Inside Jokes 第7章  

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)


第7章 ユーモアをもてる心 


参照ジョー*1

  • 拳銃を突きつけた強盗「Your money or your life」

  ジャック・ベニー  「・・・・・」
  拳銃を突きつけた強盗「Your money or your life」
  ジャック・ベニー  「I'm thinking, I'm thinking.」




ここでハーレーたちは一転して脳がどのようなタスクをこなしているかから考察した彼等の仮説を順番に説明する.基本的には認知科学的な議論だ.私としてはこのあたりにはあまり知識もなくコメントすることはできないので議論の様子を概観してみよう.


A 速い思考:素早いウィットのベネフィットとコスト


脳は予測マシンであり,(生存.繁殖を効率よくこなすには)実時間で計算を処理しなければならない.この計算はきちんと行おうとすると組み合わせ爆発のリスクに常にさらされている.すると実時間で処理できない.そこで進化は.正確さをのコストを払って実時間に間に合うようにヒューリスティックスの探知システムを作り上げたと考えられる.これらは進化的なクリュージの集合体だ.そしてユーモアはそのひとつと考えられる.


B メンタルスペースの建設


組み合わせ爆発を避けて実時間で近似解を求めるために進化はオンデマンドのメンタルスペースを作ることにより対処した.これはワーキングメモリと呼ばれるものだ.
何か認知タスクができるたびにスペースが作られる.その中では一貫性が必要で,矛盾があると別のスペースに分かれる.スペースの組み合わせで創造性が生まれることもある.
関連するフレームが次々と活性化されて拡大していく.またフレームの確実性に応じてコミットが生じていく.


C アクティブ信念


参照ジョー

  • 「生きていて緑色で世界中にいて足が17本あるものは何か」「答え:植物.足については嘘だぴょーん」


信念とは世界の事実に関するコミットメントであり,いくつかの区別が可能


<ワーキングメモリ信念と長期メモリ信念>

  • ワーキングメモリ信念は最も重要なもので,メンタルスペースのコンテンツにかかるもの.問題の理解や解決の中で現れるもの.ここではアクティブ信念と呼ぶ.そしてユーモアには,弱い背景アクティブ信念が重要なのだ.
  • 長期メモリは,特定のワーキングメモリを想起する獲得された傾向.(長期メモリは文章的なものが何処かにストアされていて,RAMに読み込まれてワーキングメモリになるのではない.)


<驚き>

  • 驚くには,生じないと考えていたことが生じる必要がある.これはアクティブ信念が絡む.

<自動的なメンタルスペース創造はどこまで広がるのか>
これは環境にも依存するし個人差もある.広がりをコントロールするのは二つの力

  1. 摩擦.広がりは自然に止まる.
  2. 囲い込み.内容によって止まる.学習,調整可能なんらかの要因で排除する形.あるいはやめればいい理由を探しているというイメージ


あるパズルの前提条件を共有するには同じワーキングメモリの広がりを持たねばならない.これはユーモアでも重要になる.


D 認識的用心とコミットメント


もうひとつの信念の分類


<強いコミットのある信念と,そうでもないもの>

  • 強いコミットのある信念.これに基づいて大胆な行動が可能.
  • 多分そうだが違うかもしれないもの.(認識的用心)


このコミットの強さ弱さは,信念の短期長期とは別の次元でありそれぞれの組み合わせが可能だが,フィードバックループになって強め合うことがある.ワーキングメモリの信念が固定化して長期メモリの内容になり,さらにその内容のワーキングメモリを想起しやすくなる.


これをあとから是正するのは困難で,最も良いのは,いつも検証して速い段階でエラーを探知して取り除くこと.そしてこの淘汰圧により進化したのが認知感情だと考えられる.これがユーモアのオリジナルな機能だ.


E 矛盾と解決


参照ジョー

  • ポーランド国王が従者と伯爵とともにシカ狩りに出た.森の中で農奴が現れて手を振りながら大声で「俺はシカじゃない」と叫んだ.それを聞くなり国王は銃で狙いを定め,農奴の胸を撃ち抜いた.伯爵は驚いて王に聞いた.「どうして撃ったのですか,彼は『シカじゃない』と叫んでいたじゃないですか」王はこう答えた「なんてこった.あいつは『俺はシカだ』と叫んだんじゃないのか」


自己の認識の非一貫はアクティブ信念の要素間に矛盾があったときにのみ気づくことができる.(長期メモリーの要素同士の矛盾は睡眠状態のまま気づかれずに存続し続ける.矛盾要素の両方ともアクティブになって始めて気づくことができる.)その場合には認識コンフリクトが生じその結果は次の3通りのどれかになる.


1.解決しない.
混乱が生じ,二つの要素は「コンフリクト」のタグ付きでストアされ,疑惑ととともに二つセットで思い起こされる.

2.協調的な解決
創造的な洞察で矛盾を解決

3.非協調的な解決
片方が正しいとして残り,もう片方は棄却される.


コンフリクトを見つけるのは難しい.運に恵まれるか,ハードワークが必要になる.様々な要素をアクティブにして,焚きつけ,考える.また片方で要素の信頼度は「直接の知覚」「認知」「推論」という次元の順番になる.ユーモアはコンフリクトがこの順番と異なって解決されるときに特に強く生じる.


以上が本章におけるハーレーたちの議論な大まかな流れになる.要するに,実時間内での近似解推論システムによるバグの集積を防ぐには,脳をフルに使うバグ取り作業が必要になるのだが,それはユーモアという形で報酬になっているということだろう.私としては「なるほどそうなのか」という印象だが,この分野に詳しい人にはいろいろと突っ込みどころもあるのかもしれない.

*1:米国のコメディアン,ジャック・ベニーの十八番のネタだそうだ