第1章 歴史的起源 その18
1-4 淘汰のレベル その4
オーグレンの遺伝子視点の起源の解説.その3つの基礎のうち自然神学,集団遺伝学と並ぶ最後のものは「淘汰のレベル論争」だ.
「淘汰のレベル論争」は,少なくとも当初はナイーブグループ淘汰に対する批判から始まっている.そして前回はそのナイーブグループ淘汰を強く主張した大立て者ヴェロ・ウィン=エドワーズの主張とデイヴィッド・ラックによる批判の説明があった.ここからいよいよ遺伝子視点との関連でジョージ・ウィリアムズが登場する.
1-4-2 ジョージ・ウィリアムズと「適応と自然淘汰」
冒頭で簡単にジョージ・ウィリアムズの経歴が語られている.
- ジョージ・クリストファー・ウィリアムズは1926年の米国生まれでニューヨークとメリーランドで育ち,第二次世界大戦にイタリア戦線で従軍した.戦後カリフォルニアのUCバークレーにおいて植物学者で現代的総合創設者の1人であるステビンズのもとで学び,UCロサンゼルスで博士号を取った.その後シカゴ大,ミシガン州立大と移り,ニューヨーク州立大で長く教鞭をとり,ニューヨーク州立大を進化学の最先端センターの1つとした.
- ウィリアムズの業績は,淘汰レベルの仕事だけではなく,数多くの進化生物学理論に貢献した.たとえば老化の進化についての多面的発現遺伝子仮説,ネシーとともに進化医学を創設したことなどがある.
- 1999年にエルンスト・マイアとメイナード=スミスとともにロイヤルスウェーデンアカデミーからクラフォード賞を贈られた.授賞理由は「進化生物学とその関連現象における我々の理解を広く,そして深く広げたことへの貢献」とされている.晩年にアルツハイマーを患い,2010年に永眠した.
ウィリアムズの多面遺伝子仮説は,1957年の論文で提示されたものだ.これは「生物が適応的に進化するのなら,(老化のない生物の方が生存繁殖に有利そうであるにもかかわらず)なぜ老化という現象があるのか」という謎に対する初期の洞察の1つであり,進化現象におけるトレードオフについての鋭い考察になっている.論文ではそれまでのヴァイスマンの説明(老化は機械的磨耗の一種,集団から古いメンバーを排除する適応),コンフォートの説明(野生生物はほとんど老化する年齢まで生きないので,淘汰とは無関係)をきちんと批判したのちに自説を展開している.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1111/j.1558-5646.1957.tb02911.xhttps://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1111/j.1558-5646.1957.tb02911.xhttps://www.jstor.org/stable/2406060academic.oup.com
ネシーと共著した進化医学の創設にも繋がった「Why We Get Sick」は今でも読む価値のある優れた科学啓蒙書だ.
- 彼の「適応と自然淘汰」はドーキンスの「利己的な遺伝子」とともに遺伝子視点とは何かを明確にした書物だ.それは一般向けではなく,生物学者向けの本だったので,ドーキンス本ほど知られていないが,進化生物学のアカデミアでは非常に影響力があり,遺伝子視点に対する批判者からも賞賛者からも褒めたたえられている.
「適応と自然淘汰」を褒めたたえた賞賛者の代表としてはソーバーとDSウィルソン(批判側),ブームズマ(支持者)が挙げられている.特にブームズマのエッセイは,適応に関する個々50年の理論的進展を振り返り,ウィリアムズの「適応と自然淘汰」を賞賛してその意義を深く論じている.そこでは現代進化学の適応の理論はティンバーゲンの至近因の提示,ハミルトンの包括適応度理論,そしてウィリアムズの遺伝子視点を基礎としていると論じ,そこからウィリアムズの議論とそのグループ淘汰の否定の主張を解説している.
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- その30周年記念版でウィリアムズは執筆の動機を語っている.:1954年にシカゴ大で奨学金つき教育助手をしていた時に,そこではアリーやエマーソンなどのグループ淘汰主義者が跋扈していた.ある日エマーソンは彼が「有益な死」と呼ぶ「生物個体はグループために自死するだろう」というテーマについて講義した.ウィリアムズは驚き狼狽し,妻(彼女も生物学者だった)に「こんなのが生物学で受け入れられるなら,学者をやめて生命保険を売る方がましだ」とこぼしたという.
- ドーキンスも同じく,ローレンツやアードリーにあるグループ淘汰の粗悪な議論が,自身の利己的な遺伝子の執筆動機になったと認めている.
1960年代には進化生物学界の主流においてナイーブグループ淘汰論が吟味も受けずにイデオロギーのように広まっていたのだろう.粗悪な議論の参照元として,ローレンツに関しては「攻撃」,アードレーに関しては「社会契約」が示されている.
なお,アードレイの「社会契約」には邦訳はないようだ.私がはるか昔読んだのはこちら








