第9回日本人間行動進化学会参加日誌 その3



大会第二日 12月11日 その1


本日も曇天,時折雨模様の一日.口頭発表が4セッションの日程だ.


これは会場近くの武家屋敷通り

口頭発表 II

文化的性淘汰によって奇妙な文化が広まる条件 中橋渉

装身具や芸術,巨大なハンドアックスなど,一見生存に直接役立たなさそうな文化について性淘汰形質と説明するためには,それを好む形質の進化要件を説明する必要があるという観点から,文化進化を使ったシミュレーションでこれが広がる条件(特にどのような学習,同調バイアスが効くか)を調べたという発表.残念ながら「SNS等による発表の言及不許可マーク」が付されているので,詳細は差し控える.

琉球列島における民謡の文化進化 西川有理

文化進化にかかる発表.民謡の分析でヒトの移住の歴史の再構成ができるか,民謡の社会的機能と文化進化の様相に何らかの相関があるか,集団のDNAや言語との関係はどうなっているかという問題意識の元.琉球の民謡について「日本民謡大観(沖縄・奄美)」(日本放送協会編)に収録されている採譜資料を用いて曲間の相違度の分析をおこない,それを元に集団構造の分析,ネットワークの分析を行ったという発表.労作でなかなか面白かった.これも残念ながら「SNS等による発表の言及不許可マーク」が付されているので,詳細は差し控える.

紛争下における集団の分裂統合:コンゴ内戦を例に 大石晃史

集団がどのように誕生・分裂・集合.消滅を繰り返しながら変化していくかについての発表.これを実際の紛争下の武装集団の変化でリサーチしたというもの.

  • 集団の材料としては政党や企業なども考えられるが,これらの動態は制度に大きく制約される.これに対して武装集団は秩序が崩壊している中で活動しているので分析が容易になるし,紛争をなくすための基礎リサーチにもなるという側面がある.
  • 通常現在の紛争は政府vs反乱軍とフレームされがちだが,実際には反乱側の実体は複雑で分裂統合を繰り返していることが多く,そうであるほど内乱が長期化し再発リスクが高い.
  • 具体的にはコンゴ内戦のデータをNGOのレポートを元に整理してDBを構築した.(系統樹的な離合集散図が紹介される)これを元にネットワーク解析(ノード数159,リンク数191)を行った.
  • コンゴでは1996年以降内戦状態で,2003年に和平協定が結ばれたが,まだ東部では紛争状態が継続している.
  • ネットワーク全体には偏りがあり,不可逆性も高い.
  • これはハブになるアクターがいると解釈できる.実データから見るとそれは政府軍になっている.一旦武装集団が降伏して政府軍に吸収されるがしばらくするとまた分裂して新しい武装集団になるというダイナミクスがあるようだ.これが紛争長期化の要因ではないかと考えられる.

進化というより離合集散のネットワーク分析ということだが,実データが異様な迫力を持っていて興味深い発表だった.


ブラタモリでも紹介されたマニア殿様,加賀百万石5代藩主前田綱紀による色紙短冊積石垣.

口頭発表 III

ヒトの繁殖戦略の包括的理論に向けて 長谷川眞理子

会長自らによる久々の発表.
弟子の森田氏の少子化の研究をサポートしている中で感じたことをまとめてみましたという内容.これもまことに残念ながら「SNS等による発表の言及不許可マーク」が付されているので,公開されているアブストのみ紹介しておく.

  • ヒトの,とくに女性の繁殖戦略に関して,生物学および心理学の知見を包括的に考察することによって,中絶,嬰児殺,児童虐待から少子化まですべてを説明する理論を構築することができるということを概念的に示す.
  • 出発点は,ヒトは共同繁殖の動物だということである.
  • ヒトは,両親のみならず多くの他者の協力を得なければ子育てができない.かつ,ヒトは,ある特定の文化的規範の中で生きていかねばならない.すなわち,ヒトは,ある特定の文化が容認する範囲内でなければ,子育ての助力を得ることはできず,実際に子育てができない.
  • 女性が妊娠した場合,その結果として生じる子育てが,その女性の所属する社会で容認され,助力を得られるものであるかどうかについて,認知的に判断せねばならなくなる.
  • 妊娠すれば母性本能がオンになるというものではない.中絶,嬰児殺,児童虐待,そして少子化まで,この視点から解明できる

巷に広がる「妊娠すれば母性本能がオンになる」という誤認識についてはいろいろ思うところがあるのだろう.迫力のある発表だった.

集団内の上下関係がULTIMATUM GAMEにおける意思決定とテストステロンの働きに与える影響 清成透子

めちゃくちゃ面白い発表だったが,これもまことに残念ながら「SNS等による発表の言及不許可マーク」が付されているので,公開されているアブストのみの紹介.

  • 上下関係が明確な集団を対象に,社会的地位と唾液中テストステロン(T)の高低が,Ultimatum Game(UG)で相手に対する譲歩に与える影響を検討
  • 具体的には,同じ体育会部活に所属するメンバー同士でUGをプレイさせ,提案者の時に相手に提案した金額から,受け手の時に表明した受け入れ可能最低金額を引いた値を「譲歩の程度」とし,Tと学年の効果を分析した.
  • この結果,学年が高い程,相手には譲歩しておらず,日常の上下関係を反映する意思決定パターンが示されたのと同時に,Tの効果は学年によって異ることが明らかになった.最上級生(4年生)はTが高い程,相手に譲歩していないのに対して,下級生(1年生〜3年生)はTが高い程,自身の受け入れ可能最低金額より多くの金額を相手に提案,即ち,譲歩を示していた.Tがdominance seekingを促進するのは社会的地位が高い場合であり,逆に地位が低い場合には服従する方向へと働く可能性が示唆された.

発表ではどの大学のどのスポーツの体育会かも紹介されていて,あそこの体育会系ではさもありなんという印象だった.ポーカーフェイスで淡々と描写される詳細も非常に楽しかったので,紹介できないのがまことに残念である.

金銭罰から象徴罰へ:文化的集団淘汰に依らない罰の進化 土田修平

象徴罰についての発表

  • 大規模な協力においては罰が重要だとされるが,罰を与える行為には2時のフリーライダー問題が生じることがよく知られている.
  • ここでボイド,ギンタス,ボウルズ(2010)は文化的グループ淘汰によらない罰の進化をリサーチし,「連携罰」が罰を受けた非協力者が敏感に反応すること,罰自体のコストが小さいという条件で進化可能であると主張した.
  • これはかなり複雑な仕組みであり,この詳細を吟味した.
  • ボイドたちの連携罰のシミュレーションは以下のように行われている.参加者はそれぞれパニッシュ/ノンパニッシュ戦略,協力/非協力戦略を条件依存的に持つ.まず最初にシグナルステージがある.ここでパニッシャーは小さなコストをかけて罰を与えるぞというシグナルを行う.次に協力ステージがあり,ここで公共財ゲームが行われる.最後に罰ステージがあり,パニッシャーは全員でコストを分担して非協力者に罰を与える.これを進化ゲームにして行うと,初期パニッシャーの頻度が高いと協力が保たれるという結果になる.
  • これをグラフにして示すと,初期パニッシャー頻度に閾値があり,それより低いと全員ノンパニッシャーになり,それより高いと閾値よりある程度頻度が高いところに安定平衡があり,そこで協力が保たれるということになる.
  • そしてこの連携罰の特徴は.パニッシャーの頻度を条件とする戦略決定があること,コストの分担があるということになる.
  • ここからパラメータを変えていろいろ吟味すると次のことがわかった.
  • シグナルステージは必ずしも必要ではない(最終平衡点は少し変わるが閾値は不変)
  • コストの分担はかなり重要で,これをなくすと協力を保つための初期頻度閾値が大きく上がる.なお罰のコストが小さいと初期頻度閾値がかなり下がり進化が容易になる.
  • またこのシミュレーションで協力が成立するための前提を吟味すると.特に重要な前提は非協力者は罰を受けると(それが小さなダメージでも)協力に転じるという点であることがわかった.
  • 以上のことから罰の進化には「罰のコストが小さい」「罰されるとその直接のダメージが小さくても協力に転じる傾向がある」ことの2つが重要であると結論づけられる.
  • これはいわゆる「象徴罰」と呼ばれるものに近い.するとこれからの罰研究の課題は「何故ヒトは象徴的な些細な罰にでも反応するのか」ということになると思われる.

罰の進化は非常に興味深いところで,なかなか面白い発表だった.罰の効果については文脈依存性が強いという特徴もあるように思うのだが,それがこのフレームではどうなっているのかにも興味が持たれるところだ.なおこの発表は若手奨励賞を受賞している.

暴力の進化論と心理-社会的秩序生態学の統合ー学校のいじめをモデル現象として 内藤朝雄

ヒトの暴力傾向については個人単位で考察するのではなく,「複数個人の間で作動する心的メカニズムの連結のまとまり(IPS:Intrapsychic-Interpersonal-Spiral)」を単位として「暴力相」と「平和相」の相変異を考えなくてはならないという発表.学校のいじめを見るとそういう相変異がある主張するもの.
仮に集団的に相変異があるとしても,それがなぜ生じるのかを個人単位で考察すればいいと思うのだが,なぜ個人を単位にして考えては理解できないと主張するのかはよくわからなかった.


午前中はここまで.
昼食は会場近くの洋食屋さんで金沢B級グルメ「ハントンライス」を.ケチャップライスにオムライスのように卵がかけられ,そこに魚の白身のフライと海老フライがのっているというもの.想像通りの味だった.