書評 「恐竜の世界史」

恐竜の世界史

恐竜の世界史

 
 
本書は恐竜学者スティーヴ・ブルサッテによる恐竜本.縦軸には恐竜の歴史が描かれ,それに関連した著者自身の発掘やリサーチが横軸に散りばめらるというちょっと面白い構成になっている.原題は「The Rise and Fall of the Dinosaurs: A New History of a Lost World」.興亡史とあるように恐竜の興隆から絶滅までを扱っている.

プロローグでは著者が中国でチェンユエンロン・スンイ(Zhenyuanlong suni ) の化石に最初に対面したときのドキュメンタリーから始まる.なかなか読者をぐっとつかむいい工夫だ.
 

第1章 恐竜,興る

 
第1章は恐竜の起源物語.最初はペルム紀の大絶滅(252百万年前)から始まる.著者のポーランドの地層調査,そこで出合ったポーランド人古生物学者グジェゴシと後に知り合ったイギリスの古生物学者バトラーとの古生物学三銃士によるプロロトダクティルス(Prorotodactylus)の足跡化石発見の逸話を振りながら大絶滅を解説する.大絶滅の原因についてここでは大陸規模のホットスポットによる噴火の影響説から解説されている.大絶滅後,三畳紀に入ってすぐ恐竜に似た動物が現れる.やがて恐竜につながるアヴェメタタルサリア類(鳥類系統の主竜類)だが,そこには後にワニを生みだす偽顎類(ワニ系統の主竜類)も現れる.プロロトダクティルスはアヴェメタタルサリア類の中の恐竜形類になる.ネコほどの大きさで直立した脚で歩行していた.敏捷で後ろ脚の方がたくましく,成長が速いことが特徴になる.そこからしばらく経過した240~230百万年前に真の恐竜が現れる(ここではアルゼンチンのエレラサウルス(Herrerasaurus )の発掘記が付されている)
 

第2章 恐竜,台頭する

 
実は恐竜は登場後すぐに地上を席捲したわけではない.三畳紀はパンゲアが一つながりで温暖化が進んだ時期(メガモンスーン)だった.そして恐竜はパンゲアの南方,温帯域の湿潤地域にリンコサウルス類やディキノドン類の影に隠れて小さなまま押し込められていた.さらに熱帯や乾燥地域では哺乳類の祖先や偽顎類が繁栄し,恐竜類は進出できなかったらしい.しかし225~215百万年前ぐらいから,大型化,乾燥地帯への進出を果たすようになった(理由についてはなおはっきりしないとされている).このあたりの物語はニューメキシコのヘイデン発掘地のチンル四天王*1の発掘物語を交えて語られている.発掘のデータが積み上がるにつれて,大型化し世界に広がった三畳紀後期であっても,恐竜が一方的に陸上世界を席巻していったのではなく偽顎類と激しい競争をしていたことが明らかになっていく.著者は化石形態をデータ化して統計処理を行い,三畳紀後期において偽顎類の形態の多様さは恐竜のそれを明らかに上回っていたことを見いだす.恐竜は偽顎類に押さえ付けられて暮らしていたのだ.
 

第3章 恐竜,のし上がる

 
240百万年前ごろからパンゲアが割れ始め,201百万年前にパンゲアの亀裂から大規模な噴火が続き,大量絶滅と共に三畳紀からジュラ紀に入る.この絶滅が偽顎類を失墜させ(数種類のワニ以外は絶滅する),恐竜は地上を席捲するようになる(なぜ恐竜が生き残ったのかについて定説はない.著者は単に運が良かったという可能性もあるとしている).この交替劇はニュージャージーのニューアーク盆地の発掘物語と共に語られる.これは白亜紀末の大量絶滅による(非鳥類型)恐竜から哺乳類への交替劇とまさにパラレルでありなかなか興味深い.
ジュラ紀に入り恐竜は一気に多様化する.著者はここでスコットランドのスカイ島の発掘物語(足跡化石の発見譚はなかなか楽しい)を交えて竜脚類の多様化,体重の推定方法,巨体進化の謎(長い首による採餌効率向上,気嚢システムによる表面積の増大とエネルギー効率の良さ,そして成長率の速さ)などの進化の謎を語っている.
 

第4章 恐竜と漂流する大陸

 
ここから4章に渡って恐竜の繁栄が語られる.冒頭はピーボディ博物館の恐竜大広間にあるザリンガーの壁画の描写から始まる.ここに描かれた恐竜はアメリカ西部のモリソン層から出土したものが主体になる.ここから著者は著者自身のモリソン層発掘体験,そして19世紀のコープとマーシュの大発掘戦争時代を語り,アロサウルス,ステゴサウルス,カマラサウルスなどのスター恐竜を解説する.そしてジュラ紀にはまだ分裂後の大陸はなおつながっていて世界中で同じような恐竜生態系が成立していたことが説明される.
145百万年前にジュラ紀は終わり,白亜紀にゆるやかに移行する(三畳紀→ジュラ紀や白亜紀→新生代のような大破局ではないが,気候,海水準,大陸の分裂などが2500百万年ぐらいかけていろいろ生じている).恐竜の構成も変化する.例えばブロントサウルス,ディプロドクス,ブラキオサウルスのような竜脚類は急激に衰退し,新しいティタノサウルス類に入れ替わった.植物食ニッチでは小柄の鳥盤類が栄える.また剣竜から鎧竜への交代も見られる.小型獣脚類の多様性も大きく上がる.
ここで著者の子供の頃のスーパースター考古学者であったポール・セレノとの出合い,北アフリカ各地から出土したカルカロドントサウルスの謎に系統解析から迫ったことを語っている.大型獣脚類であるカルカロドントサウルス類はアロサウルス類と近縁だが,アロサウルスから獣脚類の王座を奪い取り,まだつながっていた大陸間を渡って世界に広がった.その後大陸が互いに隔離されると各大陸でそれぞれ多様化する.そしてその影にいたのがティラノサウルス類になる.
 

第5章 暴君恐竜

 
著者は第5章と第6章をかけてティラノサウルスのみを扱っている.まさにスター扱いということだろう.冒頭では中国で発見され,著者が中国の研究者と一緒に調べることになったたチエンチョウサウルス・シネンシス(Qianzhousaurussinensis)(通称ピノキオ・レックス)の化石物語が語られ,オズボーンとブラウンによるティラノサウルス・レックスの発掘物語,その後のスター恐竜化の経緯につなげている.

  • ティラノサウルス類の起源は古く,ティラノサウルス・レックスの登場より1億年も前になる.(シベリアで発掘された170百万年前のキレスクス(Kileskus)が最古のティラノサウルスとされている. 中国で発掘された近縁の「グアンロン(Guanlong)の化石のリサーチによりこのグループにはティラノサウルス類のみに見られる派生的な特徴を持つことがわかっている. 彼等は小型のまま80百万年間とどまっていた.アロサウルス類の影で中小型の捕食者のニッチにおいて成功し繁栄していたのだ.
  • そして白亜紀初頭にティラノサウルス類は最初の大型化を見せる.その例となるユーティラヌス(Yutyrannus)の化石からは羽毛の痕跡も見つかっている.そして系統解析によると大型化は独立に何度も生じている.ティラノサウルスは機会があればいつでも大型に進化できたが,それは周りに他の大型恐竜がいないときという条件付きだったようだ.
  • そして真の巨大ティラノサウルスであるティラノサウルス・レックスの大型化は84百万年前にカルカロドントサウルス類が絶滅したあとに生じた.

 

第6章 恐竜の王者

 
第6章は特にティラノサウルス・レックスを扱っている.まずその特徴が詳細に語られる.獣脚類の中で特有のボディプラン(太い体躯,巨大な後肢と小さな前肢など)をもつ.系統的にはアジアで生まれベーリングを渡って北アメリカに到達したあとその地を制覇したようだ.著者は屍肉食説を明確に否定し,巨大な頭に鋭い歯を持つ俊敏な動物が屍肉のみを漁っていたはずはないと力説している.

  • 獲物恐竜の骨に残る歯形は複雑で,最初は丸く徐々に細長い溝に変わっていく.これは獲物に深く噛みついて後に引きちぎっていたことを示している.獲物の骨を噛み砕いていたことは糞化石からもわかる.骨を噛み砕くことができる恐竜はティラノサウルス類だけだった(それを可能にする解剖学的な特徴,有限要素解析を用いた力学リサーチの解説が詳しい).
  • 「ジュラシックパーク」の再現とは異なり,持続的に速く走ることができなかった.おそらく待ち伏せ型の狩りをしていたのだろう.気嚢システムを持っていて瞬間的は素速く身体を動かせたはずだ(ここもリサーチの解説が詳しい).
  • 貧弱な前肢は何に使っていたのか:確かに前肢は小さいが,筋肉はしっかりついており,逃げ出そうとする獲物をがっちりつかむのに使っていたと考えられる.
  • 頭蓋をCTスキャンして脳の形状を見ると,臭球が大きく三半規管も発達していた.これらも狩猟を行っていたことを裏づける.
  • 骨の成長線を調べることにより,ティラノサウルスは非常に素速く成長していたことがわかった.彼等は駆け抜けるように生き,若くして死んでいったのだ.

最後に著者はティラノサウルス・レックスは生命進化が生みだした傑作であり,真の王者であると強調している.この2章は著者の少年時代からのティラノサウルス愛を十分に感じさせるものになっている.
 

第7章 恐竜,栄華を極める

 
王者といってもティラノサウルス・レックスの北アメリカの王者であったに過ぎない.大陸が完全に隔離された白亜紀末期にはそれぞれの大陸で少しずつ異なる肉食恐竜がそれぞれの王国を築いていた.ここから著者はそれぞれの王国をそれぞれの発掘物語(ヨーロッパのノプシャ男爵の話はかなり詳しくそして面白く紹介されている)を交えながら紹介する.

  • 北アメリカのティラノサウルス・レックスの王国で最も繁栄した植物食の恐竜はトリケラトプスだった.ヘルクリークでは恐竜化石の40%がトリケラトプス,25%がティラノサウルス・レックスになる.それ以外にはパキケファロサウルス,ハドロサウルス類が繁栄していた.(それぞれの恐竜群についての詳しい解説がある)
  • 南アメリカではティラノサウルス類は見られず,カルカロドントサウルス類の天下が白亜紀の最後まで続いていた.角竜も堅頭竜も存在せず,竜脚類のティタノサウルス類が主要な植物食恐竜だった.中小型の肉食ニッチには獣脚類に加えてワニが食い込んでいた.
  • ヨーロッパはテチス海に浮かぶ島々に島嶼化で小型化した恐竜が独特の生態系を築いていた.バラウル・ボンドク(Balaur bondoc)は後脚にそれぞれ2本の鉤爪を持つ特殊なラプトルだ.

 

第8章 恐竜,飛び立つ

 
第8章は恐竜の1グループである鳥について.まず鳥類の恐竜起源学説史がダーウィン,アーケオプテリクス(始祖鳥)の発見,ハクスリーの小型獣脚類起源説,1920年~69年までの非恐竜起源説の優勢,オストロムによるデイノニクスの発見と恐竜起源説の復活,90年代の羽毛恐竜の発掘と語られる.オストロムが自説発表の27年後についに(決定的となる)羽毛恐竜の化石を初めて見せられた時のエピソードは印象的だ.ここから著者による遼寧省産の羽毛恐竜のリサーチに基づいた鳥類の系統樹的位置づけ,共有派生形質,どこから鳥類とされるか(鳥類の定義)については歴史的経緯から始祖鳥以降とされているが,そこが特に大きな境界というわけではなく,行動や生理まで含めた様々な特徴は漸進的に進化していることの解説がなされる.ここでは羽根の起源,翼の起源*2,飛翔の起源*3の問題についても関連するリサーチや恐竜学者たちと共に詳しく語られている.
 

第9章 恐竜,滅びる

 
最終第9章は(非鳥類型)恐竜の絶滅について.冒頭で北アメリカの恐竜視点からの66百万年前の小惑星激突時の光景が描かれ,アルバレス父子による小惑星絶滅原因説が語られる.ここでは著者とウォルター・アルバレスをめぐる逸話*4も交えながらアルバレス説をめぐる論争が丁寧に語られる.そして著者自身もこの論争に参加し,大規模データベースを用いた統計的な議論で恐竜の絶滅が地質学的にみて唐突に生じたことを示し,アルバレス説を裏付ける(詳細はかなり複雑だ).
 

エピローグ 恐竜後の世界

 
本書は恐竜絶滅後の哺乳類の適応放散まで扱っている.ここは恐竜本としては独特だが,歴史物語としてはより大きくなる良い工夫だと思う.著者によるニューメキシコの新生代地層の発掘エピソードを交えながら,生態系の立ち直りの様子を簡単に描いている.
 
 
本書は第1線の恐竜学者の手による最新の知見を元にした壮大な恐竜史物語であり,そしてその各章各テーマに関連した著者を含む様々な恐竜学者の奮闘振りが散りばめられている.これにより読者は2億年近いタイムスパンを持つ悠久の恐竜の興亡史と発掘やリサーチの臨場感を同時に味わうことができる.私は読んでいて大変楽しかった.恐竜ファン向けに非常に工夫されたいい本だと思う.


原書

The Rise and Fall of the Dinosaurs: A New History of a Lost World

The Rise and Fall of the Dinosaurs: A New History of a Lost World

  • 作者:Steve Brusatte
  • 出版社/メーカー: William Morrow
  • 発売日: 2018/04/24
  • メディア: ハードカバー

*1:ランディ・アーミス,スターリング・ネスビット,ネイト・スミス,アラン・ターナーという著者より一世代上の古生物学者たち

*2:著者はメラノソームのリサーチからディスプレイ説を採っている.

*3:飛翔能力は恐竜の中で何度も独立に進化したらしいと解説されている

*4:アルバレスの「絶滅のクレーター」を読んでいたく感激していた著者は家族でのイタリア旅行に際してどうしてもグッビオの件の地層を見たくて,どうすればいいか手紙でアルバレスに問い合わせてみたところ,アルバレスは一面識もない少年であった著者に丁寧な返事をくれたそうだ.