
The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution
- 作者: Richard Dawkins
- 出版社/メーカー: Free Press
- 発売日: 2009/09/22
- メディア: ハードカバー
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強い進化の証拠としての「進化が,当初の歴史的経緯による「間違い」を,最初から設計をやり直すのではなく,その場しのぎの適応によりなんとかしていく話」.イルカが鰓呼吸しないこと,脊椎動物の眼の神経のデザインがお馬鹿なことをあげて肩慣らしした後でドーキンスはより印象的な例に取りかかる.
本命としてドーキンスがあげているのは迷走神経の一部である反回神経だ.迷走神経は脳から出て首から下腹部までの知覚や運動を司る重要な神経だが,その一部の反回神経は脳から発し一旦胸まで来てから心臓動脈を回り込んで上部に反転し,口蓋や喉頭の知覚,運動(発話など)を司っている.
要するに口や喉に関する神経が脳から出ているのだが,わざわざ心臓まで回り道をしているというわけだ.まさにこれは知的なデザイナーならあり得ない設計だ.ドーキンスは何故こうなっているのかについて脊椎動物の進化史をひもといて解説している.これはもともと6つの鰓に6つの神経と6つの動脈が伸びていたときの配線の名残なのだ.この鰓の1つが今では顎になっているというわけだが,配線は変えられないので心臓動脈に引っかかっているということになる.
ドーキンスはその配線が変えられない印象的な例としてキリンをあげ,2009年の初めにたまたま事故死したキリンの解剖に立ち会った経験を語っている.これは以下の動画だと思われる.
http://youtube.com/watch?v=TUlx0LVzeP0
大型動物の解剖風景などはなかなか見られるものではなく印象的だ.ドーキンスによるとキリンでも確かに反回神経が大変な回り道をしていると解剖で確かめたのはあの偉大なリチャード・オーウェン以来の出来事だそうだ.ドーキンスはまたこの回り道(それによる信号遅延)のためにキリンはその社会性にもかかわらず精巧な声による信号システムを進化させることができなかったのではないかとちょっと脱線している.
もうひとつの例としてドーキンスがあげるのはジョージ・ウィリアムズのお気に入りの輸精管の経路だ.*1
これも進化の過程で上部から降りてくるところで尿管に引っかかってしまって回り道になっているものだ.ウィリアムズの「The Pony Fish's Glow」ではホースで水をまいているうちに庭木に引っかかったという例で表現されていたように思う.
ドーキンスはこれらはいずれの進化が漸進的に生じるために,限界利益が限界コストを上回らなければならず,基本的な設計変更ができないことによるのだと説明している.ドーキンスは,だから進化的に何か新しい機能を持つ器官を作らなければならないときには,それは既存の同じ機能を持つ器官ではなく,なにかまったく別のものから変化してできることが良くあるのだと主張し,硬骨魚類が呼吸器官である肺を浮き袋に変えたことを紹介している.*2
ドーキンスは次に人類の直立姿勢に対して身体の様々な部分の適応が追いついていない例を持ち出し,ジョナサン・キンドンがそれについて1冊の本(Lowly Origin)を書いていることを紹介している.(これについてはドーキンス自身も「祖先の物語」でも詳しく語っている)
ドーキンスは,このような「何らかの進化適応が,別の形質に影響を与え,その適応が追いついていない」という現象は,「ある生物の1つの遺伝子は外部環境だけでなく,ゲノム内の他の遺伝子頻度の変化にも適応しなければならない」と考えると良く理解できるだろうと書いている.ここでドーキンスは四足歩行から二足歩行への移行自体も,外部環境への適応として始まったのではなく,内部のゲノム環境への適応として始まったかもしれないとまで言っている.なかなか興味深い仮説だが,残念ながらどのような内部環境に対するものであり得るかなどの詳細は語られていない.(もっともドーキンスは仮定法を使っている「The initial shift from a four-leggeg to a two-legged gait could even have been 'internally' generated rather than engendered by a shift in the external environment」*3 のであまり本気で主張しているのではなさそうだ)
直立姿勢に適応が追いついていない問題としては,背中の痛み,副鼻腔の排出口の位置などをあげて,関連してコアラの子育て用の袋が逆さまになっていること(地中生活をしていた祖先には適応的だった)も紹介している.(ここではオーストラリアの科学ジャーナリストであるロビン・ウィリアムズの「Unintelligent Design」という本を紹介している.これを紹介するドーキンスの文章には英国人とオーストラリア人だけにわかるようなジョークが埋め込まれているようなのだが,ちょっと難しくてよくわからない)
これらの衝撃的な非知性的デザインについて創造論者はどう説明しようとするのだろうか?ドーキンスは何も語っていないが,恐らく創造論者はこの話題は避けるのだろう.(創造主が進化があったと誤解させるようにこの世界を作ったという説明はあるだろうが)進化以外の方法で説明できるとは思えない.
ドーキンスは最後に非知性的デザインでここで紹介したような例は氷山の一角だと主張している.確かに動物は外観上非常にうまくデザインされているように見える.しかし一旦中を開けてみると,その圧倒的な印象は「中はぐちゃぐちゃ」というものだ.確かに臓器や血管や神経はごちゃごちゃになっている.機能的にデザインしたならそれはもっと整然としたものになるだろう.ドーキンスはキリンの解剖を見ながらそれを強く感じたと述べてこの章を終えている.
関連書籍

The Pony Fish's Glow: And Other Clues To Plan And Purpose In Nature (Science Masters)
- 作者: George C. Williams
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Lowly Origin: Where, When, and Why Our Ancestors First Stood Up
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Unintelligent Design: Why God Isn't As Smart As She Thinks She Is
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副題で「神」が女性代名詞になっているのがちょっと面白い.
*1:ドーキンスはここでウィリアムズがリンカーン大統領に似ていると軽口をたたいている.しかし顎髭をのぞけば,私にはあまり似ているようには思われないところだ
*2:ドーキンスは浮き袋の機能も楽しそうに説明している.ここでは,ドーキンスがボイルの法則を習った理科の先生の思い出とともに語り,浮沈子(Cartesian Diver)というおもちゃを例にとって説明している.なお「A fish is a Cartesian Diver with a suttle difference.」という文章を垂水雄二訳では「この浮沈子と似て非なるものが魚類だ」と訳してあるが,ドーキンスと説明のポイントは,両者に違いがある部分より原理的に同じであることにあり,「魚類は浮沈子そのものだ」というニュアンスの方が強い表現だと思われる.
*3:垂水雄二訳では「四足歩行から二足歩行への最初の移行は,外部環境に脅かされるよりもむしろ,「最初は」それによって生みだされたということさえありえる」と意味不明になっている. 'internally' を 'initially' と勘違いした誤訳かと思われる.