第12回日本人間行動進化学会(HBESJ SHIROKANE 2019)参加日誌 その3

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大会2日目 12月8日 その1

 
大会2日目の12月8日は快晴で気持ちのいい日になった.最初のプログラムは招待講演.

招待講演

 

捕食者の認知機構と被食者の形態の適応進化 後藤和宏

 
後藤は6年前の広島大会で招待講演を行うことになっていたが,急遽奥様が出産のために入院することになってキャンセルになった経緯がある(参照https://shorebird.hatenablog.com/entry/20131218/1387361167).講演に先立ち平石さんから,その経緯の説明があり,本人も冒頭でそのことに触れ,スライドではそのときに生まれたお子さんの紹介などがあって会場がひときわ和んだ.
 

  • 今日の講演の内容は自分がアラン・ボンドとアル・カミールの元でポスドクをやっていたときの研究が元になっている.
  • 前半はアオカケスを使った捕食者のサーチイメージ形成仮説についてのリサーチを紹介したい.サーチイメージにより注意のチューニングが生じるのか,プライミングがあるかがポイントになる.後半はこのような捕食者の採餌行動と被食者側の形態の共進化について話したい.

 

  • 動物の採餌行動を観察すると同じ餌を連続して見つけていることがよく生じていることがわかる.捕食者はそこで豊富な餌に注意を向けて探しているのだろう.実際に補食量と餌密度の関係をグラフ化するとS字型になる.上方の平坦化は飽和することによるが,原点近くの平坦化は見つけにくい餌は探しに行かないことを示している.
  • これがどのような認知バイアスによっているかはよくリサーチされている.
  • ここで問題は「これは捕食者の探索がサーチイメージによっているためか,餌の期待密度に対応する形になっているためか」「これは被食者にとって少数者有利になっていて,アポスタティック淘汰によって多型の維持に効いているのか」になる.

 

  • 最初の問題で重要なのがサーチイメージ仮説だ.これを最初に提唱したのはユクスキュルで環世界の説明と共にサーチイメージ,サーチトーンを概念を提示している.頭の中に探すべきイメージがあり,それと異なるものは見逃す(ユクスキュルによる部屋の中で水差しにあると思っていた水が違う形のデキャンタにあると見逃してしまうという逸話が紹介される).
  • これを実験で調べたものがある.有名なシジュウカラの実験で,ガのタイプをコントールして密度に対して巣への持ち帰り量がS字型になることが示されている.
  • この実験には批判がある.異なる餌が異なる場所にいたなら,餌場を変えていきその際にこの餌場ではこの餌を探すという認知であることによってもこのような結果になるだろう,だとするとこれは期待に基づく探索ということになり,それと区別できていないというものだ.

 

  • で,アオカケスを用いてここを調べた.
  • まず先行研究を説明したい.指導教官のカミールは厳密な統制を行うべく実験的検討を行った.背景写真の中に様々なガのイメージを重ねたものを液晶パネルでアオカケスに提示する.アオカケスはガが止まっている写真に対して餌ボタンを押すと餌がもらえる.またその隣には「次の写真」ボタンがあり,止まっていないと判断したらそれを押すと次の問題が提示される(なおこの次の問題ボタンは訓練できる動物とできない動物があり,できる動物は少なく,そしてなぜかアオカケスはこれができるのだそうだ)ここでカミールはこれが本当に自然状況を再現できているかを確かめるために,「樹木の種類とガの向きによって自然状態と同じように検出率が異なるか」「遠くからの写真で検出率が落ちるか」を確認している. 
  • この実験装置を用い同じ背景のもとにAB2種類のガを連続してカケスに提示する.パターンは互い違いにABABAB・・・と出す系列,ところどころで連続して同じガが提示される系列をいくつか(連続具合を2〜8まで)を用意する.すると連続具合を上げていくと互い違い系列より検出率が上がっていった.
  • これに対して,これが本当にサーチイメージによる結果なのか,それとも提示刺激が予測手がかりになっているのか(プライミング)かがなお判別できていないのではないかという批判が寄せられた.ここからはお前がやれといわれて私が調べることになった.

 

  • どのように調べるか.サーチイメージは5〜6回の連続刺激で形成されるのに対して,プライミングはもっと長期の学習が必要で,おそらく認知機構が違っているだろう.だからこれを競合させてみればいいのではないかと考えた.
  • 環境手がかりと系列手がかりが矛盾するようなケースを作ってやれば良いことになる.そこで背景(プライミング刺激)とガの模様(サーチイメージ形成刺激)を組み合わせて競合を起こさせてみた.(具体的な説明あり)その結果サーチイメージの影響の方が強いという結果が得られた.プライミングは学習が必要でワーキングメモリを多く使用するし,自然条件ではそれほど有効ではないということかもしれない.

 

  • 次に捕食者と被食者の共進化の話をしたい.
  • 捕食者の行動は被食者にとっては淘汰圧になる.カケスの行動はガの形態進化を促すだろう.
  • 先ほどのカケスの実験装置は時代が進みタッチパネルでガの場所をつつけるようになっていた.これを用いてデジタルなガのイメージの進化シミュレーション実験を行った.つつかれたガが死亡し,つつかれなかったガが生き残って交配し遺伝子を混ぜ合わせて繁殖する.表現型に対する遺伝型はチョウの翅の模様の遺伝子と同じと仮定して設定した.
  • 結果は(全くのランダム交配コントロール条件に比べて)見かけが多様化し,よりクリプティックになった.
  • また背景に応じた2極化もシミュレートできた.(背景を黒っぽいのと白っぽいのに2極化させるとガの色彩も2極化する)

 

  • 今後は捕食者の認知機構,警告色の進化を調べていきたい.

 
 
大変興味深い講演だった.サーチイメージ実験の厳密性は印象的で,実際のアオカケスを用いた進化シミュレーションも意表をついていて大変面白く感じられた.
 
 
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ポスター発表

 
続いてポスター発表.会場は別棟のガラス張りなおしゃれなカフェのようなスペースで開放感があって素晴らしい.面白かったものをいくつか紹介しよう.
 
 

主張の受けとめられ方はコストのかかる信号によって影響されるのか? 平田皓大

 

  • コストリーシグナル理論によれば説得力はその説得にかけるコストにより増減することが予想される.これを選挙を題材にして架空の首長選挙の2人の候補者のインタビュー記事へのアンケートで検証しようとしたもの.記事においては論拠の強弱とコスト(街頭演説を熱心に行ったかどうか)の高低を組み合わせ,アンケートでは2人の主張の信頼性,説得力,重要性,好ましさについて回答してもらう.
  • 結果は高コスト条件の方が信頼性,説得力,重要性,好ましさについて高評価になっていた.ただ重要性の評価について女性は高コスト条件の方が重要だと回答したが,男性は有意差が無かった.

 
なかなか最後の性差の存在は興味深い.演説を熱心に行ったかどうかが評価を左右するかどうかを考えると重要性は最も左右されないはずの問題なので,「自分は理性的な人間である」というディスプレイをしたいという心理が働いたのだろうか.

 

コストをかける意思の定量的な測定–価値ある関係仮説による妥当性の検討 小田亮

 

  • 先行研究では謝罪する相手との関係が自分にとって価値が高いほど謝罪にコストをかけることが示されている.ただ先行研究ではコストをかけるかどうかについて直接測定せずにアンケートによっている.この点を直接測定してみた.
  • 方法はアンケート用紙にチェックボックスを100個用意し,どのぐらいコストをかけるのかの程度をチェックする数によって答えてもらった.
  • この方法によっても謝罪する相手との関係が自分にとって価値が高いほどチェック数が多くなることが明らかになった.

 
ここまでは予想の通りということだが,グラフを見ると100個全部チェックした回答が非常に多いことがわかる.発表者たちはこれは回答が飽和している可能性があり,次回はチェックボックス数を大きく増やしてみたいと書いてあって,被験者が1000個のチェックボックスがあるアンケート用紙を見て驚愕する姿が目に浮かび,思わず吹き出してしまった.
 
 

道徳基盤理論の<聖不浄>基盤を中心とした日本人の道徳的判断の検討 柳澤田実

 
ハイトの道徳次元説を日本人学生,日本人クリスチャンを使って調べてみたもの.ここでは後の(自由/抑圧軸を含む)6次元拡張ではなくオリジナルの5次元の軸(ケア,公正,忠誠,権威,神聖)で調べている.

  • アメリカの分析はリベラルはケアと公正の軸のみ高く,あとの3つで低い.一方保守は5つの軸みなで高いことが知られている.またアメリカでもリバタリアンはケア公正とあとの3つでやや差があり(リベラルと同じく前者が高いものの差の際は小さい,リベラルほど前者の評点は高くない),クリスチャン左派ではみな高いがやはり前者と後者でやや差がある形になる.
  • 日本人クリスチャンと日本人学生で調べてみると日本人学生はアメリカの保守と同じような形,日本人クリスチャンはそこからケアと公正と神聖が高い形になった.さらに各軸の相関を調べるとアメリカと異なりケア,公正,神聖間に正の相関が高いという結果になった.
  • また各質問ごとによく見ると,神聖軸の「たとえ誰も傷つかないとしても,極めて不快で人の気持ちを逆なでするような行為をすべきでない」と公正軸の「裕福な家庭の子だけが多額の財産を受け継ぎ,貧しい家庭の子が何も受け継がないというのは道徳的に間違っている」への回答振りにアメリカとの差があることもわかった.前者がケア軸と強く相関し,後者はクリスチャンの中で評点が低くなっている.クリスチャンの中でアメリカ同様に相続の不平等性をモラル的な問題だと考える層27%をさらに分析するとこれは特に信仰の厚い層15%と欧米リベラル的で神聖基盤が低い層12%に分かれる.
  • 日本人の神聖軸には「空気」を重んじるという要素があるようだ.
  • またクリスチャンの中の相続不平等制への回答の分かれ方は宗教心的モラルの限界を表しているのかもしれない.

 
ハイトの道徳次元説を日本人で調べてみたという点で非常に興味深い.私の感想としては,まず前者はこの「たとえ誰も傷つかないとしても,極めて不快で人の気持ちを逆なでするような行為をすべきでない」というのはdisgustingの訳の影響が大きく,回答者はこれを「誰かを極めて不快にすることが是認されるか」というケアの問題として受け取った可能性が高いのではないかと思う.また相続の不平等性は,片方で親の自らの財産の処分の自由の侵害とのトレードオフになっていて,単純な公正軸の質問としてはあまりいいものではないのではないか,ここはハイトの後の6つ目の軸(自由/抑圧軸)を含めた6次元で分析をした方が良いのではないかと思う.
 
 
このほかポスター発表では「高次の再帰的推論とワーキングメモリの関係性」,「マッチングサイトにおけるシグナリング行動」なども大変面白かったのだが,残念ながらSNSでの言及を控えて欲しいマークがついているのでここでの紹介は差し控える.
  
 
以上で午前の部は終了だ.大変温かな気持ちのよい日だったのでランチはプラチナ通りまで出向いて腰塚のメンチカツコロッケ定食をいただいた.
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