日本進化学会2011 KYOTO 参加日誌 その5 


第二日 7月31日 (承前)


午後は本学会の最後のセッションになった.公開シンポジウム「進化する生物の世界」は一般向けで面白い内容もありそうだったが,貴重な行動生態系のワークショップ「脊椎動物における共同繁殖とその進化」の方に参加.


脊椎動物における共同繁殖とその進化:魚類と鳥類の比較からの展望


まずオーガナイザーの江口からイントロダクション.「脊椎動物」としているが,ここでは鳥類と魚類を選び,「自分自身の子でない個体の世話をする繁殖形態」について比較検討してみるという趣旨であることが紹介される.
大きく分けて血縁ヘルパー型と共同一妻多夫型に分かれるので,魚類・鳥類についてそれぞれの発表を聞いていくという形式で進められる.


魚類の血縁ヘルパー型の協同繁殖についての紹介 武山智博


まず魚類における協同繁殖はタンガニーカ湖のシクリッドでのみ知られていて,今日はそのうちNeolamprologus brichardiN. pulcherについての紹介である旨の説明がある.

両種とも転石帯で繁殖し,基本は成熟オスとメスのペアがなわばりを持ち,そのなわばり内にやや小さな数個体いて,自身は繁殖せずに稚魚の世話をするヘルパーになっている.血縁度を調べると繁殖メス・オスに対して体サイズに比例して血縁度が高く,繁殖メスの方により近縁である.これは繁殖オスが時に入れ替わること,稚魚の一部が分散することから説明される.
ヘルパーは卵,稚魚の世話のほかなわばり防衛も行い,体サイズに応じた分業も一部に見られる.

適応度的に考えるとどうなっているのか?

  • 繁殖ペアにとってはヘルプ自体はありがたいが,社会的なコストがかかる可能性がある
  • ヘルパーにとっては,なわばりの中にいることにより補食リスクを避けられるというメリットがありうる,また順位が上がってなわばりの継承というメリットもありうる,血縁なので包括適応度的なメリットもある.片方で成長率の減少などのコストがある.

何故手伝うかについて3つの要因に分けて考察

  1. 生態的要因:なわばり外の補食圧が高く,なわばりの余地がないときに家賃的な手伝いが生じやすくなるだろう.
  2. 社会的要因:なわばり内が順位制になっていて寿命が繁殖サイクルより長いと継承の可能性が出てくる.
  3. 進化的要因:直接的利益として補食圧が高いなら,ヘルプは家賃のようなものと考えることができる.包括適応度上は血縁認識ができるならより進化しやすいはずだ.

(なおこの要因のネーミングは誤解を招きやすいように思う.ここでいっている「生態的要因」は互恵的直接利益,「社会的要因」はなわばり継承の直接利益,「進化的要因」は包括適応度的利益で,いずれも進化的な説明だ)

実験してみると血縁認識はあるようだ.(血縁者と非血縁者に対して異なる行動をとる)しかし内容は微妙で,繁殖メスに対してより血縁の高いヘルパーの方が手伝うが,繁殖オスに対してはより血縁の低いヘルパーの方が手伝う.これはオスに対しては家賃的でメスに対しては血縁淘汰的な性格が出ていると解釈できる.
では罰はあるのか(互恵的な家賃だとするとこれは重要になる)? 実際にヘルパーを一定時間除去して戻す実験を行ってみると繁殖ペアからは攻撃を受けないが,ヘルパー仲間からは攻撃を受ける.


なかなか微妙な結果だ.何故ヘルパー仲間が繁殖ペアより罰を与えようとするのだろうか.ヘルパー行為が一定以下になると全員追い出される構造にあるので(連帯責任であればフリーライドの問題になる)より抜け駆けに対してセンシティブなのか?それともこの利他的罰自体が繁殖ペアとの関係で互恵的な内容になっているのだろうか?
謎は深まるばかりだが,全体的に考えると全ての要因は排他的ではないのだから,それぞれ効いている可能性が高いということなのだろう.


鳥類の血縁ヘルパー型の協同繁殖についての総説 江口和洋


鳥類にはヘルパー制が観察できる種が多い.生活史データがあるもので612種,推定では850種以上あるとみられる.というわけで研究の蓄積がある.
ここから研究史へ
初期の研究は血縁ヘルパー制について血縁淘汰的に説明しやすい理想像を設定していた.

  • ヘルパーは分散しなかった子
  • ヘルパーがいないと繁殖が成功しない


しかし例外が次々に見つかった.

  • 非血縁のヘルパー個体
  • 繁殖個体の移動
  • ヘルパー個体の移動
  • ヘルパーの誘拐
  • ヘルパーの集団移動


この状況をCockburnはヘルパー付きモノガミーと偶発的一妻多夫に大別し,さらに細かな分類を行っている.(ここではそれぞれの代表的な鳥の種をあげて詳しく説明がある)


適応度的にはどうなっているか

  1. まず血縁個体なら包括適応度的な間接利益がある.
  2. 直接利益としては以下のような様々なものが考えられる.
  • 将来の順位が上がった際の,配偶相手,ヘルパー,なわばりの受け継ぎ
  • 将来の配偶相手:メスのヒナを育ててそのままそのメスとペアになろうとするオスヘルパー
  • 将来の子育ての練習
  • 補食や採餌に関してなわばりにとまった方が有利になる
  • ヘルパー自身のスニーク的な繁殖


シロビタイハチクイのリサーチでは,血縁が高く包括適応度的利益も十分にあること,繁殖成功が上がり,繁殖メスの生存率が上昇し,卵サイズが小さくなる(小さな卵でも生存率が上がるので単数を増やせる)ことが示されている.
エナガでは血縁認識をすることが示されている.(音声で見分けるらしい)
このあたりは理想像的血縁ヘルパーに近い.


しかしマミジロヤブムシクイやルリオーストラリアムシクイでは非血縁個体をより助ける行動が見られる.
フロリダヤブカケスでは独立した方が有利なるというリサーチがある.
カササギフエガラスでは協同繁殖種でありながら群外交尾の方が多いというリサーチもある.
またアカオオハシモズでは繁殖成功が必ず高まるわけではないというリサーチもある.


全体的には直接利益の方がより重要ではないか,ヘルパー行動全般をヘルパー個体と優位個体の戦略的妥協として考察した方がよいのではないかというのがまとめだった.
基本的に先ほどと同じく排他的ではないので,後はそれぞれ生態的に決まるということだろう.しかしメスのヒナを育ててそのまま配偶相手にするというのは面白い.育てられたメス側の配偶者選択を無効にすることができる(オス側の操作が成功する)のは何故なのだろうというのも合わせて興味深いところだ.


魚類の共同的一妻多夫とメスの父性操作の役割 安房田智司


次は一妻多夫的な協同繁殖の例
あるなわばりにメス一匹とオスが二匹いてこのαオスとβオスの間には競争があるが,子育ては共同して行うというもの.鳥類ではニック・デイビスの有名なヨーロッパカヤクグリの例があるが,魚類ではタンガニイカ湖のカリノクロミスというシクリッド2属6種で見つかったという内容.
このうちオルナータスのシステムについて説明がある.

  • 基本はモノガミーだが,一部に一妻多夫が見られる.
  • βオスはαオスより有意に小さく(差は1.3倍)αオスやメスとの血縁関係はない.除去実験によりよそからの移入個体であることがわかっている.
  • βオスも繁殖に参加しており,稚魚のうち41%がβオスの子である.
  • αオス,βオスの間には精子競争があるようで,モノガミーのオスに比べて精巣が有意に大きくなる.
  • この協同繁殖になるかどうかは巣のサイトの空間形状が重要で,くさび状になっているとより狭いところにはβオスしか入れなくなり,αオスが防衛しきれない.これをメスが利用してちょうど父性が半々程度になるような場所に産卵するようだ.これはメスが両方のオスを操作して協同繁殖に誘導していると解釈できる.
  • 実際にくさび状の巣場所は貴重で,そのような場所はすぐメスによって占有される.

発表者はこのシステムについては祖先型は単独オスのハレム型で,メスがスニーカーオスの父性操作に成功して子育てを引き出して一妻多夫型になったのではないかと推測していた.

子育て投資を巡るダイナミクスが垣間見える面白い発表だった.


鳥類の共同的一妻多夫と多夫多妻:種間比較からの検討 中村雅彦


鳥類のこのような協同繁殖についてはニック・デイビスのヨーロッパカヤクグリの研究が有名だが,それと近縁のイワヒバリについて発表者自身の乗鞍の個体群のリサーチの結果から説明してくれた.またマダガスカルのハシナガオオハシモズについても簡単な説明があった.

<イワヒバリ>
<全体のシステム>

  • イワヒバリは4から11個体のグループで共有なわばりを作って繁殖する.(乗鞍全体で14グループ)
  • グループ内個体間に特別の血縁関係はない.
  • グループ内でオス,メスそれぞれの順位制がある.


<メス間競争>

  • オスから求愛はない
  • メスから赤いおしり(総排出口の周りの赤い模様)を見せて交尾を誘う.この赤い模様は単純に受精のために必要な時期より長く腫れている.
  • メスの交尾成功は高順位ほど高い.優位のメスは劣位のメスの交尾を妨害している.
  • 劣位メスは種内托卵も行うようだ
  • メスはグループなわばりの中にそれぞれ自分の小さな(他のメスに対して)排他的ななわばりを持つ
  • それぞれのメスのなわばりの中にどの程度の頻度でオスが訪問するかには差がある.(順位と負の相関)
  • メス同士では雄の交尾を巡って争う.


<オス間競争>

  • 貯精嚢が大きく激しい精子競争があることがわかる
  • 行動的には激しくメイトガードをしようとする
  • 父性は高順位ほど高く,交尾機会は中順位でもっとも多く,一回の交尾機会における交尾回数は低順位の方が多い.(高順位のオスはメイトガードが有効に働くので交尾機会自体は少なくなる)
  • 父性はα:β:γで55:23:23,45:19:18など


<ハシナガオオハシモズ>

  • メスから求愛
  • 求愛は産卵後もある
  • 父性の測定はまだなので一妻多夫型なのかヘルパー型なのかの確定はまだ.


ハシナガオオハシモズのシステムの解明はこれからということらしい.
イワヒバリのシステムは基本的に,生態的にグループなわばりが決まり,その後はメスの父性操作とオスのメイトガードの成功率に依存するコンフリクトドリブンなシステムであることがよく示唆されている.
これはデイビスのヨーロッパカヤクグリのリサーチや,その後のヨーロッパのアルプスでのイワヒバリのリサーチと整合的な結果であるようだ.


魚類と鳥類での協同繁殖の比較:共通点と相違点からの展望 幸田正典


以上の発表を踏まえての総説という位置づけ

もともと繁殖システムの進化については,実効性比を基本にする「繁殖歪比モデル」(Reproductive Skew Model)が有力だったが,最近では「メスの操作仮説」も唱えられている.これはオス間競争を利用してメスがオスの父性認識を操作することにより子育て投資を引き出すというものだ.

実際の鳥類と魚類のシステムを見てみると,血縁ヘルパーと共同的一妻多夫型に大きく分けられることがわかる.この共同的一妻多夫ではβオスの父性認識が子育て投資に効いている.

ここでデイビスのヨーロッパカヤクグリのリサーチを整理すると以下の通り.

  • ヨーロッパカヤクグリでは冬にメスの死亡率が高く,性比がオスに傾くという生態的な状況がある
  • 藪の中に棲んで視界が悪いのでαオスはβオスを排除しきれない
  • メスはその状況を利用してβオスとも交尾して子育て投資を引き出す
  • このようなβオスの投資が引き出せれば,メスにとって翌年までの死亡率が下がるという大きな利益がある


カリノクロミスを整理すると以下の通り.

  • くさび形なのでαオスはβオスを排除できない.
  • メスは産卵場所を変えることによって自由に父性を操作できる.
  • 実際には父性がほぼ半々になるように操作して両方の子育て投資を引き出す
  • αオスがβオスを排除できる箱形の巣場所では排除に成功して一夫一妻になる
  • 逆にメスにとってはくさび形の場所は貴重な資源なので場所を巡ってメス間競争が予想され,実際にくさび形の場所にいるメスの方が有意に大きい.


要するに優位オスが劣位オスを排除できない,そしてメスが父性操作できるということが共同型一妻多夫の成立条件のようだ.

メスの父性操作が重要だとすると,オスメスの性的二型性がこのシステムの成立にも関わるはずだ.そして実際に(おそらく生態的要因によって)メスの方が大きいワシタカ類では性的二型性と共同型一妻多夫の頻度が相関するようだ.


最後に以下の指摘をして発表を締めくくった.

  • コックバーンの分類を整理してみると,結局血縁ヘルパー型と,メスの父性操作型,混在型に大きくくくれるだろう.
  • このようなメイトガード,父性操作のアームレースという観点からみると,多重交尾,擬似産卵などの現象を説明できる.
  • そしてこれらはマキアベリ的な知性を有利にした可能性もある


マキアベリ的な知性の有利性というのは面白い.もっとも発表者は父性「認識」の操作を協調していたが,アームレースの途中では認識だけの操作も効果があるだろうが,平衡状態では実際に父性自体を操作しない限り効果はないようにも思われるところで難しい問題のような気もする.
性的二型性がシステムに効くだろうという指摘も興味深い.そうだとするなら,性転換可能であれば両形質の進化はどういう動態を示すことになるのだろうか.いろいろ面白い問題があるように思われる.


全体としてデイビスのカヤクグリの本を読んだときに感じた,コンフリクトドリブンな繁殖システムの性質がよく紹介されていて非常に興味深い発表だった.このワークショップは各発表者の話に有機的なつながりがあり,最後に総説でまとめるという構成が見事で,素晴らしいワークショップだった.事前の準備も大変だったと思われるが,暑い中京都に来てよかったと思わせてくれた.


ということで2011日本進化学会京都大会は終了である.
終了と同時に京大キャンパスはものすごい夕立に見舞われたが,しばらくすると雨脚も弱まり無事に脱出する事ができた.二日間と短い日程だったし,生態周りの発表が少なかったが,割と充実した発表が聴けてなかなかよい学会だった.来年は多摩ニュータウン,南大沢の首都大学東京(何度聞いてもなじめない大学名だ),再来年はつくばという予定だそうだ.




帰りの新幹線に乗る直前に京都駅ビル内の宇治の老舗プロデュースのカフェ「中村藤吉」で抹茶パフェ(「まるとパフェ」がメニュー上の名前)などいただいて京都滞在を締めくくった.


<完>