Nowak , Tarnita, E. O. Wilsonによる「The evolution of eusociality」 その13


Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson (2010). The evolution of eusociality. Nature 466: 1057-1062.


<Hamilton's rule almost never holds>
Supplementary Information,Part A "Natural selection versus kin selection"


論文の本文はここから新しい章に入る.章題は「ハミルトン則はまず成立しない」という激しく挑発的なものだ.ひきつづき本文はSupplementary Informationのわかりにくい要約に過ぎないのでSupplementary Informationの議論を追っていこう.


Nowakたちは最初にまずこう宣言している.

Below we use the same one dimensional spatial model to exemplify the fact that Hamilton’s rule in the classical form, bR > c, almost never holds. Some inclusive fitness theoreticians seem to agree with this point and now propose that instead WIF > 0 should be called Hamilton’s rule (West and Gardner 2010). This section is not directed at theoreticians who now embrace WIF > 0 as Hamilton’s rule. Instead it is directed at empiricists that still try to test classical Hamilton’s rule and at theoreticians who try to artifically reinterpret every result as classical Hamilton’s rule.


ここで攻撃予定であるのは包括適応度理論全般ではなく,(WIF>0の形の包括適応度理論はよしとして)まずbR > cの形で示されるハミルトン則,特にすべての結果をこの形のハミルトン則にこじつけて再解釈する一部の理論家だと言っている.(包括適応度理論全体への攻撃はこの後になされる)これは前回までの経緯から見てGrafenたちオックスフォード一派を指しているのだろう.そしてそれを示すために一次元円環モデルを使うとしている.


前回示したように「標準自然淘汰理論」では「弱い淘汰条件」「適応度効果が相加的」「集団構造が特別」な場合には包括適応度理論と同じ結論を得ることが出来,実際にこの一次元円環モデルのDBアプデートの場合では協力行動の進化条件に関して以下の同じ結果を得た.


\frac{b}{c}>2\frac{1-R_{i-2}}{R_{i-1}-R_{i-3}}


Nowakたちは,「これは『b × 何か > c』 という形をしていてハミルトン則に似ているが,この何かは血縁度ではなく血縁度にかかるややこしい関数なのだ」と指摘し,Nが大きいときにこれが2に近づくからと言って,これはこの「ややこしい関数値」に過ぎず,この円環モデルで血縁度が2/1だと考えることは間違いだという.

そしてこのようなモデルでもハミルトン則が成り立つと誤解すれば,隣の個体との血縁度を計算し(それはGrafenの計算によれば(N-5)/(N+1)になり,Nが大きいとほぼ1になる),協力行動は b/c>(N-5)/(N+1) のときに進化すると誤って結論づけてしまうだろうと続けている.


さらにNowakたちは勝ち誇ったように,「これらは円環モデルだけの問題ではない,そもそも条件が『b × 何か > c』となるのは,モデルが『弱い淘汰条件』で『適応度効果が相加的』であるために線形になるからに過ぎない.」と付け加えている.だから実際には「ハミルトン則はまず成立しない」のだと.


ここの部分のNowakたちの勝ち誇り振りには非常に違和感がある.彼等はGrafenが最初に明晰に指摘した点をまったく無視しているようにしか見えない.この『b × 何か > c』がハミルトン則でないのは「何か」のところがおかしいのではなく,b,c のところなのだ.ハミルトン則を適用しようと思うなら,そのベネフィットとコストには単にゲームのペイオフを使うのではなくそれが繁殖成功にどう効いているかを調べて適応度成分として使わなければならない.上記の式ではb, c は単にゲームのペイオフの数字だから,そのままハミルトン則を適用できると思うのは「お勉強不足」と評価すべきことだろう.Nowakたちの議論に何か考慮すべき点があるとしても,それは「お勉強不足の研究者にはわかりにくい理論だ」ということに過ぎないだろう.
適応度成分ではないコストやベネフィットを持ち出して b, c として使ってもハミルトン則が成り立たないのは当たり前だ.だからこの部分のNowakたちの議論はまったくずれてしまっている.怒りのあまりGrafenの論文をきちんと読めていないかのようだ.私の評価としてはGrafenの完勝だ.



そしてNowakたちは,包括適応度理論家自身が,「この理論をナイーブに使っていけない」と言っているのは,ハミルトン則がほとんど成り立たないのに気づいているからだろうとたたみかけている.


これはまさにNowakたちがここでしているような議論を「ナイーブ」と評価すべきなのだろう.「ハミルトン則が成り立たないのに気づいている」ためではなく,「勉強不足の研究者が多いことに気づいている」からだと言うべきではないだろうか.


Nowakたちは,この後さらにハミルトン則への攻撃を続けている.