第12回日本人間行動進化学会(HBESJ SHIROKANE 2019)参加日誌 その4

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大会2日目 12月8日 その2

午後は総会から.いろいろ議題の多い総会だった.来年は福岡での開催であるとアナウンスがあった.引き続いて口頭発表へ
 

口頭セッション3

 

英語の完了構文の進化ダイナミクス:複数の大規模コーパスを用いた検討 奥田慎平

 

  • 言語進化学は言語がどのような適応により,いかに起源し変化していったかを調べる学問になる.起源問題は大進化,変化問題は文化進化としての小進化という位置づけになる.今日はこの変容の部分を採り上げたい.
  • テーマは英語の過去完了形の変化.過去完了形は元々 be+pp だったのが have+pp の形に変化した.これは have が内容語から機能語に変化したと捉えることができる.
  • これには先行研究があるが,用いたデータが百万語程度と小さい.(ここで会場がざわめく)
  • また2017年に過去形の規則化,不規則化についてのリサーチが出されている.この駆動因が淘汰か浮動かという問題意識に基づくもので,結論としては多くがドリフトだが,一部押韻パターンに引きずられるというものだった.

 

  • ここからが私のリサーチになる.
  • まず用いたデータソースの紹介をしたい.まずEEBO,これは1473年から1700年までのデータで7.5億語.次にCOFA.これは1810~2009年で4億語.この間を埋めるものとしてGoogle Booksも利用した.これはデータの代表性や抽出性に一部問題があるが4680億語と大きい.
  • ここから分析に使う動詞を選ぶ.登場頻度上位6万語には5764動詞が含まれる.ここから受け身形と区別がつかないという問題を避けるために自動詞に絞り込み19語を選ぶ(一覧のリストが表示される)
  • 英語のこの完了形の変化は主にEEBOとCOFAの時代の間で生じているので,この2つのデータとうまくつながるようにGoogle Booksのデータを調整する(詳細の説明あり)
  • こうして be+pp から have+pp の形への頻度変化のグラフがすべての動詞について得られた.
  • 多いのはS字型を描いて be+pp から have+pp の形への変化が生じているもの.その他一回上がって下がる形,逆に下がってから上がる形もある.
  • まずドリフトかどうかを検定すると棄却された.
  • have+pp の形へ行かないものを見るとそれぞれ個別の要因がある.例えば go は be gone に形容詞的な意味(行ってしまってもう帰ってこない)が生じて継続的に使用されている.

 

  • 今後はより多くの動詞を扱う,年代を広げる,言葉の共起を調べるなどの方向を考えたい.

 
Q&A
 
Q:本のジャンルごとのバイアスがあるのではないか
 
A:今調べているところ.Google Booksにはバイアスがあるのではとよくいわれるが,実際にはあまりないようだ.Google Books自体の特性としては1500~1700年ぐらいの本が少ないという問題がある.
 
 

文法範疇に着目した原型言語の考察 藤田遥

 

  • 原型言語とは人間言語の特徴を部分的に持つ前言語的な記号体系を指す.
  • これがどのようなものだったのかについては2つの立場がある.1つはビッカートンたちが提唱する合成説.これは単語が元になっていると考えるもの.もう1つはアービブたちが提唱する一語文説だ.
  • 一語文説には問題があると考える.まずこれは状況に依存しない表現があることを説明できない.また当時の人類に音と意味の分析が可能だったのかも疑問だし,説明が必要な事項が多いという問題もある.
  • というわけで本発表は合成説の立場から行う.

 

  • 文法範疇(カテゴリー)は語彙カテゴリーと機能カテゴリーからなる.語彙カテゴリーは動詞成分と名詞成分の組み合わせて決まる(名詞,動詞,形容詞,前置詞).そしてそれ以外のカテゴリーが機能カテゴリーになる.
  • さらに機能カテゴリーは内容的カテゴリーと構造的カテゴリーからなる.内容的カテゴリーは時空間情報を指示するもので,時制,相,指示詞などが含まれる.構造的カテゴリーは構造を示すもので,補文標示,格標示,一致標示などがある.

 

  • では原型言語はどのように人間言語に変わっていったのか.ここでは語彙カテゴリーのみの組合せによる原型言語→内容的カテゴリーの発達→構造的カテゴリーの発達という過程を提唱する.

 

  • 最初の語彙カテゴリーのみの原型言語についてはいくつかの先行研究がある.未分化の語彙カテゴリーのみの原型言語は時空間の区別がなく「今ここ」という文脈への依存度が非常に高いだろう.そこからプロト文法が生じる.そこでは並列的な組合せ,回数制限,原型言語の化石的原理(動作主が先に来るなど)が観察できる.
  • この段階は初期ホモ属段階で生じたのではないか.ビッカートンは支持証拠として脳の増大を挙げている.またFOXP2を証拠として上げる論者もいる.

 

  • 次が内容的カテゴリーの発達になる.進化的にはカテゴリー化スキーマの形成能力(共通の時間の認識→時制,共通の空間の認識→指示詞(thisなど))と,概念の組合せ能力の向上が重要だっただろう.
  • これにより命題内容と意味が明確になり,推論,計画が可能になる.
  • サピエンス段階でサブサハラとそれ以外の人類の分岐前でこうだったと考えられる.

 

  • 最後が構造的カテゴリーの発達だ.
  • 進化的には外在化の発達,コミュニケーション,文化的,個別言語的な背景がある.
  • 構造情報を付加し,曖昧性を排除する機能を持つ.
  • これは15万年前より新しく,文化(言語)ごとに段階が異なっている.また構造的カテゴリーの表現方法は言語により様々だ.形態で示す言語もあれば,語順による言語,イントネーションに頼る言語もある.

 

  • この仮説を検証するために様々な言語のデータを分析した.様々な言語で内容的カテゴリー,構造的カテゴリーが形態としてしっかり現れているかどうかを調べる.すると内容的カテゴリーよりも構造的カテゴリーの方が形態的に標示されにくいことを示しており仮説と整合的だった.

 
Q&Aではこの言語の段階と人類進化の段階の結びつけのところに集中した.確かに論拠は曖昧に感じられるところだ.
 
 

階層構造の創発における文化伝達の役割:繰り返し学習を用いた実験的検討 中田星矢

 

  • ヒトの言語は階層性を持つ.これは他の動物の信号システムにはほとんど見られない.
  • ではこの階層性はどのように現れたのか.
  • ここでは世代を越えた伝達の中で創発したのではないかという観点からリサーチを行った.
  • Simon Gameを用いた先行研究がある.4つの異なる色のパネルを順番に提示し,その順序を覚えて回答してもらう.この回答を次世代の被験者に提示し,同じことを繰り返す.すると10世代程度で階層構造が創発した.計算進化言語学ではこれを引いて構造は文化伝達で創発すると結論している.
  • しかしこれは本当に文化伝達による階層性の創発なのだろうか.単に記憶しやすくなっただけだと解釈もできる.そこで文化伝達が必須の要素かどうかをコントロール状況を作って調べてみた.
  • コントロール状況は同一人物にこのシリーズを作ってもらうことだ.自分の回答が問題になっていると気づかれないように30シリーズを作ってランダムに提示した(実験後のアンケートで自由記載欄も設けてみたが,気づいた被験者はいなかった模様だとのこと)

 

  • 結果:個人系列でも伝達系列でも正答率は上がっていった.(個人系列の方がより正答率が高くなった)これは覚えやすい系列が創発したと解釈できる.
  • ではこの覚えやすさは単純な構造化なのか階層性なのか.これを区分するために現れた系列をテキスト変換して,zip圧縮比(構造化の程度を表すと考える),文法圧縮比(階層性の程度を表すと考える)をそれぞれ調べた.
  • その結果は構造化も階層性も伝達系列でより進んだ.これは個人系列ではその個人が覚えやすい特殊な配列が表れやすかったが,伝達系列ではより一般的な構造化,階層性になって現れたと解釈できるだろう.実際に系列間の多様性は個人系列の方が大きかった.(伝達系列では収斂化があった)
  • この結果は多数の人への伝達において階層性が創発することを示している.

 
Q&Aでは階層性の定義が議論され,また本当に気づかれなかったのか,回文データにすればいいのではないかというコメントがなされていた.
 
 
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口頭セッション4

 
 

言語進化と構成能力 中橋渉

 
ヒトの文化に見られる構造性の伝達にかかる数理的な発表.残念ながらSNSでの言及を控えて欲しいマークがついているのでここでの紹介は差し控える.
 
 

進化心理学の次なる敵 ― 二面論的人間観への対抗に向けて 内藤淳

 
内藤は法哲学者で以前基本的人権をめぐって本大会でも発表を行っていた(参照:https://shorebird.hatenablog.com/entry/20091227/1261876667https://shorebird.hatenablog.com/entry/20101214)が,本大会で久しぶりの発表.
 

  • 進化心理学の基本的な考え方は,ヒトの心は適応産物であり,モジュールの集合体のようになっており,その中身や機能の発見・特定を行っていくというものだ.
  • そして進化心理学には敵が多い.これまでの敵はSSSM,そしてブランクスレート派だ.これらはヒトの心は完全に可塑的だと考えるもので,トゥービイとコスミデス,ピンカーなどによって紹介されている.
  • そしてこのような考え方に対して,事実の問題としては進化心理学の勝利といっていいと思う.

 

  • しかし影響力は限定的だ.本学会ではあまり感じることはないが,一歩外に出ると進化心理学を擁護すると批判の矢面に立たされる.
  • 社会科学,人文科学まわりでは「ヒトには他の生物を超えた部分があり,人間の本質はそこにある」という考え方が強い.これはある意味プラトン以来の心身二元論ということになる.彼等のモデルは生物的な部分の上に理性があり,ここに意識的な合理性があって生物的な身体を制御しているというものになる.
  • なぜこの考え方が根強いのか.それはこの考え方に説得力があるからだ.人々は日々超越性(理性で感情を抑えることなど)を実感している.
  • そしてこのような論者は「ヒトに生物的な部分はあっても中心はその上にある.進化心理学の主張は認めるが意義は小さい」と主張する.一つの例はスタノヴィッチで「(生物的な)TASSの上に分析的システムがあり,行動を考えるにはこちらが重要だ.進化心理学はTASSを扱っているだけでそれは道具的合理性に過ぎない,真に重要なのは認識的合理性だ」と主張する.このような考え方はカントの定言命法と相性がいい.カウフマンは「これは進化心理学からの防波堤であり,EOウィルソンのいうコンシリエンスはあり得ない」と言っている.

 

  • これに対して進化心理学はいかに対抗すべきか.
  • モジュールだけではなく行動導出を行う全体像を提示するモデルが必要ではないか.
  • 1つの有望な仮説はヒュームモデルだ.行動を導くのは意欲を駆動する情動だとする.ハイトの考え方もこれに近い.
  • しかしこれだけでは「超越性の実感」に対抗するには不十分だろう.もう一歩踏み込んだモデルが望ましい.

 

  • 1つの方向性は認識的合理性が必ずしも純合理的でなく,個人によって異なっていることを示すものだろう.
  • もう1つはスタノヴィッチの理性の合理性の上にもう1つヒュームモデルを乗せ,ここが理性を情動で制御することにより価値観,人生観のような行動方針を決めるとするものだ.

 

  • 進化心理学を広めるには,生物的な部分の上に理性があるという考え方を打破していくことが重要だ.このためには内面作用の総体的な把握,環境に応じた適応的行動の導出,心理的利己主義の価値論道徳論を構築していくことが重要だと考える.

 
Q&A
 
Q:様々なモデルの説明があったが,これはどのように異なる予測をするのか(検証が可能なのか)
 
A:予測というより,ここで話したのは説得力の問題.どちらがフィットしているかは別途検討が必要になる.
 
進化心理学に対する応援エールのような発表.人生観を形成するモジュールがあって理性と共同して行動方針を決めていくというのは面白いモデルだが,質疑応答の通り検証は非常に困難だろう.
 
 
以上で本大会の発表はすべて終了となった.
 
恒例の若手賞は口頭発表部門は「階層構造の創発における文化伝達の役割」の中田星矢,ポスター部門は「Speed–accuracy tradeoff状況における社会情報処理の認知過程」の黒田起吏,「評判手がかりは評判関連語への反応を促進するか」の河村悠太と発表された.いつもご当地ものの凝った副賞が紹介されるのだが,今回は保温ボトルとおとなしめだった.
 
 

長谷川眞理子会長挨拶

 

  • 今回もいろいろ面白い発表,活発な議論があり,大変嬉しく思う.
  • この学会は若い人が多くて人口ピラミッドが下に広く,活力を感じる.
  • (最後の発表の)人文学との対立は昔からそうだ.でも着実に検証可能な科学的な議論に変わってきているのも実感している.いろいろな発展方向も示されている.
  • 本学会も最初の頃は行動生態学ベースの発表に偏っていた.これはSSSMへの対抗,そして動物の行動研究の進展が背景にあった.しかし最近では文化進化,発達,学習,脳科学に関連する発表が増えている.ヒトの固有な感情,思考,文化環境の重要性,発達の中での構築などの話題が増えている.文化,学習,認知は非常に大切だ.
  • ここから先は心理と行動生態が一緒になってもっと大きくなれるといいと思う.
  • でも,みんな,戦いましょう,また来年も.

 
 
最後に事務局,お手伝いいただいた方々に感謝を表して本大会は終了となった.今回も大変楽しい学会だった.私からもここで事務局の皆様に感謝の意を表しておきたい.どうもありがとうございました.

 

<完>

 
 
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地下鉄白金台駅のステンドグラス