
The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution
- 作者: Richard Dawkins
- 出版社/メーカー: Free Press
- 発売日: 2009/09/22
- メディア: ハードカバー
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第11章で扱われる進化の証拠は,現生生物の様々な特徴の中に見られるものだ.これはダーウィンが「痕跡器官」を大きな論拠としていたことを現代的に拡大したものだということができるだろう.
ドーキンスはまず本書冒頭のラテン語教師の話に戻り,英国中にローマ帝国があった痕跡があることを話題にしている.ハドリアヌスの長城などの遺跡はわかりやすい例だが,都市や道路のデザインにもそれは見ることができるのだ.
私達の身体に刻まれた証拠のうち,ドーキンスが最初に取り上げるのは「鳥肌」だ.ドーキンスはこれが寒冷適応であり,後の社会生活への適応で感情表現にも使われるようになったものだと説明している.
ここからより強い進化の証拠として「痕跡器官」,あるいは「進化が,当初の歴史的経緯による「間違い」を,最初から設計をやり直すのではなく,その場しのぎの適応によりなんとかしていく話」の繰り返しになっていく.
最初に海生哺乳類の身体の仕組みについて.彼等の骨格,呼吸の仕組み,胎生であること,温血性などは彼等が陸棲の哺乳類の過去を持っていたことを示している.ここでのポイントは彼等は水中に戻ったのにエラ呼吸は使わずに,呼吸孔を頭のてっぺんに上げたりという様々なやっつけ仕事を重ねながらも肺呼吸を保っているということだ.
次に飛ばなくなった動物にも翼があることについて.
まず鳥について,ダチョウ,キーウィ,モア,カカポ,さらにペンギンやガラパゴスコバネウも取り上げられている.ドーキンスはコバネウと一緒に泳いだことがあるとちょっと自慢している.ニュージーランドの飛べないオウム;カカポについてはドーキンスはダグラス・アダムズ*1による絶滅動物を訪ねる旅行記「Last Chance to See」からその描写を引用している.これはなかなか不思議な雰囲気の旅行記で,大昔のMac用のCD-ROMを持っているのだが,Apple社がIntel MacにおけるClassic環境のサポートを打ち切ったため,今やなかなか再生も難しくなってしまった.(そう書いているうちにも見たくなってきた.G4Macを引っ張り出してきてみるか)
次は双翅目の後ろ羽根.ドーキンスは翼が平均棍に変わる中間形にどのような利益があったのかという議論を楽しそうに行っている.この問題のキーは飛行の安定性ということだが,関連してランフォリンクスとアンハンゲラという2つの翼竜に話を振り,飛行においては安定性と操作性はトレードオフがあることを説明し,双翅目の4枚羽根は当初それぞれ飛翔と操作の両方の役割を持っていたのだが,徐々にバランスを振り分けて分業するように変化していったのだろうと説明している.
またアリやシロアリは婚姻飛行を行う繁殖虫以外は羽根を持たないことにも触れている.女王アリも婚姻飛行から戻れば自分で羽根をかみ切って捨てるような種までいること*2から地中では翅は邪魔になることを説明し,さらに好蟻性の昆虫も羽根を失っているものが多いことなどにも触れて,不思議な形のハエの図や,アリへの見事な擬態を見せる甲虫の図などを紹介している.
次はダーウィンも取り上げている洞窟性動物の眼が消失することについて.
ドーキンスはダーウィンの議論をここではあまり詳しく紹介していない.ダーウィンは痕跡器官について進化があることを前提にするとうまく説明できることを「種の起源」で述べているが,痕跡器官の消滅のメカニズムについては自然淘汰だけでは説明せずに用不用との合わせ技で(かつ至近要因としてはパンジェネシスで)説明している.ダーウィンはある器官を作るためのコストがあるなら(エコノミーという言い方をしているが)使われなくなった器官はどんどん小さくなるだろうと考え,(別の観察により用不用も生じると考えていたために)用不用の効果もあるだろうとしているものだ.このあたりはダーウィンを読んでいるといかにも「惜しい!」といいたくなる部分であり,ドーキンスもあえて触れなかったのかもしれない.
ドーキンスは,まず創造論ではこれは説明できないだろうとした後で,進化論者は.「でもなぜ消失するのか(後々有用になるかもしれないのだからとっておいてもいいじゃないか)」を説明できなければならないと議論している.ドーキンスはこのような質問があること自体,ヒトの心がいかに志向的姿勢に満ちているかを示していると軽く振った後で,コストがあるなら不要になったものはそのコストを下げる方向に自然淘汰が働いて消失するだろうという議論をまず行う.そして眼はそれを作るコストというより,傷つきやすく感染源になり得るということから間違いなくコストがあるだろうとする.
そして次に不要なものにかかる遺伝子は,遺伝子の有害突然変異を除去する自然淘汰が働かなくなるので,有害突然変異の蓄積により速やかに壊れていくだろうという議論を追加している.
ドーキンスは眼に触れたついでに,進化の歴史の偶然の経路によってしか説明できない馬鹿げたデザインの良い例として脊椎動物の眼の神経が網膜の内側にあることをあげている.残念ながら創造論者がこれにどう答えるのかは紹介されていない.これはドーキンスの前作「God Delusion」で紹介されているジュリア・スウィーニーの「Letting Go of God」で,信仰が壊れていく場面で,「神様がデザインしたはずの自分の眼がイカの眼よりお馬鹿なデザインだなんて」と絶叫する形で使われていて,創造論者には結構なパンチであるように思われる.眼の議論はドーキンスが好きな話題の1つであり,本書でもツァイスやニコンの光学機器とかフォトショップとかハッブル望遠鏡の初期不良の補正とかの楽しい説明が行われている.
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ジュリア・スウィーニーの"Letting Go of God"
アマゾンジャパンにはおいていないが
amazon.comではCDおよびDVDがおいてある.(リージョンフリーなのでこのDVDは日本からでも購入できるようだ)
http://www.amazon.com/Letting-Go-God-Julia-Sweeney/dp/B000MM107I/
http://www.amazon.com/Letting-Go-God-Julia-Sweeney/dp/B001J21JRQ/
またiTunes Music Store Japan でオーディオブックがダウンロード可能だ.
*1:アダムズは銀河ヒッチハイクガイドシリーズで有名なSF作家であり,ドーキンスの親友であったことでも知られる.2001年に49歳で急逝しており,ドーキンスはそれに捧げるつもりでもあるのだろう.原文ではIn the words of the immortal Douglas Adamsという言い方で紹介している.垂水雄二訳では「不滅のダグラス・アダムズ」と訳してあるが,そこにはその親友のあまりにも早い死を悼むニュアンスがあるということだろう.
*2:原文ではin some cases by literally biting them off: painful (parhaps; who knows?) evidence とある.括弧内について垂水雄二訳では「痛ましい(ひょっとしたらの話で,誰にわかるというのだ)事実」と訳している.ニュアンスとしては「痛そうな証拠(たしかにいかにも痛そうだが,本当に痛いのかどうかは誰にもわからない)」という感じだろう