「Darwin Comes to Town」

Darwin Comes to Town (English Edition)

Darwin Comes to Town (English Edition)


本書は現代の都市を1つの進化環境と捉えてそこでの様々な進化現象についての科学啓蒙書.著者のメノ・スヒルトハウゼンはオランダのライデンにあるナチュラリス生物多様性センター(Naturalis Biodiversity Center)に所属する進化生物学者であり,前著「ダーウィンの覗き穴」では生殖器に焦点を絞った性淘汰を濃密に扱って大変面白かった.というわけで新刊が出ると聞いて迷わず購入した一冊になる.

都市への入り口


冒頭で採り上げるのはロンドンの地下鉄の蚊だ.これは地下の暖かな環境下で1年中繁殖するようになったアカイエカであり,最初にロンドンの地下鉄構内で見つかり,the London Underground mosquito(チカイエカ Culex molestus)として知られるようになったものだ.彼等は地上の近縁種と明らかに遺伝的に異なるだけでなく,ロンドンの3つの路線ごとにも遺伝的に分化を見せ,通勤客から吸血することに特化し,配偶行動も変化させていた.そしてまもなく世界中の都市の地下構内から同様の蚊が見つかることになる.それは飛行機や車に同乗して都市から都市に,しばしば地元の地上種と交雑しながら広がったものらしい.スヒルトハウゼンはこれは少なくとも都市が地下構内を持つようになってからの進化だと解説する.そして都市環境への生物進化は,それがしばしば非常に素速く進んでいること,ヒトが作ったヒトのための環境への適応であること,身近に観察できる素晴らしい進化事例であることから注目するに値すると主張する.本書の大きなテーマはこの都市環境への生物進化を見ていくものになる.
そしてスヒルトハウゼンはこの進化現象が持つ保全活動へのインプリケーションについても触れている.それはしばしば見られる「すべてヒトが環境に手を入れる前に戻さなければならない」というドグマティックなやり方はうまくいかないということだ.ヒトが環境に与える影響はとてつもなく大きく,既に生物はそれに適応しつつある.そして保全を実務的にうまく進めるためにはこの都市環境への適応をよく知悉しておく必要があるのだ.

第1部 都市生活

第1章 究極の生態系エンジニア


ヒルトハウゼンは自分の少年時代の甲虫集めの話から始めて,好蟻性昆虫を採り上げる.好蟻性のエンマムシハネカクシはアリの巣の環境に適応した生物になる.彼等はアリの巣に入り込み,そこでニッチを見つける.ここではいろいろな好蟻性昆虫の戦略が紹介されていて楽しい.
アリは自身とこのような好蟻性の生物集団全体の生態系を作り上げる生態系エンジニアと考えることができる.生態系エンジニアと捉えることができる動物はアリだけではない.シロアリ,サンゴ,ビーバーもそう呼ばれる.スヒルトハウゼンはビーバーの作る生態系も詳しく解説している.実はマンハッタン島もヒトの侵入前はビーバーが作り上げた環境だったのだ*1.そしてもちろんヒトも生態系エンジニアと考えることができる.

第2章 ヒト塚

多くの人々はアリ塚は自然なものだと考えるが都市についてはそう考えない.しかしそこに本質的な違いはない.スヒルトハウゼンは都市も完全に自然な現象だと考えるべきであり,違いはスケールの差に過ぎないと言い切っている.そしてスヒルトハウゼンはヒトが生態系を変えてきた歴史を振り返る.狩猟採集時代,農業の開始,そしてメソポタミアでの最初の都市,これは現代のメガシティにつながっているのだ.

第3章 ダウンタウンの生態系

都市に適応した生物による生態系の例として最初にスヒルトハウゼンが採り上げるのはシンガポールだ.そこは分類群によって在来生物の35%から90%が姿を消した中,イエガラス,ジャワハッカ,ツルヒメクサ,オジキソウ等の外来動植物がビルに囲まれた緑地で栄えている.スヒルトハウゼンは都市環境がどのようなものか,どのような外来生物がどのように都市環境を利用しているかを詳しく解説している.彼等は都市の排出する生ゴミ,様々な化学物質,都市の気候(ヒートアイランド,ビル風,激しい降雨など),環境の分断化にうまく適応しているのだ.

第4章 都市のナチュラリスト

ヒルトハウゼンの地元,オランダのロッテルダムにもイエガラスは侵入している.この元々熱帯に分布する鳥はヒートアイランドをうまく利用して様々な都市に分布を広げている.そしてロッテルダムはこのイエガラスを駆除する方針をを固め,報奨金をつけて狩猟を推奨している.しかし彼等は賢く,一部のカラスはこのハンティングををうまく逃れている.スヒルトハウゼンが紹介するカラスの無事を願う自然愛好家の秘密の情報網の話は面白い.スヒルトハウゼンはヒントをもらってついに某ショッピングセンターでイエガラスを観察するのだ.このような愛好家は片方で身近な場所から消えゆく生物を惜しみつつ,都市に適応した様々な生物の観察にも余念がない.スヒルトハウゼンはここでオランダの都市において愛好家たちに観察され,ネットで話題になったキツネ,ハリネズミ,ツバメの逸話を紹介している.そしてこれは世界的な傾向だ.世界中の都市で愛好家はネイチャークラブを組織し,都市に適応した生物を観察し始めているのだ.またスヒルトハウゼンはここで専門家による都市生態系のリサーチも年々増えつつあることも解説している.つまり都市の生態系とそこに適応する生物群集は実は非常に興味深いリサーチ対象であるのだ.

第5章 シティ・スリッカーズ

では,どのような生物が都市に生存しているのだろうか.スヒルトハウゼンはまずアリゾナのフェニックスでのリサーチ結果を採り上げる.都市の植物相の豊かさは近隣からの流入によって決まるようだ.これは生態系全般にも成りたつ.そしてその流入を決める要因には,近郊の生物相が豊かなこと,そもそも生物相が豊かな場所に立地された都市であること,良い生息場所が破壊されたときの逃避場所(生態系オアシス)であること,都市内のハビタットの多様性が高いことがある.
ヒルトハウゼンは生態系オアシスについてはシカゴのコヨーテの例を採り上げている.コヨーテにとってシカゴの最大の利点は狩猟圧が小さいことにあるのだそうだ.ハビタット多様性についてはシェフィールドでなされた庭園の多様性リサーチを紹介している.リサーチャーが庭園オーナーと個別交渉してリサーチできた61の庭園を調べると,合計1166種の植物と800種の無脊椎動物が見つかったが,個別の庭園はすべてその組成が様々に異なり,例えば昆虫の種の半分はたった1つの庭園でのみ見つかったものであるそうだ.スヒルトハウゼンは都市環境は生息には厳しい面もあるが,長距離分散能力がある生物にとって小さな多様なポケットで繁栄することはそれほど難しくないのだろうとコメントしている.

第6章 ここでうまくやっていけるなら

ではどのような生物が都市環境に適応しやすいのだろう.スヒルトハウゼンはここで「前適応」が重要だと主張する.オランダの都市ではイエスズメは自転車置き場を棲み家とし,スポークの間を飛び回る.これはトゲのある藪に住むという性質が前適応となっていると考えることができる.カワラバトが時計塔に巣をかけるのは崖に営巣する性質が前適応となっているからだ.そしてミヤコドリは干潟で貝を掘り出していた性質を前適応として,現在芝生でミミズを漁り,小石のある浜で営巣する性質を前適応としてライデン大学医療センターの屋上で営巣している.同様に洞窟性の節足動物は都市の地下環境に前適応していると考えることができる.これらはある意味わかりやすい.
しかし前適応がわかりにくいものもある.なぜ一部の鳥だけが自動車やガラス窓とうまくやっていけるのか.なぜツグミ科の中でコマツグミだけが北米の都市環境でうまくやっていけるのだろうか.スヒルトハウゼンは共通のパターンを見つけようとしたチリのリサーチを紹介している.それによると都市で営巣する鳥類相は近郊からのランダム流入では説明できなかった.それぞれの都市で似たような組成が見られたのだ.統計的分析によると都市でうまくやっている鳥は,雑食性か種子食で生息場所へのこだわりが少ないものだった.これはヒトも農業以降種子を主食にしていることから理解できる.またスヒルトハウゼンはもう1つ,都市騒音源の1つであるコンプレッサーの鳥類分布への影響を調べたリサーチも紹介している.それによるとコンプレッサーの周辺ではコミュニケーションコールの周波数が高いチャガシラヒメドリやノドグロハチドリのような鳥が有意に観察できる.これはコールが影響を受けないだけでなく,影響を受けてコンプレッサーによってこないアメリカカケスなどからの捕食圧が下がることにもよるらしい.つまりコール周波数が高いことが都市環境への前適応になっているらしいのだ.


まとめると第1部では,都市環境も1つの生態系環境と考えることができること,そこには在来種の一部が消え,外来種が侵入し,近郊とは異なる生態系となっていること,そしてそれ自体リサーチに値する興味深い現象であること,どのような生物が実際に分布し,それを決める前適応が何かというところを扱ったということになる.日本では,オランダでイエガラスが駆除対象になりミヤコドリがビルの屋上で営巣するというほど都市の鳥相が近郊と異なっているわけではない*2が,首都圏ではワカケホンセイインコが入ってきているなどやはり少し異なっている.確かに都市環境は十分リサーチに値するものだというのがよくわかる導入部だ.

第2部 都市景観

第7章 これらは事実である

ヒルトハウゼンは第2部を科学史的に始めている.19世紀の鳥類コレクター,アルバート・ファーンは1878年ダーウィンに手紙を書いた.そこでは.アニュレットモスと呼ばれるシャクガの一種が,泥炭地では黒.石灰岩地域では灰色,チョーク地域では白,粘土地域では茶色,ヘレフォードシャイアの赤土地域では赤であることが多いという観察事実と,本来白かったチョークが黒煙で汚れた地域で黒い個体が四半世紀前よりよく見られることが自然淘汰で説明できるのではないかということが示唆されていた.この手紙はダーウィンによって返信されたわけでもなく,誰の興味も引かずに放置されていたが,2009年に「進行中の自然淘汰についての世界初の報告」ではないかということで再発見された.
ヒルトハウゼンはなぜダーウィンはいかにも興味深いこの手紙に反応しなかったのかについて,ダーウィンは進化がそのように速く進むはずがないと考えていたからだろうとコメントしている.しかし実際には進化は時に素速く進むことがあるのだ.

第8章 都市伝説

アニュレットモスの報告は無視されたが,同時期にマンチェスターで生じたオオシモフリエダシャクの工業暗化は自然淘汰による進化が素速く進むことの代表的な事例として有名になった.スヒルトハウゼンは最近のツイストもあわせてこの物語を詳しく解説している.

  • 現在のリサーチによってこの工業暗化を引き起こした遺伝変異は特定されている.黒化は1820年頃トランスポゾンにより22000の塩基配列がcortex遺伝子に挿入されたことによることがわかっている.
  • マンチェスターでの黒化個体の存在は1848年にエルダーソンによって最初に報告された.この最初の黒化個体の報告以降もその頻度は増していった.1860年頃にはマンチェスター近辺では黒化個体の頻度の方が多くなり,19世紀の終わりにはオリジナルの白い個体は英国の多くの地域でほとんど観察されなくなった.大陸欧州や北アメリカも後に同じような状況になった.
  • 学者たちは困惑し,原因について議論を交わした.そして1896年に鱗翅類学者J. W. タットは「英国の蛾」という本の中で「工業暗化」の概念を提示した.すすで汚れた木立の中では黒化個体の方が目立たず,この黒化は鳥類からの捕食圧による自然淘汰の結果であると.
  • ほとんどの進化生物学者はこの工業暗化の説明を受け入れている.しかしこれは仮説であり,検証されなければならない.
  • 最初に検証の試みを始めたのはホールデンだった,1924年に彼は観察された進化速度を説明するには淘汰係数が0.5程度でなければならないと計算した.当時の学者たちは淘汰がそれほど強くかかることに懐疑的だった.さらにその当時鳥がこの蛾を食べるかどうかは知られていなかった.
  • 最初の観察報告は1953年のケットウェルのものだ.それはまさに工業暗化の検証実験中に観察された.E. B. フォードに説得されたケットウェルはワイタムの森で大規模な検証実験に着手した.3000匹の幼虫を飼育し,個体識別可能にした上で,白化個体,黒化個体を森の黒い木々に止まらせて捕食圧を観測した.1日の生存率は黒化個体で63%,白化個体で46%だった.それはホールデンが計算した淘汰係数要求を満たすほど強かったのだ.再捕獲法によっても同様の結果が示された.さらにケットウェルはすすで汚れていないドーセットの森でカウンターの実験を行った.今度は黒化個体の方が生存率が低くなった,これには若き日のティンバーゲンが参加してフィルム撮影もなされた.これらのすべては1956年に論文として発表され,最も有名な自然淘汰の実証事例とされるようになった.
  • しかし物語はこれで終わらなかった.1990年代にツイストが加わったのだ.
  • 1998年にケンブリッジの進化生物学者マイケル・マジェラスは「メラニズム」という著書の中でこのオオシモフリエダシャクの工業暗化にはまだ解決されていない問題が残っていると指摘した.この蛾はいつも木の幹に止まるのか? 蛾は夜行性なのだから,鳥ではなくコウモリの捕食圧の影響の方が大きいのではないか? ケットウェルの実験では蛾の密度が人為的に高くなりすぎていたのではないのか? 
  • マジェラスの意図はこの著名なリサーチをより完全なものにしたいということだった.しかし遺伝学者ジェリー・コインはNatureに載せたこの本の書評の中で「しばらくの間,この工業暗化の事例を自然淘汰の実証として扱うのはやめるべきだ.・・・マジェラスははこの古典的な事例にはまずい点があることを示している」と書いた.マジェラスの意図は明らかだったのでコインの同僚ですらこの否定的なトーンには驚いた.しかし新聞は「ダーウィンの蛾の理論に穴があることが発見された.さようならオオシモフリエダシャク」と書き立て,ジャーナリストのジュディス・フーパーは「蛾と人」という本で「ケットウェルはオクスフォードの巨人フォードとの関係からでっち上げを行った」と何の証拠も挙げずに非難した.そして(おそらくフーパーの意図通りに)創造論者はこれに食いついたのだ.創造論協会は「創造論者であることがこんなに喜ばしい日はない.進化の最強の証拠とされたものはもはや崩れ去ったのだ」と宣言した.
  • これはマジェラス自身をリサーチに突き進ませた.自分が指摘した穴を避けた完璧なリサーチ計画を立て,2002年から2007年までケンブリッジでそれを遂行した.すべて地元系統の蛾を使い,夕方に蛾を放ち,休息場所を選ばせ,記録し,翌朝どうなったかを観察し記録する.これを400回以上繰り返したのだ.
  • そして彼は自然淘汰の検証に成功した.彼はオオシモフリエダシャクが現在白化の淘汰を受けていることを示したのだ.2001年に彼のフィールドでは黒化個体の比率は10%だったが,2007年には1%になった.実験では1日で黒化個体は30%が捕食されたが,白化個体では20%だったのだ.彼は2007年の学会でこれを発表し,2008年に病に倒れ,2009年に亡くなった.2012年にはデータを託された友人たちがこれを論文にまとめて発表した.
  • さらに2016年にはNatureにオオシモフリエダシャクの工業暗化についての大規模な遺伝学的リサーチが発表され,工業暗化の事例は揺るぎないものになった.


ヒルトハウゼンは最後にこの工業暗化の事例は都市環境への適応事例でもあるとコメントしてこの章を終えている.私も工業暗化については創造論者を巻き込んだ一悶着があったという認識はあったが,詳しいストーリーは知らなかった.なかなか劇的な物語だ.

第9章 本当にそうなのだ

ここでスヒルトハウゼンはこのほかの都市への適応事例を挙げる.
まずホシムクドリだ.植民地にシェイクスピアに登場する鳥を定着させようというプロジェクトによってニューヨークにホシムクドリが放鳥されたのは1890年と1891年のことだ.ホシムクドリ1920年には東海岸一帯に分布し,1960年に西海岸に達し,1978年にアラスカに到達した.調べてみると都市部のホシムクドリは120年で翼の形を変化させていた.ネコや自動車に対処するためにはより機敏に飛べる方が有利だ.そしてそのために丸みを帯びる翼に進化したのだ.これはイエスズメでも同じだった.
都市の舗装された道路に育つ雑草オニタビラコは分散能力の高い種子の比率を下げ,限られたパッチでの生存能力を上げる重い種子の比率を上げるように進化している.これは島の植物によく見られる進化傾向に似ている.
またスヒルトハウゼンはここでロソスによるアノールトカゲの素速い進化についてのリサーチについても紹介している.アノールは都市部では長い四肢を持ち,脚先のパッドはより薄くなる.これは何度か独立に進化したことがわかっているそうだ.

第10章 都会のネズミと田舎のネズミ

第10章は都市の生物の局所的な適応と系統地理学リサーチを扱う.最初に詳しく解説されるのはパリのワカケホンセイインコの物語だ.このインコはもともとはインドとアフリカに分布する鳥で,パリには1970年頃に侵入したらしい.都市のヒートアイランド化がこの熱帯性の鳥の侵入に役立ったようだ.同時期に欧州,日本,北アメリカ,中東の多くの都市にも侵入しているそうだ.
このパリのワカケホンセイインコを系統地理的に調べてみると,驚いたことにパリ北部個体群と南部個体群で遺伝的な分化が見られたのだ.このインコの飛翔能力を考えると簡単に混じり合いそうなものだが,樹木が連続していないギャップを飛び越えることはほとんどないらしい.
都市環境特有の移動ギャップがあると分断化が進むのだ.スヒルトハウゼンはロサンゼルス近郊のボブキャットのリサーチ(大きな道路により分断されやすい),ニューヨークのシロアシネズミのリサーチ(公園ごとに分断化されている.特に小さな公園にはフクロウやキツネがいないので分断化された生息域になりやすい),本書冒頭でも採り上げたロンドンのチカイエカのリサーチを紹介している.そして分断化の持つ遺伝的多様性の低下と局所環境への適応という2つの側面を解説している.

第11章 公園のハトへの毒

都市環境の特徴の1つに多様な化学物質が高濃度で存在するということがある.かつてレイチェル・カーソン沈黙の春でこの危険性に警鐘を鳴らしたが,当然生物はこれにも適応することができる.
ヒルトハウゼンはここでまず北米の都市近郊のタップミノーがPCB汚染に抵抗性を獲得した事例を説明する.これはわずか数十世代で進化したようだ.そして公園のハトが金属化合物の解毒能力を進化させていることを示すリサーチも紹介している.公園のハトは原種のカワラバトに比べて黒っぽい個体が多い.そして黒っぽい羽根には白っぽい羽根よりも25%も多く亜鉛を含んでいる.これは換羽に伴い毒をより排出できることを意味する.スヒルトハウゼンは黒い色はメラニンであり,免疫との関連も無視できないと留保しているが,解毒能力にも淘汰圧がかかっているということはいかにもありそうな話だ.

第12章 大都市の照明

そして夜の明るい照明も都市環境の特徴の1つになる.
ヒルトハウゼンは冒頭でサッカーの2016年UEFA欧州選手権決勝への蛾の大群の襲来事件を紹介している.これは前日セキュリティの観点からスタジアムの照明をつけっぱなしにしたために近郊一帯から集まった蛾が日中ピッチで休んでいたのだが,キックオフと同時にまた舞い上がったためだそうだ.
多くの夜行性生物はナビゲーションに月の明かりを用いている.これが人工照明に反応するのだ.都市の照明は生態系にどれほどのインパクトを与えているのだろうか.ドイツの研究者はドイツ全体で都市照明によって殺される昆虫は1年あたり1000億匹になると推測している.これは大きな数字に思えるが,実際には道路でひき殺される数と同じ程度だそうだ.鳥はそれほどあからさまに人工照明に惑わされはしないが,それでも灯台の明かりをなロービームに絞ると事故数を減らせることが示されているそうだ.
ではこれは進化を引き起こしているのか.リサーチによるとどうやらそうらしい.都市の蛾と田舎の蛾を(卵を採取してきて同じ環境で育てた上で)比べると田舎の蛾の方が人工照明にまっすぐつっこんでいく傾向が強いのだ.また都市のコガネグモはより人工照明の近くに巣を掛けることを示した実験結果もあるそうだ.

第13章 でもそれは本当に進化なのか

ヒルトハウゼンは第2部の最後に懐疑主義者たちのためへの解説をおいている.都市環境への進化はそうは言っても短い進化時間のなかで生じているものなので微妙なものが多いこと,多くはすでにある遺伝変異の頻度変化によるものだが,それでも進化であることは間違いないことをまず明確にしている.そして都市生物に見られる特徴でも進化ではなく個体学習によるものやエピジェネティクなものもあり得ることも説明している.
想定されるいちゃもんに先回りした形だ.用意周到というところだろう.

第3部 都市の出会い

第2部でスヒルトハウゼンは都市環境に単純に適応した生物を紹介してきた.第3部ではさらに一段と複雑な進化現象を採り上げる.

第14章 都市の接近遭遇者

ヒルトハウゼンが冒頭で紹介するのはフランスの都市アルビの河川でハトを捕食するようになったヨーロッパオオナマズの話題だ.これはNHKの「ダーウィンが来た」でもその衝撃的な捕食シーンが放映されていて記憶も新しいところだ.このオオナマズはどうやら釣りのために放流された侵入外来種で,それが都市環境に適応している(これも元々は侵入外来種である)ハトを狙うようになったものらしい.スヒルトハウゼンはこのような都市に適応した生物同士の関係はその相互作用の進化動態が「赤の女王」的アームレースになりやすく興味深いのだと指摘している.このほかいくつかの例が紹介されている.

  • 外来植物の侵入に対して,食草昆虫が適応するケース(場合によっては種分化をするケース)がいくつか報告されている.カメムシの口器の伸び縮みが典型例になる.これに対して食われる側の植物の適応もいくつか報告されている.防虫効果のある化学合成などが典型例だ.
  • イエスズメやメキシコマシコはタバコの吸い殻を巣に持ち込む.タバコの持つ防虫効果を利用するためらしい.実際に巣の中にある吸い殻数とダニの発生頻度は負の相関を持つ.
第15章 自己家畜化

次は都市環境においては様々な新しい状況が次から次へと現れるので,問題解決のための知性があると有利になるのではないかというテーマ.冒頭では日本の仙台から始まったハシボソガラスによるクルミを自動車に割らせるという行動が紹介され,続いて有名な英国のシジュウカラとアオガラの牛乳瓶の蓋開け行動が解説される.この蓋開け行動については,地域の広がりの様子,伝達の仕組みの謎などが詳しく考察されていて面白い.都市の小鳥はより素早く学習したのかという問題についてはいくつかの地域個体群を用いた実験結果が報告されていて,実際に都市部の小鳥の方が問題解決能力が高いようだ.スヒルトハウゼンはこれには,知性,好奇心の強さ,人をおそれない大胆さの3要素が必要ではないかと指摘し,関連リサーチを紹介している.なかなか楽しいところだ.

第16章 都市の歌

ここでは都市環境が性淘汰に与える影響が採り上げられる.まず都市の背景ノイズが音声による性淘汰シグナルに与える影響が扱われている.
シジュウカラはさえずり周波数のピッチを2.5キロヘルツから9キロヘルツに上昇させている.俺は多くの動物で同じことが観察されていて,カエルやバッタの例も紹介されている.ではこれは遺伝的なのか.どうもそれは種によって様々らしい.チフチャフ(ムシクイの一種)ではこれは遺伝性ではなく行動の可塑性で説明できる.バッタの一種では少なくとも一部は遺伝性のようだ.
ヒルトハウゼンはさらに聞き手のメスに生じうる適応,ピッチ以外の要素などについてもここでふれている.

第17章 セックス・アンド・ザ・シティ

ヒルトハウゼンは続いてそれ以外の都市環境が性淘汰に与える影響に進む.

  • ユキヒメドリは元々北アメリカの広葉樹林帯にすむ鳥だが1980年代頃から西海岸の都市に進出している.オスは白い尾羽根をディスプレイに用いる.これはテステトロンレベルに関連した正直な信号と考えられており,これによりテリトリー防衛することがオスの適応度に重要になっている.しかし都市においては白い尾羽根は捕食リスクを大きく高めてしまう.そしてサンディエゴでは2002年までに白い部分は20%縮小している.
  • バルセロナシジュウカラのオスは近郊の個体群よりも腹に延びる黒い模様(ネクタイ)の幅が小さくなっている.(この淘汰圧については説明がない)

そしてここから,都市環境が性淘汰に与える影響一般について考察し,環境に応じた目立つシグナルへのシフト,受け手(メス)側の感覚のシフト,都市環境によるトレードオフバランスの変化への適応,トラップへの落ち込み(エンボス加工アルミ缶の超刺激に抵抗できないタマムシの例が挙げられている)などについてコメントしている.

第18章 都会のツグミ

ここでは種分化が扱われる.冒頭でガラパゴスフィンチの進化リサーチにちょっと触れたあと,都市における種分化の事例としてクロウタドリが採り上げられる.クロウタドリツグミの1種で美しい囀りで知られ,ヨーロッパの都市ではよく見かける鳥だ.しかしこの鳥は元々日本のクロツグミのように南から渡ってきて深い森で繁殖する夏鳥だった.それが19世紀初頭から都市に入り込み始めたらしい.

  • 誰もなぜ19世紀にヨーロッパ中の都市でクロウタドリが都市に入り込むようになったのか知らない.しかしこの侵入は,まず冬期の避寒場所として都市が使われるようになり,次にそこで繁殖するようになって渡りをやめてしまったという段階を踏んだようだ.
  • そしてヨーロッパ中の都市に分断されながら繁殖するその生態はまさにガラパゴスフィンチのようであり,ここ20年で熱心にリサーチされるようになった.
  • リサーチによると都市のクロウタドリはバードフィーダーから餌をつまみやすいようにクチバシが短く,さえずりもピッチが高く,さえずる時間帯が夜間にずれている.渡りをせず,繁殖期も早く始まる.そしてこれらの変化は遺伝的だ.都市でより大胆に振る舞える行動傾向を持ち,これもセロトニントランスポーターに関する遺伝的変異によるものであることがわかっている.森の個体群と都市の個体群では繁殖的にも分化しており遺伝的組成が異なっている.
  • つまりここ2世紀でクロウタドリは種分化を起こしつつあるのだ.


ヒルトハウゼンは種分化のリサーチャーはもはや世界の果ての離島にリサーチしに行く必要がなくなっているとコメントし,さらに実はダーウィンフィンチ自体もガラパゴスの都市部で観光客のパンくずやポテトチップスを餌にするようになって分化し始めていることを紹介している.日本だと(やはり美しい囀りで知られるクロツグミ都市鳥になっていないのはバードウォッチャー的には残念だが)元々冬鳥だったヒヨドリが1960年代ぐらいから典型的な都市鳥になっているし,最近ではカワセミが都市に進出しつつある.これらも種分化リサーチしてみると面白いのかも知れない.

第4部 ダーウィン・シティ

第19章 長距離間で結びついた世界における進化

第4部はシーボルトの物語から始まる.日本からオランダのライデンに戻ったシーボルトは日本についての書籍を執筆する一方で,日本博物館を開き,持ち帰った植物を育てて販売するビジネスも営んでいたそうだ.フジ,ハマナスアジサイ,ツタ*3などがヨーロッパに紹介された.そしてその中にはイタドリがあり,これは現在恐るべき侵入外来雑草になっている.
片方で(スヒルトハウゼンがクルミを割るカラスを見るために訪問した)仙台には,ヨーロッパ原産のナズナ,シロツメグサ,スイバ,エニシダそしてカワラバト,セイヨウオオマルハナバチチャコウラナメクジが定着している.また全世界規模で分布するようになったウシノケグサなどの生物もある.つまりグルーバル経済の進展とともにこのようなグローバル規模での都市環境の類似化,そして都市の生態系の類似化が進んでいるのだ.
ここからスヒルトハウゼンは都市照明の変遷,そしてそれに対応する進化が全世界で似たように進んでいること,同じことはその他の技術についても起こっていること,つまり都市環境は進化速度の速い重要な世界共通の1つの生態系として捉えられるべきものになっていることを強調する.

第20章 ダーウィンとともにデザインする

この章も日本の話題から始まっている.六本木ヒルズにある屋上庭園を好意的に紹介し,このようなビルの周囲に緑を有機的に取り込む動きを解説する.アクロス福岡シンガポールのCDLツリーハウス,ミラノのヴォスコ・ヴェルティカーレ,マンハッタンのローライン地下庭園プロジェクト,ベルリンのヒルガルテンなどの取り組みを挙げ,このような都市計画や建築計画におけるグリーンムーブメントの様々な利点を説明する.しかしスヒルトハウゼンはこれまでのこのような動きは都市環境における進化を考慮していないと指摘し,このような計画のダーウィニアンガイドラインを提唱している.

  1. 植生はそのまま手を入れずに繁茂させよう.植物や昆虫を共進化させよう.
  2. 在来種に厳格にこだわらない.既に都市に繁茂している植物の方が(多くは外来種だが)都市環境により適応しているのだ.
  3. しかしその中にセイフティバルブとして在来種集団によるポケットも企画しよう.
  4. 個別の局所環境への適応進化を考え,何でもコリドーでつなごうとせずに分断化も企画しよう.

確かに都市計画家にはまだ進化視点はないだろう.またここでのガイドラインは在来種にこだわらないとかコリドーを作らないとかいろいろ議論が巻き起こりそうなものもある.しかしこれは考慮に値する指摘のように思われる.
ヒルトハウゼンは最後に日本の里山コンセプトをやはり好意的に紹介し,さらに市民と進化生物学者が協同して都市の進化生態を観測,報告する「アーバンエコスコープ」運動を盛り上げようと書いている.

都市からの出口

ヒルトハウゼンは最後に,もちろん50年前のライデン郊外の環境は今よりも豊かでそれが失われたのは悲しいことだと認め,しかし都市も1つの生態系であり,そこで強い自然淘汰がかかり素速い進化が進んでいるのだと強調する.そして本書によって都市に住む読者の周りにある生態系や都市計画に興味を持って欲しいと思いを吐露している.スヒルトハウゼンは最後にロッテルダムのイエガラスのその後の消息を紹介している.ハンターは戻ってきて,ついにショッピングセンターの最も警戒心の強かったカラスも捕獲したそうだ.しかし愛好家はスヒルトハウゼンにこう打ち明ける.「実は噂があって・・・」

本書はあまりこれまで統一的に説明されることのなかった都市環境に対する適応現象を様々な角度から紹介する面白い本に仕上がっている.確かに全世界で共通の要素を持つ大きな生態系タイプがここにはあるのだ.そこでは複雑な要素が絡み,技術の進展とともにどんどん変遷し,強い淘汰圧がかかる.知性と大胆さが有利になり,アームレース的共進化が生じるのだ.なぜ一部の種のみがうまく都市に侵入できるのか,スヒルトハウゼンは前適応のみを挙げているが,詳細はさらにいろいろ面白そうだ.研究者にとってリサーチしやすいのも見逃せない点だろう.今後いろいろな新知見が楽しみなエリアだ.進化生物学に興味のある人には啓発的でかつ大変楽しい読み物だと思う.



関連書籍

ヒルトハウゼンの前著.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160315


同原書

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*1:これはエリック・サンダーソンによるマンハッタンプロジェクトで見ることができるそうだ.http://eices.columbia.edu/files/2012/04/EICES_Mannahatta_Project_Sept_2013.pdf

*2:ミヤコドリが都市環境に適応しているというのはうらやましい.ハヤブサが都市の公園のハトを餌にし,高層ビルに営巣している話もよく聞くが,両方とも日本では観察されていないようだ.欧米と何が違うのだろうか.

*3:アイビーリーグで有名なボストンアイビーも元を正せばシーボルトが持ち出したものだそうだ.