日本進化学会2016 参加日誌 その3

大会二日目 8月26日

国際プレナリーシンポジウム

Reconstructing human history from ancient DNA Martin Sikora


第一線で活躍する若手古代DNAリサーチャーの講演.
最初は古代DNA研究のこれまでの流れと解読されるデータ量の推移の解説.

  • 1984年にクアッガのデータの解読から始まり2007年にはネアンデルタールの配列の解読に至った.データ量はシークエンサーの能力の向上によりうなぎ登りになっている.

ここからはサピエンスの人口の歴史についてどこまでわかるかのテーマに入る.

  • 最初のテーマはヨーロッパ(中央アジア含む)への最初の侵入:第二波のユーラシア入りが60〜50千年前,そこからヨーロッパ・中央アジアに広がっている.ここでは40千年前のコステンキ(ロシアの遺跡,モスクワと黒海の北西端の中間ぐらいのところ)の標本について.データによるとネアンデルタールの交雑率がその後の標本よりも高い.交雑遺伝子には負の淘汰圧がかかった可能性がある.
  • 二番目のテーマは新石器革命:現代のヨーロッパ民族のDNAデータを主成分分析にかけて座標軸にプロットすると実際の地理的分布によく似た分布を示す(うまく軸を傾けると北東にスラブ系,中央北にフランス系,中央西にスペイン系,中央南にイタリア系となる)これは文化的な特徴をやはり主成分にかけて,軸を傾けても同様の図になる.ここでオーストリアとイタリア国境近くで見つかった「アイスマン」(5.3千年前)のデータを分析すると先ほどの図の南西の端に落ちる.ここは現代のデータではサルディニア島のデータに近い.ではアイスマンはサルディニア人なのか.おそらくそうではない.様々なデータを総合的に解釈すると,以下のように考えられる.「ヨーロッパに農耕文化が二波入っていて,いずれも人口移動を伴っていた.最初の農耕文化がまずヨーロッパ中に広がり,アイスマンはその一部をなす.その後第二波が入りこれがヨーロッパ中央部を席巻し,サルディニアのような辺境にのみ第一波の名残が残った.」
  • 現代のヨーロッパ,中央アジアの構造はどうできあがったか:ここで各地の青銅器時代の101の個体データと現代のデータを統合的に眺める.すると中央アジアではまずヨーロッパと共通の要素が広がるが,その後アジアから二波の流れが入り,様々な勾配を作っていることがわかる.

大陸を駈けめぐる人々の動きが可視化されて大変エキサイティングな講演だった.また質疑応答で,「今日の講演では言語の話を意識的に省いていたのだと思うが,要するにこれはインドヨーロッパ語についてクルガン仮説を支持してアナトリア仮説を支持しないということか」と問われて「まさにその通り」と答えていたのも印象的だった.


The Genomic Tag Hypothesis for the Origin of tRNA and Genomic RNA Replication in the RNA World Alan Weiner

RNAワールドに関する講演.

  • 一般的にRNAワールドの提唱者はギルバートで1986年とされている.しかしはじめてこの可能性を指摘したのはクリックだった.彼は1968年に「なぜリボソームにはRNAが含まれているのか」と疑問を呈した.現在リボソームはRNA情報を翻訳してタンパク質を作る場になっている.しかしこれ自体が元々RNAであったとすれば,それはRNAがRNAを複製していたことを示すものかもしれないと指摘したのだ.
  • 実際にリボソームの形態を見ると,その機能部分はRNA分子によって囲まれており,その構造をタンパク質で結束しているようになっている.

ここからは現在翻訳がなされている部分が元々どのような形になっていてそれが複製を可能にしたかの詳細な説明がなされた.

特別講義

Cell wall deficient (L-form) bacteria: from bacterial physiology to the origins of life Yoshikazu Kawai

バクテリアの細胞壁に関する講演.

  • 真性細菌には細胞壁(cell wall)がある.これはグリカンの長い鎖とペプチドからなっていて,機能的にはダメージからの防衛だと考えられる.抗生物質の攻撃対象でもある.
  • 分裂時には細胞が長く伸びて真ん中でくびれるようにして分裂する.
  • しかしこの細胞壁を喪失したバクテリアも存在する.それらは不定形の細胞になり,抗生物質に対して耐性を持つ.どのように分裂するかを観察すると細胞膜が伸びて様々なパターンの出芽が生じ,わらわらと増えていく.
  • このような細胞壁の喪失形態を可能にする変異には膜を余分につくる変異と酸化ストレスからの保護の変異だと思われる.

ここからはこの現象が生命の起源においてもつインプリケーションについて

  • 原始のスープ,RNAワールドの後,膜によるコンテナが生じる,この膜コンテナにより分裂が可能になる.そして膜面積の拡大が分裂を可能にする一つのポイント.
  • しかしそれだけでは内部をうまく組織的に分裂させることは難しい.ここで喪失型のバクテリアを細いチューブの中に入れてみるとある程度うまく分裂が生じる.
  • ここからは推測だが,細胞壁のない時代のバクテリアはマルチゲノムだったのだろうと思われる.分裂だけでなく融合も生じていただろう.遺伝的にもゲノムは流動的だったと思われる,そして細胞壁の発明により分裂は組織化され,水平移動は減少したのではないか.


あまり知らない分野の話で興味深かった.この後昼休み.ハルナツカフェで小籠包とチャーハンのセットを