日本進化学会2011 KYOTO 参加日誌 その4 


第二日 7月31日


今日も京都は何となく蒸し暑い朝.午前中にセッションは生態周りのトピックが多そうなので口頭発表セッションに参加.面白かったものを中心に紹介しよう.


ミジンコにおける可塑的な防御形態形成の制御機構とその進化 三浦徹


ミジンコは捕食者の存在をカイロモンにより感じて防衛形態をとる.発表者はこれを可塑的な防御形態と呼んでいるが,一種の条件付き戦略にあたるだろう.発表はこの遺伝子発現や分子的な仕組みについてのものだったが,捕食者であるフサカに対して首の後に棘ができる形態が防御に役立つこと,その防御有効性がミジンコの大きさにも依存していること(だから齢が上がるとなくなる),別の捕食者には別の形態の棘が有効なことなどの補食防御のところが興味深かった.


マイコドリのペア求愛ダンスの進化:その理論的検討 大槻久


オナガセアオマイコドリはα,βの2羽のオスがペアになって求愛ダンスを踊り,このペアのダンスのパフォーマンスの優劣がメスに受け入れられるかどうかに大きく影響する.うまく踊れてメスに受け入れられるとαオスだけが交尾できる.この様子は最近NHKでも紹介されていて(番組では師匠と弟子という呼び方だった)何故直接利益のないβオスがダンスに協力するのか大変興味深く思っていた.この大会で数理生物学者の大槻の発表があるということで大変期待していた.


大槻のプレゼンはまずヴィデオでマイコドリのダンスを紹介,何故βオスが協力するのかという問題があることを説明する.次にマイコドリのオスの社会状況が解説される.
オスは非血縁の複数オスが同じレックを利用してかなり厳密で年功序列的な直線の順位がある.ダンスを踊るのは順位が上から2羽のオスに限られ,ダンスにおいては1年で3百万回のコール,1000時間のダンスが観察され,βオスにとってはエネルギーコストと補食リスクコストがかなり高いことが推測される.


これまでの仮説はいずれも否定された.
1.時にβオスも交尾できて直接利益があるのではないか→観察の結果ほとんどなし
2.血縁淘汰→レックを利用するオス間は非血縁個体
3.互恵:時にαとβは交替する→観察の結果交替しない.


最近唱えられているのが次の仮説
4.レックレピュテーション仮説:βオスはいずれαオスに上がれる期待を持っている.自分がβの時に一生懸命に踊っておけば,それがメスに記憶されて,αオスになったときの繁殖成功に効くのではないか


そこで数理モデルを立ててこのレックレピュテーション仮説を検討してみた.
αオスの時の投資量をx,βオスの時の投資量をyとし,野生型をx, y ,突然変異系をx', y' と表す.
メスの配偶者選択の関数f(x,y)とおく.


ここでまずメスが過去のレックの記憶を持たないとする.
この場合fはその期のx+yのみで決まる.すると突然変異型のオスの選択される度合いfはx'+yのみで決まることになり,ESSは当然ながら
(x*, y*)=(1, 0)となってβオスは協力しないことになる.


次にメスが1期前の過去の記憶を持ち,レック間のチョイスをするとしてモデルを立てる.
この場合にはfは前期のダンスのパフォーマンスも見るために突然変異系のオスの適応度について(x+y')と(x'+y)の両方が効いてくる.
ここでレック間を比較するアセスメントレートをパラメータにして様々な結果を見るとESSのy*は確かに0にはならずにある程度ダンスをするようになるが,どのようなアセスメントレートでもx*>y*という形になりβオスの時にはαオスになったときほど熱心に踊らない.


大槻はこれはレックレピュテーションだけでは観察されているβオスの熱心さを説明できないことを意味していると結論づけ,練習することによるαオス時のパフォーマンスの向上など別の要因があるのだろうとまとめていた.
なかなか面白い発表だった.これ以外の要因として思いつくのはβオスが熱心に踊らないとαオスから追い出されたり攻撃を受けて順位が下がる(つまり罰がある)という可能性だが,練習効果や罰の存在を実際に示すのは難しそうだ.



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これはマイコドリのオスのダンス動画


スジアイナメの半クローン生殖のモデル 大野ゆかり


カダヤシ,ヨーロッパトノサマガエル,ナナフシで見つかっているハイブリドジェネシスがアイナメでも見つかったという報告はここ2,3年聞いていたが,同じグループによるその詳細にかかる発表.Hybridogenesisについては同義のHemiclonal reproductionから「半クローン生殖」という日本語の用語が当てられている.
さて新しく発見されたアイナメの半クローン生殖では,スジアイナメがドナー種になってレシピアント種との雑種において全てメスになってスジアイナメのゲノムのみを伝えていく,レシピアント種はクジメとアイナメの2種があり,両方とも雑種のメス半クローン体にゲノムを利用されるだけという関係になる.
これまで発見されたカダヤシやヨーロッパトノサマガエルでは両親種が同じ地域にいないのでなかなか交配実験ができなかったのだが,アイナメについてこれが可能なので行ってみたという報告.
スジアイナメとクジメを実験的に交配させると確かに雑種ができるのだが,その雑種メスとクジメを交配させても半クローン生殖は行わない(クジメのゲノムが保持されてメンデル遺伝になる).これは半クローン生殖は雑種になれば必ず生じるのではなく何らかの遺伝子があって初めて生じることを示している.
次に半クローン生殖の進化シミュレーションの結果が紹介された.スジアイナメとクジメのオスの(どの種のメスを選ぶかという)選好性が問題になるのでスジアイナメオスから雑種,クジメオスからスジアイナメ,クジメオスから雑種の選好性をパラメータにして半クローン生殖遺伝子の頻度がどうなるかを見る.この選好性パラメータによって,スジアイナメが絶滅して全て半クローン生殖になったり,一定割合で平衡になることが示されていた.


オスから考えると半クローン生殖に精子を使うと少し不利になるはずだから,もし簡単にメスを識別できれば雑種や他種を全て拒否するはずだ.だから識別しようとすること自体のコストが大きくてその不利を補うときにのみ選好性がゼロ以外になるのだろう.だとすればこれは雑種や他種の頻度がパラメータになって決まるのだろう.そこまで入れ込むとなかなか厄介なことになるのでまず単純化したシミュレーションを行ってみたということだろう.今後の進展が楽しみだ.


スカシシリアゲモドキの形態的多型獲得における複雑な進化史 鈴木智也


スカシシリアゲモドキのメスの翅には複雑な模様があり,まず長翅型短翅型の2型がありさらに模様が多様になっている.これは同所的にも多型になっており,これを分子系統地理的に解析してみたもの.結果は形態が単系統を構成せず,平行進化の存在が示されたというもの.


山岳源流域にのみ生息する原始的昆虫類を対象とした分子系統地理学的分析 東城幸治


山岳の源流域にはカワゲラのような昆虫が分布しているが,分散能力は低く地理的に分断していることが予想されることから分子系統地理分析を行ってみたもの.予想通りかなり綺麗に分断している様子が描かれた.また一部紀伊・南アルプスに面白い分布が見られたが,それは日本列島の海進海退や山脈形成を考えれば説明できそうだという内容.


3つの核遺伝子のよる多足亜門の系統解析 宮澤秀幸


ムカデ,ヤスデ,コムカデ,エダヒゲムシの4綱からなる多足亜門の系統解析をして見たという発表.この亜門ではミトコンドリアの変化速度にバイアスがあることが知られているので核遺伝子を使ってみたというもの.
ムカデ,ヤスデの単系統性が確認され,ヤスデの系統については伝統的分類と一部異なる結果を得た.



午前中のセッションが終わって昼食.今日も百万遍に出て「京都錦柳の馬場 わらい」というお好み焼き屋さんで「わらい焼き」というお好み焼きを食する.やはり関西だけあって粉もんはうまい.


昼食後は京大博物館に.ここの展示はいつ見ても迫力だ.ちょうど企画展として「花の研究史:京都大学の植物標本」をやっていた.

(この項続く)