第8回日本人間行動進化学会参加日誌 大会二日目  


大会二日目


湘南国際村に泊まり,朝の散歩をしていると見事な朝焼けの富士に遭遇した.なかなか美しい


二日目は口頭セッションが三つあるというプログラム構成だ.

口頭セッション 2


「回帰的操作能力の進化と表現生成への転用」 外谷弦太

言語の文法の特徴はその構造の回帰性,階層性にあるとよく指摘される.しかし文章は1次元で並べられるのでその階層性を一義的に決定できないし,回帰的な組み合わせの記憶コストもかかる.
またこの回帰性はコミュニケーションの道具であるだけでなく,さらに思考の道具でもあるが,これには物体の操作にかかる回帰性を扱う認知能力が前適応としてあるという指摘もある.また幼児の発達過程を見ると,言語でも物体の操作でもまず非回帰的な操作を行うようになり,その後に回帰的な操作ができるようになる.
昨年はこのような回帰的な物体操作が,多様な道具を製作するときに利点になることを示した.これを受けて今回はコミュニケーション上の利点についてシミュレーションしてみた.
環境から発信者に入力が入り,それを記憶にとめるかどうかを決定し,さらに受信者に信号を送る.受信者はその信号に応じて行動する.そして入力と信号さらに信号と受信者の行動のマッチがあると適応度が上がるとして進化シミュレーションを組む.すると思考が記述的な内容,つまり複雑な内容である場合にのみ階層性のある記憶と信号が進化した.

これは物体操作において階層性の認知がないとうまく扱えないという考えと整合的だと考えられるとまとめ,今後はこの生態的な意味などを考察していきたいということだった.

これは信号が正確に伝わると適応度が上がるという前提条件だからある程度自然な結論だろう.なお信号が相手の操作にかかるものであるときも同じようになるだろうか.少し興味深い.


「合議は集合知を生むか - Choice と Estimation の違いが集団意思決定の精度に及ぼす影響-」 金恵璘

ヒトが直面する認知課題には何かを選択するもの(選択課題)と何らかの状態を推測するもの(推定課題)に分かれる.では合意が求められる集団意思決定においてこの2種類の課題によって集合知に違いがあるだろうか.単純に考えると,選択を集団で行う場合には多数決になるし,推定課題ではここの推測値を平均できるという違いがありそうだ.そして平均はランダムなノイズが相殺されるのでより精度が高くなると予想される.
そこで瓶の中のビー玉の数を推測するという課題を,どちらの瓶の方が多いか(二つの選択肢の中から選ぶという形)とそれぞれ何個入っているか(推測値を出すという形)という2つの形式にし,それぞれ5人グループ14組に与えるという形で実験してみた.
その結果予測通り推定課題にした方が(結局どちらが多いかという課題に対する)成績はよかった.しかし機械的平均を出さずに,その後話し合って決めてもらうとこの差は無くなった.
これはデイビスが提唱している加重平均モデルの挙動に近い(他メンバーとどのぐらい一致しているかによって重みが変わる)と考えられ,そのために多数決に近い推定になり成績が下がっているのだと思われる.

なかなか面白い議論だった.しかし実際の局面ではなかなか機械的平均の方がよいのだということは納得してもらえそうにないところだ.


「互恵性に基づく集団形成における多段階評価の効果」 宮野修平

評判スコアに基づく間接互恵性シミュレーションを行うと,時に全体が2つの内集団に分裂し,それぞれ内集団からはGood,外集団からはBadと評価されるようになり,その内集団のみで協力が生じるような結果が生まれることがある.しかし3集団以上の分裂する結果はまず得られない.そこで,どのような条件にすれば3集団以上に分裂するのかを調べてみた.
評価スコアをGoodとBadの2段階からGood,Neutral,Badの3段階にして,評判形成ルールをいろいろ調べると3集団以上の分裂する結果を得る条件がある程度わかってきたというもの.

これは聴衆を刺激して大御所たちの盛んな議論を呼んでいた.最後に山岸御大が,そもそも『どうやったら分裂させられるか』ではなくて『どうやったら分裂を回避できるか』を考えるのが社会学であるべきではと言い出してなかなか面白かった.


口頭セッション 3

“Commitment signals in the context of friendship and romantic relationships” Adam Smith

まず,フランク,ネッシー,シェリングのコミットメント問題に関する考察を簡単に紹介.そしてコミットメント問題には以下の2つの側面があることを整理する.

  1. どのようにコミットするか
  2. コミットをどうシグナルするか

フランクは1番目の問題に対して感情の存在をあげた.これは実際にヒューマンユニバーサルであり,1つの方法であり得る.
2番目は正直なシグナリングの問題になる.ザハヴィはハンディキャップ理論を提唱し,グラフェンが数理的にモデル化した.

ここでは恋愛と友情のコミットメントシグナルについて,ハンディキャップ理論から有効性が予測されるコストのかかる信号が実際に有効かどうかを調べてみた.ここで友人は多数持つことができ代替可能性が高いのに対して,恋人は少数で大体が難しいという違いがある.これは信号の有効性にどう影響するだろうか
仮説1:コストのかかる信号の方がより有効
仮説2:信号を与えるのに失敗するときにはよりコストのかかる信号の方がより逆の効果を持つ

実験1:日本の大学生を対象

  • 仮説1に関してそれぞれ異なるシグナルエピソードのシナリオを読んでもらい,その後うまくいくかどうかを評価してもらう.結果は友人,恋人ともにコストのかかる信号の方が有効性が高いという評価になった.
  • 仮説2に関してそれぞれ信号失敗(例:プレゼントを渡し損なう,誕生日を忘れるなど)のエピソードシナリオを読んでもらい,その後の関係へのダメージを評価してもらう.結果は仮説を支持した.また恋人の方が友人よりダメージが大きいという結果になった

実験2:アメリカの大学生を対象

  • 仮説1に関しては実験1とほぼ同じ結果
  • 仮説2に関してはダメージの評価はどのシナリオも同じで仮説を評価しなかった.

また結果のうちユニバーサルに見られる特徴として,女性は記念日を忘れることのダメージ評価が男性に比べて高いということがある.

予備的調査のような感じだが,なかなか文化差も含めて興味深い.記念日を忘れることについての評価の性差も面白い.日常的な経験から予想される通りだが,では何故ここに性差ががあるのだろうか?
質疑応答も「本気でないのにコストをかけてシグナルを出すのはどうか」「お世辞はコストが小さいが,そしてお世辞だとわかっていても効果がありそうだが,それは何故か」などをめぐって盛り上がっていた.コミットメントとシグナルの問題は理論的に大変面白い部分だが,ネッシーの総説以来あまり議論されていない.それもなぜなのだろうか.


これはネッシー編による総説本.なかなか衝撃的な本だ.


「霊長類の発情サインとオス間闘争の共進化モデル」 中橋渉

発情サインと排卵隠蔽の進化に関するESS数理モデルの説明.非常に面白かった.残念ながらツイッター等での言及禁止希望サインがあるのでここでの言及は控える.


「野生ニホンザル集団における協力行動実験:集団間の寛容性の違いが協力行動に及ぼす影響」 貝ヶ石優

動物の相利状況での協力行動実験(2匹が同時に紐を引くとエサが出るなどが典型的)はチンパンジー,ゾウ,カラスなどで成功しているが,チンパンジー以外の霊長類で優位個体が出てくるとエサを独占できるような場合にはうまくいかない.そういうわけで近年食物についての寛容性の強さが注目されるようになった.
ここでニホンザルの群れは通常順位制が強く寛容性がないことが知られているが,実はこの寛容性には地域差がある.そこで寛容性の低い(通常の)勝山の群れと,寛容性が非常に高いことで知られる淡路島の群れで協力行動実験を行ってみた.結果は淡路島では59%で成功,勝山ではほとんど成功しなかった(1%)というもの.

なかなか面白い発表だった.特に淡路島のニホンザルの寛容性はニホンザルを研究したことのある学者にとっては衝撃的だったようだ.とはいえ,これは「相利協力行動に寛容性が必要」という話ではなく,「寛容性のない場合には相利状況自体を実験的に設定しにくい」という話なのではないかという印象が残った.




口頭セッション 4


「社会的交換と社会的ジレンマの連結に基づく選別的利他行動の進化条件」 稲葉美里

選別的利他性とは,誰に対しても利他的に振る舞うのではなく,利他的と判断した人に対してのみ利他的に振る舞うことをいう.これは2人ゲームが繰り返される状況で利他性の進化を促すことができる.しかし複数人が同時にプレイする社会的ジレンマ状況(SD)では特定の相手とのみ協力することができないのでこれによる協力達成は不可能になる.(集団の中に誰か裏切り者がいるからといっても自分が裏切ると集団全体への裏切りになってしまう)
このような結論を生みだしたこれまでのリサーチではSDしかない世界だった.しかし実際の社会では片方でSD状況があり,片方で1:1の囚人ジレンマ状況(PD)があり,さらに片方で評判に基づく間接互恵性があることが多いだろう.そして個人の識別がゲームの境界を越えてできるなら,これらのゲームはリンクすることができる.するとSDで非協力だった人を覚えておいて,その人とPDでゲームするときに裏切りを行う,間接互恵状況での評判スコアを下げるという戦略が可能になる.

これらのリンクの先行研究では,(1)実験では,リンクが生じるとSD場面での協力率が上昇する,(2)理論面では間接互恵性とSDのリンクにおいて協力を含む戦略が適応的になる,ということが主張されている.
しかし直接互恵状況とのリンクは調べられていないのでそれが適応的になる条件をシミュレーションで調べてみた.

シミュレーション.
(1)100人でまずSD,次にPD(直接互恵性)を同じペアで繰り返し20回行って,淘汰変異をして繰り返す.
(2)上記と同じでPDの代わりにギビングゲーム(間接互恵性)を行う.
戦略としてはまず連結させる戦略と非連結の戦略があり,さらにそれぞれ協力的な戦略と非協力的な戦略がある.評判スコア戦略はスタンディングを使う

結果
(2)の間接互恵性とのリンクでは,先行研究と同じく協力戦略が適応的になった.しかし(1)の直接互恵性との連結だけでは協力戦略はESSにはならなかった.(非協力戦略に対して協力戦略が侵入できない,逆に協力戦略に対しては非協力戦略が侵入できる)
これはPDのゲームの手の選択の際の協力非協力と,全体としての協力戦略と非協力戦略が必ずしも結びついていないから(協力戦略も時に報復として非協力の手を使う)判断にエラーが生じてしまうためではないかと考察され,結論としてはリンク時には評判を使うのが重要だとまとめていた.

なかなか面白いところだ.


「集団間葛藤状況下における多数派同調が内集団協力に与える影響の実験的検討」 横田晋大

集団間葛藤のある社会的ジレンマ状況で,自集団の他メンバーの行動をモニターできることが協力戦略の進化にどう影響を与えるかという問題について.大変面白い発表だったがツイッター等での言及禁止希望サインがあるので,公表されているプログラム要旨の範囲内で紹介したい.
集団間葛藤がある社会的ジレンマで他者をモニターすることが協力水準を上げる効果があるかという問題で,シミュレーションするとモニター可条件で協力率が上がるとされた,実験室で追試してみると,確かにそういう傾向が見いだされたが,性差も発見され,男性の場合には試行を重ねるとモニター不可条件より協力率が下がってしまうという結果が得られたというもの

いろいろコメントされていたが,なお解釈はこれからのようだ.性差の存在は特に興味深い.男性の場合最初は他のグループに負けたくないということが,だんだん自グループメンバーの裏切りに我慢がならなくなるということだろうか.


“A Call for Collaboration to Reproduce Significant Findings in Evolutionary Psychology” 平石界

少し前に心理学業界で話題になっていた,「心理学研究に再現可能性はどれほどあるのか」に対する『何とかしなければ,みんなで一緒に追試しよう』という呼びかけ.

2ヶ月前のサイエンスに社会心理学実験の公表された実験結果の再現率は36%しかないという衝撃の記事が掲載された.確かに教科書にあるような事例でも『あの話は本当なのだろうか』と思うこともあるが,しかしやってみたら36%というのは衝撃的だ.
では進化心理学ではどうなのだろうか.シャンクスによる再現の試みが発表されている.シャンクスはロマンティックプライミングにかかる様々な実験を追試してみたが,再現率は低かった.そのデータを統計的によく見ると,明らかにパブリケーションバイアスがあることを示唆している.
メタアナリシスでこの問題を克服できるだろうか.実はそれだけでは原理的に難しい.このパブリケーションバイアスを避けるには,論文掲載に関して事前登録制をとることが望ましい.まずリサーチャーがある実験計画を示し,雑誌側が必ず結果を発表することにコミットするという仕組みだ.
またこれとは異なるバイアスもあり得る.発表しないというネガティブバイアス,分析を複雑にしてp値をハッキングするなど.
そして最終的には事前登録に加えてサンプルサイズの大きさが重要になる.これは大変だが,みんなで一緒にやってクリアしていく価値があると考える.

ここからは皆で追試をしようという呼びかけだった.ネット経由でアンケートを広げて,興味が一致するトピックからやってみてはどうかというもの.
大変有意義な取り組みのように思う.広がることを祈念いたしたい.


以上で本年のHBESJの発表は終了だ.続く総会で来年は金沢ということが発表された.大変楽しみである.



<完>