「The Magic of Reality」

The Magic of Reality: How we know what's really true

The Magic of Reality: How we know what's really true


本書はリチャード・ドーキンスの11冊目の著書であり,これまでの本とちょっと違って子ども向け(ドーキンス自身は12歳ぐらいかそれ以上の子どもを念頭においていると述べている.日本風にいうと中学生以上向けというところだろう)の本となっている.私が入手したのは9月15日に英国で出版されたハードカバー.大判2段組272ページ,うち本文が254ページ,この全てのページがカラーで,デイヴ・マッキーンのイラストあるいは写真のなかに本文が埋め込まれる形式になっている.文章とイラストは面積的には半々ぐらいで子ども向けの絵本というイメージよりはかなりハードな本である.


内容的には,「科学の探索により得られた本当の知識,その探索の過程こそmagicという言葉がふさわしい*1驚異と喜びを与えてくれるものだ」という主張を,様々なトピックについての神話と科学的知識を並べて説明していくことにより示していくものとなっている.この主張は「虹の解体」におけるものと基本的に同じものといってよいだろう.


最初に科学的な知識がどのようにして得られるのかを説明する.それは五感で直接観察するもの,そして器具を使ってその感覚を広げて観察するもの,さらにモデルを作ってテストして得ていくものだとしている.そして神話によく見られる超自然マジックによる説明については,それが(真実の知識に比べ)想像力に乏しくみすぼらしいものであると同時に,そのような説明は未来永劫理解を放棄することになると指摘している.このあたりは最近の新無神論の主張とも絡むところだろう.


個別のトピックとしては,ヒトの起源,生物の多様性,物質とは何か,昼夜と季節,太陽,虹,世界の始まり,地球外生命はいるのか,地震,何故悪いことが起こるのか,奇跡とは何か,が取り上げられている.


最初の2つは進化生物学にかかるもので,ドーキンスの説明ぶりが注目されるところだ.ヒトの起源については進化が漸進的に進む事を強調し(つまり最初のヒトなるものはいない),一代前の写真を積み重ねていくという思考実験を用意したうえで,DNAに見られる証拠を提示するという順序になっている.多様性については言語が枝分かれしていく様子を説明した上で,地理的障壁により種分化していくことを説明している.ここでは障壁成立後の浮動により交配ができなくなっていくことをまず明確にした上で,それぞれの環境に対する適応が生じることを説明する順序となっている.なお生物多様性についてはそもそもそれを説明する神話が見当たらない(神話を作った人々には真の生物多様性について理解がなかったのだろう)と指摘があり面白い.


物質から世界の始まりまで,そして地震*2については,物理学・天文学・地学の話題となる.ドーキンス量子論やビッグバンについては自分にも理解できないところがあると断りながら基礎を説明している.また虹については「虹の解体」でも取り上げていたところで特に力が入った説明ぶりになっている.これらについての神話は多様なものがたくさん紹介されていて読んでいて面白い.ドーキンスはところどころで,昼夜の起源については何かが一回起こったからという説明が多いが何故繰り返すのかという説明がないことや,世界の起源神話にはそもそも最初から神がいたことを説明していないことなどを皮肉っぽく指摘している.


地球外生命については,やはり昔の人々の想像外(自分たちの世界の外側に広大な宇宙があるとは想像できなかった)なので神話がないとしているが,ここではアメリカ人に多く見られる「宇宙人による誘拐・手術を受けた」という主張について説明していて面白い.これは様々な超自然的な説明がどう始まったのかを示すいいケーススタディだということなのだろう.既にある知識(スタートレックなどのSFフィクション,テレビなどの「宇宙人による誘拐」レポート)と金縛り経験と記憶の変容からこの現象を説明している.科学的説明については,何もわかっていないとまず認めつつ,どのような可能性があるのか(宇宙にある惑星の数から電波コミュニケーションやレーダー利用可能性まで)を楽しそうに論じている.


最後の2章はちょっと変わっていて,ヒトが何故合理的ではないことを信じてしまうのかを扱ったものになっている.悪いことが(善人に)生じることはアンフェアで説明が必要と感じるのは広く見られる現象だ.ドーキンスは真に説明が必要なのは,悪いことが期待確率より高く生じることがわかった場合だけだとまず主張し,マーフィーの法則の背景(悪いことが生じたときに注目しやすい)や確率の誤解などを説明する.しかしその後,生物の捕食者と被食者,寄生体と宿主,同種間競争などの軍拡競争を考えると,世界は悪意に満ちていると考えることはあながちおかしいことではないと指摘している.
奇跡を信じることについては,コイン*3がそれまでの出目や人々の希望を斟酌するはずがないことを指摘し,ファインマンの冷静さ*4にふれた後,ヒュームの考え方を紹介している.それは奇跡が実際に生じた確率と,それが生じたという主張が何らかの誤解や嘘である確率を比べてみようというもので,さらに実際の例*5をあげて解説している.そして最後に,今日の奇跡は明日の技術であること,わからないことを解明していく喜びを強調して本書を終えている.


本書はあくまでも子ども向けの本ということで,内容が特に興味深いものであったり,凝っていたりするわけではない.原書のままとしては私のような特にドーキンスに思い入れのある読者がところどころにやりとしながら読む本ということになるだろう*6.しかし楽しいイラスト満載で簡潔で端正な科学の解説書にもなっている本書が訳されればとてもよい中学生向きの本として推薦できると思う.



明日(2011/10/4)発売の米国版

The Magic of Reality: How We Know What's Really True

The Magic of Reality: How We Know What's Really True




Magic of Reality app

http://itunes.apple.com/gb/app/the-magic-of-reality/id461771375?mt=8


これは本書に関するiPad用のアプリである.すでにiTunes.jpでもアップされていて1200円で入手できる.内容は本文が全て収録されている上にところどころにわかりやすい動画解説や,インタラクティブな仕掛けが仕込まれていて,最初と最後にはドーキンス出演のヴィデオもある.またイラストも一部切り絵のように動くようになっていて書籍よりはるかにわかりやすい.非常に素晴らしい書籍の発展系としてのアプリだと評価できる.(ただし残念ながらアンダーラインやアノテーションはできない)
現在amazon.jpの洋書価格が英国版が2300円程度,米国版(10月4日発売予定)が1800円程度,単純な電子書籍がiBookstoreで$14.99で(Kindleでは発売未定)あることを考えると価格的にもお買得だろう.私はハードカバーをほぼ読み終えたところで入手し,あまりの楽しさにもう一度最初から全部読んでしまった.


 

*1:英語のmagicには3義あって,超自然マジック(いわゆる魔法),ステージマジック(奇術),詩的マジック(美しい詩や素晴らしい光景に対する形容としてのマジック)なのだが,本書における現実のマジックとはこの3番目の意味だと説明がある.

*2:東日本大震災については最初の原稿を書き上げて見直ししている最中に生じたとして言及がある

*3:ここはクリケットのゲーム前の先攻後攻を決めるコイントスの例が延々と引かれている

*4:エッセイで触れられているエピソードで,高校時代からのガールフレンドで最愛の妻を若くして亡くしたときに,枕元の時計がまさに彼女が死んだ時間を指してとまっていたが,よく考えてみると合理的に説明できると思い至ったというもの

*5:写真時代の初期に妖精を撮ったと主張された写真,1917年のファティーマの奇跡

*6:英語自体は平易であり,原書のままでも高校生あたりがチャレンジしてもいい本のように思う.