日本進化学会2009 SAPPORO 参加日誌 その1

本年の日本進化学会はいつもより少し遅めの9月上旬に札幌で開かれた.前日の台風が東にそれ,天気は快晴.美しい北大キャンパスで非常に快適な大会となった.


大会第1日 9月2日(水)

今年の大会の特徴は「国際ダーウィン200周年シンポジウム」として毎日参加者全員を対象に海外の研究者を招いての英語によるシンポジウムが開かれていることだ.なかなかオーガナイズも大変だっただろうと思われるが,第一線のスリリングな話が聞けて大変面白かった.初日のテーマは「古代DNA」


The Interenational Darwin Bicentennial Symposium 「Ancient DNA」


最初にチェアの今西規より古代DNAの復元について簡単な案内がある.これが最初に成功したのは19世紀に絶滅したクアッガについての1984年のもの.その後,ミイラ,マンモス,恐竜,ネアンデルタール人,最近ではインフルエンザウィルスなどについても分析されていると言うことだった.


ヨハネス・クラウス 「What makes us human: Insights from sequencing the Neandertal genome」


最初にヒトと類人猿の系統樹を見せて簡単に解説.
そしてネアンデルタールプロジェクトの狙いを説明.ヒトとの違いを見ることにより分岐年代,どの遺伝子がいつ頃淘汰を受けたのかなどの詳細がわかると期待されるということだ.
この後はどうやってコンタミネーションを抑えて分断されたDNAからゲノムデータを取るのかというテクニックに重きを置いた解説がなされる.さすがにここは技術的でよくわからない部分もあったが,様々なサイトから出た骨のかなり内側の部分を使って慎重にデータを取っていることが示されていた.最終的にクロアチア,ドイツ,ロシア,スペインのサイトからデータがとれたそうだ.そして得られたDNAの分断されたデータを,他の生物のデータベースに紹介したり,メチル化の情報やCG比率から原核生物のものを取り除いたりしながら絞り込んでいく.
最後にそこから得られた知見の一部を紹介してくれた.こんなことまでわかるのかというのも興味深い.

発表後の質疑では技術的な部分に質問が集中していた.専門家にとってはかなり興味深い部分のようだ.


西田 伸 「Ancient DNA analysis of the extinct elephant birds(Aepyornithidae) in Madagascar」


マダガスカルの絶滅鳥類エピオルニスのDNA解析の話.まず古代よりロックバードとして伝説の鳥であったマダガスカルの巨大走鳥類の紹介.体重400キロ,卵も巨大などの解説があり楽しい.17世紀までは生存が確認でき,海岸では今でも卵の殻がたくさん見つかるそうだ.
次にテクニカルな説明がある.この鳥の場合には中足骨からとるらしい.
結果これがどのような系統関係にあるのかについて系統樹が示された.その結果は興味深いもので,エピオルニスはキウィと近縁で,次にモア,レア,ヒクイドリ,エミュらと近いのだが,レア,ヒクイドリの枝にはシギダチョウが含まれる.さらにその根元から分かれたところにダチョウがくる.つまりゴンドワナ大陸全般に飛べない鳥が分布し,それが大陸分裂とともに分岐したというシナリオに近いのだが,飛べるシギダチョウが真ん中に含まれているのだ.西田は祖先形質は飛べたと考えられるので独立に何度も飛べない性質が進化したのだろうと簡単にコメントしていた.
質疑でその部分については質問もあったがなかなか興味深い.最節約的にはシギダチョウで飛べるようになる形質が一回進化したと考えるのだろうが,一旦飛べなくなったものが飛べるように進化するのは独立に何度も飛べなくなるよりはるかに難しいと考えれば西田の説明通りと言うことになるのだろう.今後の化石の発見待ちということになるだろうか.


ここまでで最初のシンポジウムは終了.


総会.受賞講演


続いて総会.
大会の今後のスケジュールも説明された.来年は東京(東工大),2011年は京都になる.


本日最後は日本進化学会賞・木村賞記念講演
今年の両賞受賞は池村淑通先生で,コドンの同義的な暗号の使われ方に種による方言があることを発見された方だ.


記念講演では,札幌における遺伝学の国際セミナーの木村資生先生のキーノート講演で質問したことがきっかけで人生が大きく変わったというつかみからはいられた.ちょうど中立説にはまだ海外からの反論が多い頃で,ゲストのアメリカ人の大物がこの方面に詳しくないために若い学者から受け売りの質問をしたところ,木村先生から「それは非常にくだらない」と解答され,会場全体が静まりかえったそうだ.なかなかすごいエピソードだが.当時一介の助手だった池村先生は勇気を振り絞って「コドンの使われ方が大腸菌においてバイアスしているという証拠(tRNAの頻度に差がある)があるので,同義コドンの3番目の塩基が中立ということにならないのではないか」と質問した.木村先生はそれがいたく気に入り,それから交流が始まり,また励まされてその方面の研究も進めることができたという.
そこからその部分の知見についての説明があった.細胞内のエナジーの70%はタンパク質合成に使われているので,同義コドン間でたとえわずかな効率の差があってもそれは生物にとって重大な問題であるはずだ.そして実際にゲノムにある遺伝子数とtRNAの頻度は相関しており,それは生物によって異なることがわかってきている.
ここからは現在の研究についての話だった.ゲノムについてCG比率が生物によって異なることはよく知られているが,さらに2文字,3文字,4文字のつながりがどのような頻度になっているのかを生物種によって分析するとどうなるかという研究だ.単に頻度をとってもうまくクラスターにならないが,ここに自己組織化規則を入れて視覚的にわかるようにマップ化してやるとうまく生物種によって分かれてくれる.これを使うと単に分断的なゲノムデータしかなくとも(既存の遺伝子配列データバンクとの比較照合なしで)どの種のものかがわかるようになるというものだった.メタゲノム解析などで威力を発揮しそうだ.


大会初日はここで終了である.それにしても北大の構内は美しい.快晴の日に木陰がいかにも気持ちよさそうだ.