日本進化学会2017 参加日誌 その4


大会第2日 8月25日 その2


午後はベイツ型擬態多型のシンポジウムへ.これは午前中の辻の発表に連続するような内容のシンポジウム.招待講演者もいて英語のセッションとなった.

シンポジウム12 ecology and evolution of Batesian mimicry polymorphism


Introduction Shiya Komata


ベイズ擬態にはいろいろと面白い問題があるが,チョウのメスにのみみられるベイツ擬態多型はその一つだ.
この遺伝的な側面についてはいろいろ調べられていて,それが単純なメンデル型の遺伝様式で説明できることがわかってきている.
なぜ多型が保たれているかについては負の頻度遺存淘汰だとされているが,実はこの実証は難しい.今日はそのあたりについて様々な発表者から話をしてもらう.


Molecular mechanisms and evolution of female-limited and polymorphic Batesian mimicry in Papilio polytes Haruhiko Fujiwara


シロオビアゲハのメスの一部はベニモンアゲハにベイツ型擬態を行っているとされているが,飛び方も似ているとされている.
これについてどのように種内多型が遺伝的に決まっているかについて,いろいろ調べてみると,基本的に1遺伝子座の単純なメンデル様式になっていることが明らかになった.擬態型がH, オスに似た型(以降正常型と呼ぶ)がhであり,擬態型が顕性(優性)になる.
しかし擬態型と正常型で模様は大きく異なる.そして行動にまで影響を与えているこのHが何なのかは問題になる.そしてそれはsupergene(超遺伝子)なのだろうと考えられてきた.今日はこの分子的な知見について話をしたい.

まず鱗粉のセグメントを分析し,赤と白の色を分析した.すると正常型の白は紫外線を吸収するが,擬態型の白は反射し,両者で異なっていることがわかった.また赤は擬態型でのみ発現する.
この赤を遺伝子探索すると25番染色体の領域にあることがわかり,さらに場所を狭く絞り込んだ.そしてゲノム解析をするとその領域ではHとhで一部で逆位が生じていることが明らかになった.そしてこの逆位のために3つの遺伝子がHのみで発現するということが可能になっている.またこの逆位は逆にしても塩基一致率が70%程度しかなく,かなり起源が古いことが推測される.これが超遺伝子の正体ということになる.
ここでオスのHH, Hh, hh,メスのHH, Hh, hhで9通りの交配実験を行った.すると父親がHHの場合には子が育たず,何らかの致死効果があることがわかった.
また模様形成の機能解析も行い,Hのみが擬態模様を作れることを確認した.またその発現はメスでは蛹の時(翅の形成時)に特異的に働くように調整されているが,オスではいつでもだらだらと発現してることもわかっている.


なかなか面白い.この知見の意味についてはあまり解説がなかったが,緊密な連鎖だけでなく逆位によってこの超遺伝子が組み替えを生じにくくしているということなのだろう.HHに致死効果があるというのも興味深い.これは擬態にメリットがなければあっという間に淘汰されてしまうはずだ.これは擬態型の逆位の起源が古いという事実とは整合的ではないように思われる.なかなかベイツ型擬態は奥が深い.


The genomics of mimetic colour polymorphs in Papilio dardanus Alfried Vogler


招待講演者の発表.
アフリカに分布するPapilio dardanus(オスジロアゲハ)は広域分布種でいくつかの亜種に分かれ,オスは全て正常型だが,メスは正常型と擬態型に分かれ(ただしマダガスカルには擬態型がない),さらに亜種によっては数種類の擬態型があることで知られる.
これについては,このカラーバリエーションはメンデル遺伝をすること,擬態型が顕性であること,中間形は発見されないことだ.
そしてこの現象については1959年にそれが強く連鎖した遺伝子群,つまり超遺伝子なのではないかということが提唱されている.そして近年のゲノム解析により,それは2つの独立した逆位によっていることがわかっている.これにより組み替えが生じにくくなっているのだ. 

この多型をどのように説明するのかについては性淘汰についてのダーウィンとウォレスの論争にまでさかのぼる2つの考え方がある.ダーウィン的にはまずメスの選り好みで性的二型が生じてからメス側に擬態が発生したことになる.ウォレス的にはまずメス側に自然淘汰が働いて擬態が生じ,その後多型に分かれたということになる.実際に系統解析してみると祖先形には性差はないようだ.


まずシロオビアゲハの擬態とオスジロアゲハの擬態の遺伝的仕組みがほぼ共通であるというのが興味深い.話には出なかったが,これは相同なのだろうか.その起源の古さとともに興味深いところだ.擬態がメスのみにあることについては,大崎の本ではメスにより捕食圧が高いためにトレードオフ閾値に性差がありメスのみに擬態が生じるという議論がなされていたと思うが,それを支持する系統解析結果ということになるのだろう.


擬態の進化―ダーウィンも誤解した150年の謎を解く

擬態の進化―ダーウィンも誤解した150年の謎を解く


The role of predator behaviour in the evolution and maintenance of Batesian mimicry Craig Barnett


引き続いて招待講演者の発表.
今日はベイツ擬態にかかる問題のうち,捕食者の行動に焦点を当てて話をしたい.捕食者はまず獲物を探索し,攻撃し,食べる.この攻撃以降のところを考えたい.
以下のことを前提にする.学習した捕食者(ここでは鳥を想定)は防衛している餌も捕食可能になる.鳥はすぐ学習する.学習のキーになっているある情報の質が下がると鳥は別の情報を探すようになる.ここで化学防衛し,警告色を持っているモデルとそれへのベイツ型擬態種を考える.典型的にはハチとアブのような生物だ.鳥はモデルのまずい味を学習すると似たような模様の生物を避けるようになる.そして鳥はまずい味と模様については2〜3日で学習する.しかしこの忌避傾向は鳥がどのくらい餓えているかによって変わってくる.この結果鳥はモデルを完全に忌避するようにはならない.

(ここで2日間学習したウグイスの映像)
ウグイスはすぐに学習する.しかしときに防衛されたモデルにも近づく.では学習された手がかりがあまり当てにならなくなったらどうするか.新しい手がかりを探すと予測される.実際に鳥の行動を調べると(空腹時に)学習済みの警告色の生物を捕らえたあと,擬態種よりもモデルに対してより時間をかけて処理することが観察された.これは鳥はモデルと擬態種とを区別している証拠だ.要するに鳥はわかっていても空腹なら化学防衛された餌も攻撃する.そしてモデルと擬態種の違いを(別の手がかりから)知るようになるのだろう.これは擬態が完成しても引き続き様々な手がかりに対する淘汰圧がかかることを意味する.そして全く別の防衛法が加わることも生じるのだろう.


(質疑応答でも突っ込まれていたが)攻撃以降の話というよりも,捕食者の攻撃に条件依存性があることも考慮すべきだという主張ということになるだろう.なかなか深いところだ.


Negative frequency-dependent selection on the doublesex locus that controls Batesian mimicry polymorphism in the butturfly Papilio memnon Shinya Komata


チョウのメスにおけるベイツ擬態型と正常型の多型は負の頻度遺存淘汰で説明されることが多い.これは十分あり得る説明だが,しかし検証は難しく,あまりなされていない.ここではナガサキアゲハのdsx上にあるH超遺伝子についてそのアレル頻度の動態のリサーチの結果を紹介し,その自然史との関連を考察したい.

まず台湾に行き,4年間にわたり合計17日間同じ1時間の道を往復し,その間にであったナガサキアゲハを全て捕獲する.(と簡単にコメントしていたが,相当大変なことのように思われる)そしてdsxにおけるアレル頻度を測定,またチョウの体長,齢,交尾数,ビークマークなども記録する.
次にオスの配偶者選択実験を行う.56頭のオスを使って正常型と擬態型のメスのどちらを選ぶかをみる.

捕獲できたチョウは(順番にオス,擬態型メス,正常型メスとして)
ナガサキアゲハ 307, 50, 39
シロオビアゲハ 38, 11, 5
モデル種(3種計)30

まず特徴的なのはモデル種の方が少ないことだ.通常ベイツ型擬態はモデル頻度が多くないと保たれないとされているので意外な結果だ.(なお性比がオスに偏っているのはチョウにはよく見られる形で,メスの方が栄養価が高く捕食されやすいからだといわれている.)またデータを時系列に並べてみるとモデルと擬態型の頻度はやや逆位相気味に変動している.2月と3月だけモデルが多く,4月になると擬態型の方が多くなる.次にHのアレル頻度の時系列データを取ってみると,これも意外なことに変動がみられる.パターンも見つけられない.雄と雌の変動も少し異なる部分がある.また擬態型と正常型のメスを比べてみたが,サイズ,寿命,交尾数,交尾機会に差はみられなかった.オスに配偶者選択をさせる実験を行っても27:29と差がなかった.ビークマークには差があった.オス:擬態メス;正常メスで58:58:69だった.

ここからディスカッション.
モデル頻度は予想より低く,むしろまれ.擬態頻度は通念で中間的.これはモデルが数多く発生する春に鳥による学習が行われ.その他の餌も多い中で大きく忌避効果が生まれていると考えることができる.モデル頻度はこれまで考えられていたほど高い必要はないのかもしれない.
オスのアレル頻度の変動は予想外だった.これはサンプルサイズが小さいためかもしれない.


なかなか詳細は面白い.確かにオスにはHとhの表現形に差がないのだから,4年程度でこれほど変動するのは考えにくい.
質疑応答では,この結果ではそもそもベイツ擬態であることを示せていないのではないか,ビークマークも中立的と解釈できる程度の差しかないのではないかと厳しいつっこみが入っていた.



Evolutionary ecology of a Batesian mimic butterfly focusing on time-series data Mitsuho Katoh


シロオビアゲハはメスの一部がベイツ擬態型であることで有名だ.これはベニモンアゲハへの擬態といわれているが,しかしよく見ると後翅の模様は少し異なる.別のモデル種(ジャコウアゲハが一つの候補になる)がいるではないかということ疑問になる.

沖縄列島にベニモンアゲハが入ってきたのは比較的新しい(1960年代以降).もしシロオビアゲハがベニモンアゲハのベイツ擬態種なら(別のモデル種擬態からベニモン擬態に)非常に素早く進化したことになる.そこで大きな白い模様のサイズの遺伝率を測定した.各地の博物館のコレクションを時系列的に調べるとこの後翅の白い模様は急速に大きくなっている.元々ジャコウアゲハ(白い模様なし)への擬態だったところにベニモンが侵入してベニモンへのベイツ擬態の有利性から白い模様が大きくなったと考えられる.


このあたりはなかなか面白いところだ.オスでHHがその子が致死であるなら,適当なモデル種がいないところではこの超遺伝子はすぐ淘汰されてなくなってしまうはずなのに,非常に起源の古い超遺伝子が種を越えて残っているという状況はどう説明されるのだろうか.興味深い.



以上でシンポジウムは終了,ここから会場を100周年記念館に移して国際シンポジウムだ.



国際プレナリーシンポジウム なぜ多くの甲虫種がいるのか?分子系統学と進化発生生物学から解き明かす


イントロダクション 曽田貞滋

なぜこんなに多くの種がいるのか.これにはゲノムからの説明もあり得るし,淘汰からの説明もある.
生物の多様性はどう決まるのか,最初からこうなると決まっているわけではもちろんない.いろいろなイベントを経て現在に至っている.つまり一言でいえば偶然こうなっているということだ.分子系統学ではその歴史が解き明かされる.マクロ生態学ではその多様性維持メカニズムが探求される.そして進化発生学とゲノミクスでは発生パスを探し,ポテンシャルと制約を考えることができる.


今日は特に甲虫に焦点を当てて二人の講演者を招待している.これはホールデンの有名な「inordinate fondness for beetles」という言葉にもつながる.

甲虫がなぜ多様なのか.それはその鞘翅が全身のガードを固め,乾燥にも強くし,さらに後翅で飛べるというボディプランによって説明されることが多い.また時期的には被子植物と共進化によって多様化したという説明もある.性淘汰で説明しようとする論者もいる.今日はそのあたりにもコメントがあると思う.

最初の講演者Volgerさんはドイツ生まれ.元々はバクテリアの分子系統を研究し,その後ハンミョウの分子系統を研究した.さらに2007年に甲虫の系統推定と分岐年代推定に関する論文を発表している.そこではメジャーな甲虫の系統は白亜紀より前に分岐を始めていると主張されている.ハンミョウについては本も書いており,邦訳もされている.

ハンミョウの生物学: ハンミョウ類の進化・生態・多様性

ハンミョウの生物学: ハンミョウ類の進化・生態・多様性

  • 作者: デイビッド・L.ピアソン,アルフリート・P.ボグラー,David L. Pearson,Alfried P. Vogler,堀道雄,佐藤綾
  • 出版社/メーカー: 東海大学出版部
  • 発売日: 2017/01/13
  • メディア: 大型本
  • この商品を含むブログを見る
Tiger Beetles: The Evolution, Ecology, and Diversity of the Cicindelids (Cornell Series in Arthropod Biology)

Tiger Beetles: The Evolution, Ecology, and Diversity of the Cicindelids (Cornell Series in Arthropod Biology)


Studying beetle diversity with metagenomics: willnovel sequencing techniques solve the ‘inordinate fondness’ problem? Alfried P. Vogler


冒頭は以下のように始まる.

  • 曽田さんの紹介にあった「inordinate fondness for beetles」,これをホールデンが本当に言ったかどうかは定かではないが,有名な言葉だ.そして注目すべき発言でもある.
  • しかしなぜ甲虫がこのように多様なのかを説明するのは容易ではない.今日も特定の主張を行うのではなく,リサーチを示しながらいくつかのアイデアを示すことにしたい.

ここからは様々なこれまでなされた説明に対し,最新の分子系統,系統樹の証拠を示しながら,この問題が単一の説明で片づくようなものでないことを説明するという講演になる.いつ頃どのようなグループがそれぞれどのように多様化したのか,データはどれほど決定的なのか,ゲノミクスとトランススクリプトームのそれぞれが示唆する関係は整合的か,恐竜や被子植物との関係はどうか,ほかの動物グループに比べて甲虫はどこまで特異的といえるのかなどが,圧倒的に美しい系統樹やグラフを次々に写しながら説明されていく.なかなか物事が一筋縄でいかないことがよくわかるし,リサーチが多方面で進んでいることも実感できた.

その後なお十分とはいえない基礎データをどう充実させるかという話題に移る.新しい系統という視点,体長の小さい甲虫をどう見逃さずに網羅的に調べるか,ローカルのターンオーバーをどう推定するか,分布の幅をどう考えるか,PCRとDNAバーコーディングの利用,個別のローカルデータの統合をどう進めるか,エコシステムの情報とゲノムの情報をどう統合的に理解するか,ますサンプリングの重要性などについて熱弁を振るっていた.その中でも一つ一つ記載するのではとても追いつかない,マスでどううまくデータをとらえるかという観点が強く打ち出されていた.



ここで曽田さんから次の講演者の紹介

Lavineさん(現場ではひたすらLauraさんと,ファーストネームでのみ紹介していた)はケンタッキー出身,2001年からワシントン大学.昆虫の進化発生学がご専門ということだ.


The Evolution & development of the weapons of sexual selection: insights from the beetles Laura Lavine


今日は甲虫の武器の話をする.この武器は多様だ.そして顕著な性的二型性を示す.これはダーウィンが性淘汰の議論で性淘汰産物の例として用いている.基本的に甲虫の場合にはオスの武器が巨大化する.体長に対してオスとメスでアロメトリー指数が異なる成長を見せるということになる.この武器のメリットは何か.多くの甲虫ではそれはオスオス競争における有利性をもたらすものであり,物理的な武器である場合もあれば,心の強さを示すシグナルとして機能していることもある.

私のリサーチはこのような武器が「どのように」発達するかという部分だ.

  • 系統的には異なる分類群で異なる部分が武器として巨大化する.クワガタでは大顎が大きくなるし,カブトでは上下の角が大きくなる,この上側の角は本来何もないところに生えてくるというところが特殊だ.
  • オスの角は栄養状態がいいと非常に大きく発達する.体長に対するアロメトリー指数は交尾器で1.4, 翅で2, 角で7になる.幼虫の時の体節がそれぞれ異なる部分となっており,それぞれの細胞で栄養状態を関知して流されるシグナルの経路が異なっている.このシグナル経路はカニなどのほかの節足動物でも使われている.
  • シグナル経路をよく調べると,doublesex(dsx)の調整が効くようになっている.これはその名前の通り性的二型を発現調整する座位のようだ.そしてここをiRNAで抑制すると,オスのクワガタでは角が小さくなり,メスのクワガタでは逆に少し大きくなり,性差がほとんどなくなるようになる.またその発達にはJHも絡んでいる.これはdsxがJHの感受性を調整する形になっているのだと考えている.
  • 今後はこの発現経路の地理的な変異,淘汰との関連を調べていきたい.

早口で,とにかくリサーチが楽しくてたまらないという雰囲気だしまくりの元気な講演だった.


以上で大会二日目は終了になる.夕食はホテルのそばの新装開店のカレー屋さんに.このなすチーズカレーは絶品だった.