「琉球列島のススメ」

琉球列島のススメ (フィールドの生物学)

琉球列島のススメ (フィールドの生物学)


本書は東海大学出版部によるフィールドの生物学シリーズの一冊.著者は沖縄で生物にどっぷりはまって博士号取得後アカデミアより少し外側で活躍する佐藤寛之.これまでのこのシリーズの既刊本は新進気鋭の若手研究者による研究物語が多かったのだが,本書はやや趣が異なっている.謎解きの面白さはやや後退しているが,そのかわり体当たりの生物探訪記が大迫力で楽しめる.


東京で生まれ育ちカメが大好きだった著者は,カメに浸りきるために琉球大学に入学する*1.そしてその生物地理区を越えた本州と全く異なる生物相のとりこになるのだ.

最初は漁港を回って市場に揚げられた魚たちとの邂逅物語.これがいきなり体当たりの経験談で面白い.市場をほっつき歩き,漁師さんたちと仲良くなって漁に連れて行ってもらって手伝い,標本を作りまくり,食べまくる.ひたすらまずい魚の食レポやサメの歯でナイフを作り見入っているうちに思わず自分の指に落としてしまう話*2などは傑作だ.

そこから沖縄本島陸棲の夜行性動物の数々との出会いに話は進む.カエルの産卵場所探索,夜中に瞳孔の開いた「可愛い」カエルの写真を撮るためのこだわり,陸棲のカニの種間の繁殖戦略の違い,ウミガメの産卵観察とその孵化直後の子ガメを狙うアカマタ(ヘビの一種)の生態,ケナガネズミ,オキナワトゲネズミなどの希少種の探索などいずれも楽しい.続いて離島の生物に話題は移り,生物地理も絡めて独自の生物の様子が語られている.

ここまできてようやく著者の研究歴の話だ.琉球大学でのいろいろの紆余曲折の末,ついに指導教官に巡り会いスッポンのリサーチを進めることができるようになる.そして琉球列島の様々な地域のスッポンを苦労の末に捕獲して遺伝解析を行う.するとこれまでの生物地理の境界と異なるところで二つの系統に分かれているという結果が得られる.大発見の予感もあったが,よく調べてみると,スッポンは琉球列島にとって外来種であり,沖縄県では台湾から,奄美では鹿児島から導入されたためということがわかる.食料として導入され,それが逃げ出して定着したものらしい.ちょっと残念ということだが,著者のリサーチとしてはいったん完結し,このリサーチ論文により博士号を取得する.

博士号取得の後,著者は研究者を目指さず,環境教育の世界に進む.専門的研究者の道の狭さもさることながら,琉球列島を離れてしまうことへ気が進まないこと,また日頃から一般の住民の生物相への無関心も気になっていたことなどが相互作用したようで,そのときの思いや経緯が詳しく書かれている.これも一つの人生模様ということだろう.そしてフリースクールでの教師経験,役所の嘱託職員としての泡瀬干潟に関する環境教育の経験,様々な教材やプログラムの実践結果などが生き生きと書かれている.


本書はまず生物との出会い物語が描かれ,少し謎解きがあり,最後に環境教育の現場物語が付随するという面白い構成になっている.そして何より前半の沖縄の生物の叙述がすばらしい.読者は本州と全く違う生物相に取り込まれていく著者の興奮を追体験しながら数々の生物の生き生きとした生態を読むことができる.そこだけでも十分定価以上の価値あるだろう.そしてその上に現場感覚あふれたリサーチと教育現場の物語が追加されている.生物好きな読者にはまことにお買い得な本だ.


関連書籍


琉球列島の系統地理はなかなか面白そうだが,手ごろな本にはまだ巡り会っていない.
この本は第1章で植物について取り扱っている.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20130228

植物地理の自然史 ―進化のダイナミクスにアプローチする―

植物地理の自然史 ―進化のダイナミクスにアプローチする―

*1:琉球列島は日本で最も多くの種類のカメが生息するのだそうだ

*2:もちろんすっぱり切れたそうだ