「Natural Security」 第15章 ナチュラルセキュリティに関する全体論的な視点

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World


長らく読んできた本書の最終章.編者のサグリンによるまとめのような章だ.特に突出した視点があるわけでもなく,淡々と書かれている.そういうわけで読んでいても特に面白い章でもないが,実際にこのような取り組みはまだ始まったばかりということであり,それがよくも悪くも現れているということだろう.


最初に全体的な問題のとらえ方が示されている.ヒトの社会の問題に進化生物学を応用しようとするときには,私達の個人や社会は進化的に作り上げられているものだが,日常のコントロールはそれとは無縁にコントロールされていてうまく結びつかないという問題があるという.これにはコントロールに自然史的な視点をいれて解決するとうまくやれるだろうというのが本書全体の問題意識だ.


ヒトの争いには進化的な理由があるし,文明の大きな流れも生物学的なものと深く結びついている.(これについてはダイアモンドの著作が引用されている)そして経済活動もその例外ではない.これまで社会科学は「進化」の力を無視してきたが,分析のフレームには取り入れるべきだ.本書の主題であるセキュリティに関しては淘汰の力をモデルに入れてセキュリティシステムを設計し,テストし,シミュレーションし,修正を加えていくべきであると主張している.このような形で,進化と無縁になっているコントロールに進化の視点を取り入れて統合的に問題解決すべきであるということだろう.


ここまでの理解のまとめとしてはまずオペレーションに関して4つの概念を提示している.


1.組織

進化的に成功しているセキュリティシステムの特徴は(1)環境に対して反応する,(2)互いにコミュニケートする,(3)強く中央集権ではない,ということだ.
このことから9.11以降の米国のセキュリティシステムは非常に大きな階層的組織となっているが,疑問があると主張している.


2.行動

この点での進化的な分析には二種類ある.非常にうまく動作している動物の行動を参考にしようというものと,ヒトのセキュリティがうまくいかない原因を進化心理的に捉えて,それを考慮に入れたシステムにしようというものだ.

前者のアプローチからは動物の不確実性への対応が参考になる.群れを作る,擬態,待ち伏せ,相手の行動を予測するなどだ.興味深い問題は自分が相手を感知していることを知らせる信号を出すべきかということだ.これは相手がそれにより獲物をスイッチするかどうかがポイントになる.また襲撃の不確実性が減少するか,エスカレーションを引き起こすかが実務的には重要だ.発信者が発信したことで安心してしまうという効果があるか,またフォルスアラームによる混乱や慣れの問題があるかも考えなければならない.
これは冷戦においては核の検知の問題として重要であり,現代のテロリズムにおいてはより安いコストの大量破壊兵器があるのでさらに重要な問題だ.

後者のアプローチからは,心理的にテロのリスクを過大評価しすぎることへの対処などが問題になるだろう.


3.状況認識

リスクを検知したあとにどうするか.避ける,共存する,排除するなどの方策があり得る.
動物はリスク検知にコストを払い,状況に応じてコストリターンがあえば,避けたり排除しようとする.排除努力の例としてはアリの戦争,カラスのモビングなどがある.
リスクとリターンのトレーオドオフは重要で,セキュリティも同じだ.

防衛には一般的なもの,特殊なものがある.自然には一般的な防御(鎧,殻,免疫など)がよく見られる.これは様々な条件に対するロバストな防御として優れていることが多いからだと思われる.


4.タイミング

セキュリティにおいては,タイミング,状況の変化は重要だ.
特に状況の変化に対応できることはセキュリティ上重要になる.飛行機への液体持ち込み制限のばからしさはここにある.液体が持ち込めなければテロリストはそれに対応し,別の方法をとるだけだ.

自然においては,あるリスクについて,その発端段階,成長段階,最終段階で対応を変えることが多い.発端においては排除が有効だ.水際作戦がそれに該当する.成長段階では検知にリソースをかけることがより合理的になる.最終段階では,あるリスクの顕在化による被害の中で,別の攻撃がなされるリスクが高まる.これに対する警戒が重要になる.



つづいて淘汰に関してのまとめがある.
全体的には,素早い反応とリソースの再配分がキーになる.
進化においては様々な条件に対する様々な対策が淘汰されるが,セキュリティ戦略は危機が生じないと真のテストはできないという問題がある.だからシミュレーションによるテストは重要だ.ハッカーを雇ったり,多くの人に攻撃のプランを立てさせてみたりするのは有効だ.ここはちょっと面白い指摘だろう.



なお本書では扱わなかったが興味深い問題として共生,植物の誘導防衛,動物のドミナンス階層の問題などを挙げている.


最後にどんなに考えても重大な危機を網羅することはできない.進化の中で淘汰をくぐり抜けてきた生物の戦略のレッスンを学ぶべきだと強調して本章は終わっている.


本書全体としては,要するに面白いところもあるが,実際の応用はこれからだというところだろう.新しい試みの最初の段階での成果物というところだろうか.さらにいろいろなリサーチが生みだされ,世界の平和に少しでも役立つようになることを望みたい.