第9回日本人間行動進化学会参加日誌 その4

大会第二日 12月11日 その2



金沢「ひがし茶屋街」

午後一は総会.
来年の本学会の開催地は名古屋になることが発表された.

その後口頭発表に

口頭発表 IV

MUTUAL AID GAMEにおける間接互恵性の進化 志村隼人
  • 公共財ゲームや囚人ジレンマゲームを用いて二次の情報を使う間接互恵性のリサーチは,Nowakをはじめとして多数なされていて,進化可能な戦略としてイメージスコア,スタンディング,ジャッジング,またそれを包括的に分析したリーディング8などの分析がある.しかしこれらの分析のゲームの構造は基本的に2者間で行うようになっている
  • では講や香典のように多数者から1人への援助行為(以降MAGと呼ぶ)にかかる間接互恵性の進化条件はどのようになるのかを調べた.
  • MAGゲームは1回で次のことをする.n人グループで,1人がランダムに選ばれて,(n-1)人が協力するかどうかを決める.(それぞれ協力者1人あたり与えるベネフィットb,コストcが発生する)
  • 全体をN人とし,それぞれ初期戦略を持つ.これをn人グループに分割し,グループごとにMAGゲームをm回行う.その後利得に応じた淘汰をかけ,突然変異も導入し,ランダムにグループ分けをし直して次世代とする.これを繰り返す.
  • 戦略については評判ルールについてリーディング8,行為ルールをCDCD(相手がGoodかBadかだけで協力非協力を決める)とCDCC(自分がGood,相手がBadのときだけ非協力とする)の2種類にして合計16種類で行う.
  • シミュレーションを行い最終的な戦略の進化安定性,およびallDに対しての侵入可能性を見る.
  • allDへの侵入はすべての戦略が可能だった.この場合にはまずグループ内に協力戦略者が2人いることが重要になるので,nが大きいほど進入しやすくなる.
  • その他mとcとbの関係,戦略ごとの違いなどいくつかの結果が得られた

なかなか複雑なシミュレーションで,結果もいろいろあって楽しい発表だった.

協力的パーソナリティ”は安定か?:集団場面での役割可塑性に関する実験的検討 金恵璘
  • 集団全体の生産量は20%のメンバーで決まるとも言われる.これは集団の中に協力的なメンバーと非協力的なメンバーがいる状況を表している.ではこのような協力者だけを集めるとドリームチームになるのだろうか.
  • これを調べるために個人個人には収穫逓減的な状況がある条件で,グループ全体の成績が問題になる宝探しゲーム(自分で全部探そうとせずに,効率が落ちてきたときに探索をやめて役割分担を行った方が有利になる)を設定し,16人を4グループでゲームを行い,その中で現れた協力者だけを次世代のグループとするという実験を行った.
  • すると参加メンバーの各人は自分の協力傾向を変えて調整を行うことが発見された


パーソナリティの安定性が問題になっているということだが,これは認知的に何がベストかを理解できたという話ではないのかというところがよくわからなかった.また「協力」という用語の使い方もよくわからなかった.彼等はゲームにおける自分の個人的利得を最大化させようとしているだけではないのだろうか.

カープを応援し続けるのはなぜか?―カープファンを対象とした集団地位の効果の検討― 中川裕美

「プロ野球「熱狂」の経営科学」で中西が解説しているリサーチを先行研究として,集団の地位(カープが強いか弱いか)を変化させて調べてみたという発表.

  • カープは(今年こそ優勝したが)それまで25年間の成績が低迷しているにもかかわらず,人口あたりの試合動員数は非常に高い.この特定チームを応援し続けることを内集団協力と捉え,その発生要因が互恵性ベース(お返しを期待する:一般互酬仮説)なのか,カテゴリーベース(とにかく同じカテゴリーのヒトに協力する:社会的アイデンティティ仮説)なのかを調べた.
  • チームが弱いということを集団の社会的地位が低いと考える.社会的支配理論によると,このような場合に内集団で協力して相手に対抗しようという傾向が男性により強く現れる.もしこれがカープファンを続ける理由なら次の予測が導かれる.(1)男性により強く現れる(2)内集団メンバーかどうかの判定はカテゴリーベースになるだろう.
  • これを検証するために,292名(うちカープファン81名,さらにそのうち男性47名)を用いて条件を変えて場面想定法によるアンケート調査を行った.変えた条件は,カープが強いという文章を読ませる/弱いという文章を読ませる,所属集団の知識(自分と相手がカープシャツを着ているかについて双方着ている/相手のみ着ている/どちらも着ていない)というもの.
  • 結果:社会的支配理論による予測は否定された(性差は現れなかった.カープが強い/弱いの効果も現れなかった).なお先行研究と同じく互恵性ベースは否定され,カープファンについてはカテゴリールールが観測されたというもの.

結果は微妙で解釈は難しいように思う.発表者はプライミングの方法に問題があったかもしれないとしていた.
互酬仮説が肯定はされなかったが,では否定されたかと考えると,そもそも「あなたと同じカープファンを助けます」と聞かれて,「相手から見て自分がカープファンとわかる状況でなければ助けない」というのは自分の評判を考えるとそうは答えにくいだろう.進化環境ではいずれ自分の所属は相手にわかることが多かったからそういう条件にシビアになる必要はないとも考えられるのではないだろうか.

中西の先行研究についてはこちらを参照.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160919

プロ野球「熱狂」の経営科学: ファン心理とスポーツビジネス

プロ野球「熱狂」の経営科学: ファン心理とスポーツビジネス


ここで一旦休息時間


口頭発表 V

WARM HEART, BUT COOL HEAD: 援助行為における熟慮・計算の重要性 齋藤美松
  • 近時,内集団互恵などの向社会性については自動的に働く認知システムが基礎にあることが強調される.
  • しかし他者の福利を上げることを真に望むなら,その行為がどのような結果を生むかについての熟考プロセスも重要だろう.(例として熊本地震の際に,善意からの行動が交通渋滞や大量のゴミなどの負の外部性を生みだしたことが挙げられる)
  • 進化環境と異なる現代ではその問題はより大きいと思われる.
  • そこで効率性も組み入れたパラダイムで,他者への援助の際に他者への効果をどこまで考慮するかについてのリサーチを行った.
  • (熊本地震の際のボランティアをイメージして)片付けボランティアをN日間のうちに何日行うかを決める.一人あたりの効率は初期には習熟により効率がアップし,何日かたつと頭打ちになり,そのご疲労により低減していくという逆S字カーブを描くとする.(ボランティア参加人数には上限があるという前提なので,平均効率が最高になった時点でやめて順番待ちの人に交替することが全体での片付け量を最大にできることになる)
  • これを全参加者が自分と同じ戦略を採るという形で抽象的なゲーム利得の形にして,得られた得点が賞金として本人に渡される場合と,その利得が慈善団体に寄付される場合でどのような戦略が選ばれるかを調べた.
  • 結果:まず自己利得モードでは,参加者はゲームの特質を理解して,選ぶ戦略は最適点に山が来るような分布(S字カーブの状況を変えて,状況把握がやさしいモードと難しいモードを作ると,山の中心は同じで,分布が狭いか広いかという違いになる.)になる.しかし寄付モードでは中心が低くなり少し頑張りすぎてしまうという結果が得られた.
  • これは他者のためという情動が仕事に対するコミットメントになる影響ではないかと考えられる

なかなか面白いが,コミットメントという解釈以外にも,自己の評判への影響を考えるために頑張りすぎているという解釈もできるように思う.

二者の相互作用による知覚傾向の収束:心理物理的技法による検討 黒田起吏
  • 集団レベルでのマクロな創発現象が見られることがある(例;バブル,ネットの炎上など)
  • これを解明するためにまず2者間でのプロセスを調べた.
  • これには有名な先行研究がある.80年前にシェリフは2〜3名で光点の揺れ幅を答えさせるという実験を行った.(実際には光点は静止している)すると試行を繰り返すと参加者の答えが0より大きいところに収束するという結果が得られた.シェリフはこれを集団内の規律の要因と考えた.
  • しかしこの実験には現代的に見るといくつか不十分な点がある.そこで,より連続量に近い刺激を(28から55個の図形をランダマイズして光量一定の模様を作り,0.8秒見せてその個数を答えさせる)を工夫し,また参加者同士の匿名性を保証するデザインにした.
  • 実験は,個人フェーズ,他者と一緒に答えさせるフェーズ(さらにリアル他者と自己クローン(ただしランダムに揺れを付加)),最後にもう一度個人フェーズを設ける.成績に基づいて報酬を与える.
  • 各人の成績を真の値と回帰させ,回帰係数をwとする.
  • 結果自己クローンとの対戦ではwは不変だったが,リアル他者との対戦ではwが収束し最後の個人フェーズでも収束後のwに近い値にとどまった.また回帰の残差つまり傾向値からのばらつきは他者モードでリアル他者でも自己クローンでも減少した.
  • まとめ:シェリフの結果を再現できた.また他者参照でばらつきが減ることも示された.これはアンカーとして自他差を使っていることから生じるのかもしれない

エレガントな実験デザイン,そしてエレガントな結果が示されていて質疑応答も盛り上がっていた.

他者のためのリスク決定を支える認知過程の研究 ーマウスラボとFMRIによる検討ー 上島淳史
  • 他者のための意思決定は日常生活でも政策決定でも数多い.
  • 自己のための意思決定でリスクをどう判断するかについてはカーネマンとトヴェルスキーのプロスペクト理論,マキシミン戦略を取る傾向などが有名だが,他者のためについては明らかになっていない.
  • そこで利得α=最低利得+(1-α)*期待値とモデル化し,自分のためと他者のためでマキシミン戦略からの逸脱に差があるかどうかを調べた.
  • その結果,自他にかかわらずマキシミン傾向はほぼ同じであること,また意思決定のタイミングもほぼ同じであった.
  • しかしfMRIでみた活性領域には差があり,自分のための場合にはまず最低利得に注目し,他人のためであるとまず期待値に注目するように思われる.

リスク判断のモジュールがあって,自分のためでも他人のためでも同じように使われているというわけではないというのがなかなか興味深い.

イヌは同種他者の選択にどう影響されるか ―イヌ間の社会性及び同調傾向についての検討 張晨

これまでイヌがヒトの表情や指さしを理解する能力に優れていることは示されている.ここで同種他個体からの影響を受けるかを調べてみたというもの.残念ながら「SNS等による発表の言及不許可マーク」が付されているので,詳細は差し控える.

諸連絡・若手奨励賞表彰・閉会挨拶

長谷川眞理子会長から挨拶.
来年定年を迎えることとなったが,面白いと思ったことをここまでやってきて,このような場をもてるようになり嬉しいとまず語り,学会のあり方について,様々なバックグラウンドを持つ人の場としてこの学会があること,その発表においては今後もその結節点となる「進化」の視点をもち,さらにそれを明示的に提示してほしいこと,進化環境と現代環境のミスマッチについてどう捉えるかどう理解するかをもっと考えてほしいことを述べ,最後に大変楽しかったと締めくくった

そして若手奨励賞の発表.受賞者はブログで紹介した3名.副賞はウルトラマンの絵柄の九谷焼の皿だそうだ.


以上で2016年のHBESJ金沢大会は終了だ.お天気には恵まれなかったが,充実したひとときだった.橋本実行委員長をはじめとした実行委員の皆様,会場設営のお手伝いをされたJAISTの皆様にはここで改めて感謝申し上げたい.ありがとうございました.

これは帰りの新幹線でいただいた駅弁.イクラカニ弁当と名物の治部煮になる.

<完>