HBESJ 2010 KOBE 参加日誌 その3

shorebird2010-12-14
昼食休憩後,午後のセッションに


口頭セッション  4


他者感情信念が外集団への否定的態度に与える影響の検討 横田晋大


外集団の脅威には2種類あって,攻撃されるというものと汚染されるというものがあるはずだ.攻撃系脅威には怒りという感情反応そして反撃という行動,汚染系脅威には嫌悪という感情反応そして回避忌避という行動が予想される.

また片方で行動反応にはただ乗り問題があって,他者信念に対する信認が重要になる.(1人だけで反撃しても返り討ちに遭ってしまう)
このただ乗り問題にはこれまで制度的なアプローチ,多元的な無知というアプローチなどがなされてきた.

ここでは攻撃系脅威と汚染系脅威で他者信念の重要性が異なるかどうか(攻撃系の方が他者信念が重要であるのでより他者信念との調整が予期される)を調べてみた.
具体的には脅威を北朝鮮とオタクという2カテゴリーに分けて,自分が嫌悪と怒りを感じるか,他者の嫌悪と怒りについてどう予想するかを学生に対してのアンケート調査で調べた.結果は感情の違いによって他者信念との調整に差が見られると説明されていたが,かなり微妙な結果だった.
北朝鮮について攻撃系の脅威のほか貧しさの連想からの感染系脅威が混在していたこと,オタクについてもどのような脅威があるかについてあまりはっきりしていないこと(ミーム的な感染を恐れるのか?性犯罪系の脅威を感じるのか?感染的な嫌悪というよりモラル的な嫌悪なのか?)あたりが結果の解釈を難しくしているように感じられた.


目の絵の存在は互恵性への期待を喚起させる 小田亮


独裁者ゲームを行う際に目のイメージがあると有意に利他的になることは知られているが,それを追試して,その際に,利己的行為に対する罰を恐れていたのか,利他的に振る舞うことが自分の評判に寄与すると考えていたのかを事後的なアンケートで調査したリサーチ.
事後リサーチでは様々な質問に7段階評価で答えてもらい,それを主成分分析する.すると第1主成分で罰への恐れと解釈できるものが,第4主成分で自己の評判に関するものと解釈できるものが現れた(その他の主成分は相手への同情などの別の要素になる)
この2つの主成分ごとに目の存在,利他性と共分散分析を行って因果の向きを調べたところ,第4主成分経路は有意に因果が認められたが,第1主成分はそうならなかった.このことから目の絵の効果は自己の評判を気にする心理の影響ではないかと説明していた.

なかなかエレガントで興味深い発表だった.誰かに見られているというのは,その人に直接罰されるというより,噂が広がって評判に効くことを恐れる心理ということになるわけだ,それは直感的にも納得できるように思う.


記憶から想起された情報に基づく間接互恵性:実験研究 竹澤正哲


間接互恵性にかかる発表.
これまでの評判の進化に関するシミュレーションは1次(前回相手は協力したか)2次(そのときの対戦相手はどういう評判だったか)の情報を使うとして2×2の原則を導き出そうとするものが多い.(巌佐 大槻 真島など)
では実際にヒトはこの1次,2次の情報を本当に組み合わせて使うのか.これまでの実験は実験者から2次の情報が正しいものとして与えられていたが実際には「AはBに協力した.CはDに非協力だった.EはFに協力した.」などの一連の状況に遭遇するわけで,その記憶を元に今回Bと対戦したらどうしますかが問われる.(ここで発表者は真島による「ヒトはゲームの相手を選別できる状況が普通だ」という主張にも疑問を呈していた)
こういう状況を作って実験してみるとヒトはあまり2次の情報は使わずに1次のみで行動していたことが示されたというもの.

発表者はこれは2次情報は利用可能だが利用していない結果だと説明していたが,私にはよくわからなかった.一連の状況を見てある相手の評判スコアを演繹するのがそれほど簡単だとは思えない.2次の情報を得るのが認知的に困難だったということではないのだろうか.また(集団全員ではなくても)少なくとも知っている人のある程度については「この人はよい人だ」とか「油断のできない人だ」という評判が事前に独立してある状況が通常ではないだろうか.

またQ&Aでは相手がランダムに選ばれるのなら,1次の情報だけ使っても2次まで使っても得られるペイオフは同じになるからそうなっているのではないかという疑問も出されていた.なかなか難しい.


公共財ゲームにおける個人差の遺伝環境分析 平石界


参加者の手がわからないとき,わかっているとき(この場合相手の手が協力的,中間的,非協力的の3パターンに分けて分析)に公共財ゲームでどういう戦略をとるかについては個人差が観測される.これを双生児を使って遺伝的に分析したもの.
それぞれ一卵性双生児の方が相関が高く,明らかに遺伝的な要因がある.相加的遺伝要因,非相加的遺伝要因,共有環境要因,非共有環境要因に分解すると,相加的遺伝要因が0.15-0.26,共有環境要因が0.10-0.15,非共有環境要因が0.50-0.73という結果だった.

興味深いことに相手の手がわかっているときにどのような戦略をとるかの遺伝率は相手が非協力的なときよりも協力的な方が高い.これは相手が協力的な場合にはどのような戦略をとるかの重要性が下がるので(これはモンテカルロシミュレーションによって示していた)淘汰圧が低いからではないかという仮説も提示されていた.



口頭セッション 5


進化理論にもとづく立憲主義の正当化:EU,アメリカ,日本の共通課題をめぐって 内藤淳


昨年に引き続いて進化的な議論により人権を基礎づけたいとする内藤の発表.人権の基礎付けについては昨年と主張は変わっていないということで,今年はその問題を憲法の硬性性の基礎として解説するという趣向.
憲法が基本的人権を保障し,それを法律より改正しにくくしているのは,歴史的には国王主権の制限という経緯があるが,国民主権になったあともそれが正当化されるのはなぜかという問題がある.(国民の過半数が賛成しても改正できないというのは表面的には国民主権と矛盾する)
例えば芦部によるとこれは自由の価値に由来するということになり,もろに自然法的議論になっている.そしてこれはいまEUで統一憲法を作ろうという機運がある中で大問題になっているそうだ.これを内藤が主張する人権の基礎付けを行えばうまく説明できるという内容.

このブログで何回か書いているが,私は賛成できない.基本的人権は,歴史的僥倖により人類が得た貴重な価値観だと正面から認めるしかないし,認めるべきだと思う.内藤の議論では,もし各個人の配偶機会を最大化しようとしたときにマイルドな男女差別があった方が事実として効率的だということになれば男女差別が肯定されることになるはずだ.本当に内藤にはその覚悟があるのだろうか?


法と進化学:法と自然科学の新たな接点 和田幹彦


法学の世界で進化理論がどう受け取られ始めているかについての総説的な報告.法学の集まりでの発表スライドを使っての説明.
まず道徳について動物との連続性の主張.このあたりはダーウィンを彷彿させる.もっとも中身はドゥ・ヴァールの主張の紹介に止まっており物足りない.
その後で進化心理学や行動遺伝学,さらに脳科学の紹介が簡単になされている.法学者的には自由意思と刑罰の根拠あたりが気になるということだろう.このあたりから始めなければならないというのがつらいところだ.
実際にこの発表を聞いた法学者たちの反応はなかなか良かったそうで,ご同慶の至りということだが,実際に法学実務に反映されるのはいつのことになるだろうか.


児童虐待の進化心理学:繁殖におけるトレードオフ 長谷川眞理子


会長自らの久々の発表.
殺人研究の流れを進めて日本における児童虐待(特に死亡にいたったケース)について調べ始めたという報告と予備的な結果の紹介.最近警察庁,厚生労働省からデータ提供を受けることができたので合わせて分析中ということだそうだ.


まず子どもの殺害には大体3カテゴリーある.
「嬰児殺」「児童虐待の末の殺害」「普通殺人」(このようなカテゴリーや,殺害犯人が実父母かどうかがわかる統計はないので,原データを読んでいく必要がある)


これらの子どもの殺害の究極要因として動物(含むヒト)で挙げられるのは以下のようなものがある.

  • 母の再発情に絡むオスによる子殺し
  • 親の操作にかかる実母実父による子殺し:現時点での現環境における子育てが長期的な母親の適応度の阻害になっている(一種の親子間コンフリクト)
  • 資源を巡る競争:継母継父による子殺し


ヒトの子殺しにかかるリサーチでわかってきていることは以下のようなこと

  • 継父継母の方が実父実母より殺害リスクが高い.
  • 子の年齢が低いほどリスクが高い.


実母が子殺しを行う場合にはどのようなものがあるか

  • 望まない妊娠の結果の調整型.これは妊娠中から殺害を考えていて出産直後に行うケースが多い.
  • 親子心中:生活苦,ストレスから生じることが多い.いまは子育てしない方がいいという「親による操作型」の心理だとコメントがあったが自分も死のうとしているのでやや微妙だ.そういう心理が非適応的な行動に表れてしまうという趣旨だろう.
  • 新たな配偶者との配偶関係のために前夫との子どもを虐待死させる.これは親による操作型としてわかりやすい.過去の繁殖と現在の繁殖がトレードオフになっているという状況だ.実際の事件としては非常に残酷な虐待として現れることが多いそうだ.


ここからは日本で今回得たデータから見えてきたことの報告.

  • 被害者の年齢では就学前の5歳までが高リスクになっている.
  • 血縁・非血縁では非血縁の方がリスクが高いが,絶対数では実母がかかわっているケースも(当然ながら)多い.
  • 実母がかかわっているケースでは,シングル,24歳以下,無職というのがリスクファクターのようだ.


Daly, Wilsonの先行研究と異なる印象を与えるのは殺害の残虐性にかかる実父母と非血縁父母の差.先行研究では継父継母の方がより残虐だということが示されているが,日本のデータでは実父母がかかわるケースでも残虐な殺害方法が多いようだ.(殺害方法で,絞め殺す,薬殺を「非残虐」,強く殴打,強く揺さぶる,容器に入れて密閉する,水に沈めるなどを「残虐」として比較してみると,実父母が非残虐という形にならない)


実際に事件の詳細をよく読むと,動機,あるいは殺害のきっかけは0〜1歳児で「泣き止まない」2〜7歳児で「言うことを聞かない」「なつかない」「可愛くない」などが挙げられ,衝動的に虐待した結果死亡し,殺人ではなく傷害致死で処理されるケースが多い.


まとめると,シングルマザー,若い,無職,非血縁が児童虐待のリスクファクター.
究極因的には現在の繁殖と将来の繁殖がトレードオフになっている場合が多いと考えられる.そのような場合に子どもの側も泣き止まない,なつかないなどの行動を示し,愛着形成が混乱して虐待にいたるのではないか.これは一面で進化過程における共同繁殖,社会的ネットワークの存在がなくなっていることの表れ(新奇環境に対して非適応になっている)とも言える.


Q&Aでもいろいろ盛り上がった.
このような児童虐待から殺害というケースを読むと最終的に故意は認定されずに傷害致死で処理されているが,「憎悪」は確かにあるそうだ.確かに赤ん坊は時に火がついたように泣き止まなかったり,ことばをしゃべるようになったこどもは「嫌」「大嫌い」「いらない」などと親に対してネガティブな言動を見せる.長谷川はこれについて昔から疑問に思っていたとコメントしている.上述のように共同繁殖で社会的ネットワークがある際には,周囲に自分がケアされていないことを大声で喧伝することは適応的だったのかもしれない.
また子どもの数についても質問があり,まだデータをきちんと整理していないが,子どもの数が多い方がリスクが高そうだとの解答だった.


今回は予備的な報告ということで,今後のリサーチの進展に期待したいところだ.



以上で今年のHBESJは終了である.いつも通り大変フレンドリーな大会で,また神戸はなかなか良い街で快適だった,神戸大学のスタッフの方々にはここであらためて感謝の意を表したい.


神戸の冬の風物詩ルミナリエ.荘重な音楽が流れていて風情がある.