第8回日本人間行動進化学会参加日誌 大会初日 その3 


午後の第二セッションは2つ目の基調講演

基調講演2 狩猟採集民と人類の社会進化―世界のフィールドワークから― 池谷和信


総研大に所属し,かつ国立民族学博物館にも所属するという人類学者からのフィールド感あふれた熱烈講演.直前の永澤の発表で流れた人なつこいイヌたちと自分が見てきた狩猟採集民のイヌとは全然違いますというつかみのコメントからはじまる.そして狩猟採集民についてはアーヴィン・デヴォアとリチャード・リー編の「Man the Hunter」(1968)が最もよい総説だとの紹介がある.


そこから自分の背景の説明.生態や歴史に興味があり,一時期行動生態学にも手をつけたが挫折.現在梅棹忠夫の流れを持つ国立民族学博物館に属して,狩猟採集集団の移動,分配,動物との関わり,芸術を,生態人類学の視点からリサーチしている.
リサーチの経歴としては,最初に日本の東北のマタギを対象にした.そこで山菜採りの徒弟制とナワバリを調べ,その後アフリカのカラハリ,シベリアのチェチェク,さらに地球規模での環境史も扱っている.(このあたりではこれまでの訪れた東北の森やベーリング海やアマゾンの写真スライドが次々に紹介される.)

ここで人類学における狩猟採集民のとらえ方についての学説史的な解説.生態人類学は生態,社会だけでなく進化の視点も取り入れた.そして現在見られるサンやハッツァなどの様子を人類の初期的姿として捉えた(伝統主義).しかしこれには過去と現在は容易に結びつけられないと修正主義からの批判がなされた.この論争は政治,経済,の観点も含んで繰り広げられたが,最近では両者を統合するような議論も生まれている.その中には長期的な時間,地球環境全体の中で位置づけようという試みもある.
具体的には狩猟採集民会議で議論され,過去の類推の批判は受け入れ,しかしそれでも進化の観点は必要だとされた.そして私はそれを踏まえ現在の狩猟採集民の姿をまず捉え,それぞれの環境を見て過去の復元を試みる方向を目指している.


ここから狩猟採集民についての解説.

  • マーローの総説によると現在世界に478集団.
  • 食物は狩猟採集のほか漁労が重要.この3つの重要性は緯度によって異なることが知られている.(高緯度では採集の重要性が減少し,狩猟が非常に重要になる)


ここからはこれまでのリサーチの解説


<移動とテリトリー>

  • テリトリーとコンフリクト:地域環境,密度,要求リソース,移動パターンなどによって様々.これまでアメリンディアンやアイヌのテリトリーを調べてきた.20年前に念頭にあったのは歴史だったが,今は進化を考えている.
  • まずサピエンスの全地球への拡散がある.移動の年代の証拠は洞窟壁画,岩絵など様々あるが,海岸沿いのデータは少ない(ここではラスコーやアルタミラやオーストラリアなどの様々な壁画がスライドで紹介される)
  • また定住,直線的な移動,季節ごとの循環など移動パターンも様々.そして移動距離の規模を変えると異なるパターンが重なるものもある.
  • すると移動史をどうモデリングして民族誌に当てはめるかが課題となる.マーローはハッツァ集団でこれをリサーチした,日本人研究者も様々に取り組んでいる.ハッツァでは大体25人の集団が基礎にあり,定住,循環的な移動,さらに一地域から別の地域への移動など様々なパターンを取りながら動いていることが明らかになりつつある.
  • 今後この動態を時系列の中でモデル化したい.将来的にはネアンデルタールとの接触も取り込みたい.


<分配>

  • 分配はすべての狩猟採集民に共通してみられる(そして農業以降の社会にもある),しかしこの分野のリサーチはなお不足している.
  • 伝統主義は自給自足の狩猟採集社会で平等主義から肉などの分配が生じるという見方をする.これに対して修正主義は商品的,不平等分配に注目する.
  • ここで私はアフリカにおける野生スイカの分配を紹介したい.野生スイカは1〜2ヶ月貯蔵可能で乾燥地域では水資源として貴重な物になる.とはいっても真剣に集めれば1戸で数千個を貯蔵することが可能で実際に収集されている.これをそれぞれの家族が集落の周りに置き,皆が割と自由にとっていくということが見られる.またヤギ用のスイカもある.ヤギ肉は乾燥させて商品化しているが,その贈与もある.またスイカの種子を贈与するということも見られる.総じて,家畜頭数や畑面積には不平等が見られるが,スイカは平等だ.これらは伝統主義的な見方とは合わない.(ここでは大量の貯蔵スイカのスライドのインパクトが印象的)


<ヒトと動物>

  • アマゾンの狩猟採集民では野生動物を連れ帰ってペット(愛玩動物)として飼育するという行動が見られる.これはアフリカではほとんど観察されない.
  • 例えばウーリーモンキーの子供を乳を与えてまで育て,どこでも連れて行き可愛がる.ただし最後は食べてしまう.野生動物でもないし,家畜とも言い難い.
  • アイヌの子グマの神格化と少し似ている部分もある.


<芸術>
(冒頭でハッツァの貝のビーズの首飾りとブルガリのネックレスの比較スライド)

  • ものをつなげて装飾品を作るのはかなり普遍的に見られる.
  • つなげる,広げる,縫い合わせる,はりつけるなどのバリエーションとその組み合わせでいろいろ説明できるのではと考えている.


特に明確なストーリーはないが,熱烈な口調で様々な側面をひたすら紹介してくれた.何よりも何千個のスイカの絵に圧倒された.


(12/28追記) スイカについてはこのような本を出されているようだ.



ここからはポスター発表と懇親会.

ポスター発表


ポスター発表はいつも通り印象に残ったものをいくつか紹介しよう.(P1の「なぜ5人の兄弟より一人の他人を選ぶのか」,P26の“Maximization of “Happiness” (= biological fitness and self-enhancement): a mathematical model of fertility decline in humans”も大変興味深かったが,プログラムの要旨には「ツイッター等での言及禁止希望マーク」があるのでここでの言及は控えることとする)


「向社会行動は今ここ型意志決定をどう越えるか」 上島淳史

(午前中の斎藤の口頭発表に追加して)
アフリカとシリアの選択時に(文字字やその他の情報より)写真を有意に見る人はより「自分の選択の方が募金が少なかったという局所的な情報」に選択を左右される.
なかなか面白い知見.直感的に情動的に物事を決める人は写真を見てどっちがかわいそうかを決めるし,募金の少ない方をよりかわいそうだと思うということだろうか.


「Dark Triad は自身のことをどう思っているか?:Dark Triad 傾向と印象の自己評定との関連」喜入暁

マキアベリアン,サイコパス,ナルシシズムの傾向を持つ人が自分の評価についてどういう傾向があるかを調べたもの.
ナルシシズムの自己高評価を統制して分析すると,マキアベリアン的な系統を持つ人の自己評価は育ちの良さ的な印象(vs 親しみやすさ,活動性,セクシーさ)について有意に高い.なぜそうなのかはよくわからないという感じ.
なお予備的に調べると他者からの評価とは逆相関らしい.残念というところか.


“Is there really no such thing as moral outrage?” 小西直喜

調べてみたところ,自分の集団が従っているルール違反についてはあるようだというもの.
個人的経験からいってもあることは疑い得ないが,発動条件を調べてみたところが面白い.


「協力行動の年齢効果の検討」 松本良恵

経済ゲームにおける協力傾向は年齢が上がるにつれて上昇する.(40歳ぐらいまで)これはその中でもIQが高い人たちがそうなる.そして性別,婚姻,子供,収入などに依存しない.
アンケート調査によると年齢とともに,他人を出し抜くような戦略を採ると社会的に成功しやすいという信念が減少する.またそのような人とつきあいを避けたいという傾向が高くなる.だから(高齢者が高齢者同士で相互作用するなら)高齢になるほど相手に避けられて,出し抜き戦略はうまくいかなくなると思うようになるのでは(つまり学習による戦略変更)のではないかと考察されていた.

なかなか面白い,直感的には配偶に絡む生活史戦略が現れているような気もするところだ.なおIQが高い方がそうなるのは,実験で行うゲームの構造をより数理的に把握するからかもしれないという気がする.


「『イイコト』は協力行動を促進するか?:ウィンドフォールゲームによる実験的アプローチ」 後藤晶

繰り返し公共財ゲームの途中で突然持ち金を減らされたり,増やされたりすればどうなるかを調べたもの.予想に反して減らされた場合はより協力的に,増えた場合にはより非協力的になることがわかった.

一瞬戸惑うが,参加者がこのゲームをギャンブルのようにとらえているなら(どのみちある1ターンの参加者の意思決定は左右できないのだから,彼らが協力するかどうかはいわば丁半ばくちのように感じられるかもしれない),手持ちが減ればよりギャンブル的に,増えれば保守的になるとすればうまく解釈できるような気がする.



懇親会は本学会恒例の美味しい食事とワインが供された楽しい雰囲気のものだった.そして葉山の夜は更けていく.