだ.

統計学がまだそれほど発達していない当時にウォーレスはどう変異を表すかについてなかなか面白い試みをしている.彼は身体の長さ順に個体番号をつけて様々な形質について上下に折れ線グラフを並べている.一番上に全長が来てこれは単純増加になるが,それ以外の形質の形がばらばらであることを示して,様々な形質が独立に変異し,しかもその変異幅がかなり大きいことを示そうとしている.また形質についてヒストグラムのような形式も工夫していてなかなか面白い.これを延々30ページにわたり様々な動物種について示している.

行動の変異についてはニュージーランドミヤマオウムが食性を変化させた実例(花蜜と昆虫だったものがヨーロッパ人が入植してからヒツジの皮や星肉を食べるようになったもの)をあげている.これは変異というにはあまりいい実例ではないように思う.


第4章 Variation of Domesticated Animals and Cultivated Plants 家畜と栽培植物の変異


既にダーウィンが「The variation of animals and plants under domestication」を出しているのでここは簡単に述べようというのが本書の立場.
家畜の中に変異があることはイヌの一腹仔を観察したことがあれば,誰でも知っていることだとコメントしている.また変異に方向性がないことを特に強調している.
種の起源は交雑ではなく人為淘汰によるものであることをダーウィンと同じく強調している.人為淘汰の証拠としては,野菜の食用などの役に立つ部分だけが大きく変化していることを取り上げている.家畜についてはダーウィンの伝統通りにハトについて詳しく紹介している.気候への順化についても人為淘汰が原因だとはっきり主張しているのは,ダーウィンより一歩進めていると言えるだろう.
なお変異の原因は知られておらず,ウォーレスも生活条件の変化により変異が出やすい傾向があるかもしれないといっているが,主張のポイントは変化の原因としては淘汰が圧倒的に重要だというものだ.(なお,飼育下と野生下でどちらが変異が多いかについて,ダーウィンは飼育下の環境においての方が変異が多いと考えているがウォーレスは基本は同じだといっている.これは第3章に見られた30年間の変異についてのデータの積み重ねが背景にあるようだ)
基本的なスタンスとしてウォーレスはダーウィンより強く自然淘汰の重要性を強調しているが,それがこの章でも現れているようだ.


第5章 Natural Selection by Variation and Survival of the Fittest 変異による自然淘汰と適者生存


ダーウィンと同じく,ウォーレスは,生存競争の厳しさと変異の多さを説明してから自然淘汰についての説明に取りかかっている.原理を説明したあとは個別の事例を取り上げている.
最初に,ダーウィンの唱えた,マデイラ諸島の昆虫の翅が退化するのは吹き飛ばされないためだという説を取り上げているのが面白い.訪花性の昆虫(飛ぶことが絶対に必要な昆虫)の翅はむしろ大きくなっていることを傍証とし,ハンミョウやコフキコガネが定着していないのは,変異が十分に大きくないために進化する前に絶滅したのだろうと推測している.またさらに風の強いケルゲレン島には昆虫はほとんど存在せず,わずかに見つかるガやハエや甲虫はすべて翅が退化していることも傍証としてあげている.ウォーレスのよるダーウィン説へのリスペクトが感じられるところだ.
小鳥類のニッチに対する適応の紹介はバードウォッチャーには楽しい部分だ.シジュウカラ,アオガラ,ハシブトガラ,カンムリガラなどのカラ類,ビンズイ類,ノビタキ,マミジロビタキ,ハシグロヒタキなどのヒタキ類,チゴハヤブサハヤブサ,ハト類のそれぞれのニッチへの適応が解説されている.


ニッチへの適応により種分岐が生じたことを主張し,それを補強する証拠として,通常近縁種は遠く離れて分布していることをあげている.(同じニッチに適応している種は同所的に分布できない)例としてはムナグロ(ユーラシア東,ユーラシア西,北アメリカと3種分布している)やカケスがあげられていて英国におけるバードウォッチングの伝統を感じさせる.

またここで,なぜ下等な種が下等なままであるのかを取り上げている.生物の高等,下等の区別についてウォーレスはダーウィンと違って非常にナイーブだ.(ある意味時代の限界であり,そこを慎重に留保しているダーウィンの先進性を示すものだろう)それは置いておくとして,ダーウィンはこれについては一般的な生存競争の激しさで説明しようとしているが,ウォーレスは非常に特殊なニッチのために生存競争から免れただろうと推測している.

説明が難しものの例として,まずカワガラスが取り上げられている.カワガラスは樹上生活に適応している鳥の近縁種で水中での採餌に適応しているからだ.ウォーレスはダーウィンに習って,中間的な習性を示す種の存在をあげ(カマドムシクイ)進化の筋道を推測している.

また種分岐についてウォーレスは隔離の重要性を強調している.ウォーレスは交雑を避けるために種識別をするように自然淘汰が生じることを重視していているようだ.


第5章の最後でウォーレスは何故このような単純で自明な自然淘汰の原理が理解されにくいのかについてもまとめている.

  1. 生存競争が非常に厳しいものであること,個別の個体の生存,死亡は偶然であるが,大数的に見ればそれは偶然ではなく,形質と相関するであろうことが直感的に理解されにくいこと
  2. 自然界において個体変異が極めて普遍的で,量的にも大きいことが理解されていないこと
  3. それぞれ別の性質についての変異はおおむね独立しており,様々な形質の有利な変異の組み合わせを得ることが可能であることが理解されていないこと

そして最後にダーウィンは進化が緩慢でゆっくりしたプロセスであることを強調したが,しかしこのような変異の多さを前提にすれば世代が短い生物では1世紀以内に顕著な変化が生じても不思議ではないことを主張している.ここは30年たって,適切にダーウィン説を改訂・補強している部分だと評価できるだろう.



関連書籍


進化の方向性がダーウィン流の自然淘汰だけでは説明しきれないのではないかという問題意識にしたがって書かれている本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20080917

ダーウィンのジレンマを解く―新規性の進化発生理論

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