Virtue Signaling その18


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: Cambrian Moon
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: Kindle版

第5エッセイ Googleメモ その2

 
ここからがQuilletteに寄稿された記事になる.
  

The Google Memo: Four Scientists Respond  Quillette Aug. 7 (2017)

 
quillette.com

 

  • ある匿名の男性エンジニアが最近「Googleのイデオロジカルな残響室(Googles Ideological Echo Chamber)」というメモを公表した.数時間後には膨大な数の激しい批判のコメントが寄せられ炎上した.そのほとんどはメモにあるエビデンスベースの議論を無視していた.
  • 多くのコメンテイターがメモの主張は間違いだと断定していたが,その中の誰1人として性淘汰理論,動物行動,性差リサーチを理解している者はいなかった.
  • 進化心理学など全く知らなかった何千ものジャーナリストやブロガーたちは,メモが出回ったあと一夜にして生物学的性差の存在をめぐる科学的知識の全体を批判できるだけの専門的知識があると主張するようになった.それはまるで映画の「マトリックス」でトリニティがB-212ヘリコプターを操縦するためのパイロットプログラムをダウンロードするのを見るようだった.全く素速い学習者たちだ!(Googleの新しいダイバーシティヴァイスプレジデントのダニエレ・ブラウンもこのメモについて「これは間違ったジェンダーへの思い込みを助長するものだ」として批判した.彼女のミシガン大学の法学士とミシガンビジネススクールのMBAは科学的リサーチを判断する資格を与えるものらしい)
  • 誰も聞いてくれないかもしれないが,私の見るところGoogleメモの実証的な主張は科学的に正確だ.そして注意深く感情を抑えて記述されている.その性差をめぐる主張は通文化的な大規模な科学的リサーチで支持されている.
  • 私は性差について少しはものを知っている.進化とヒトのセクシャリティについて大学で28年間教え,4冊の本,100を越える学術的論文を書き,190を越える講演を行い,50以上の科学雑誌の査読を行い,11人のPhD学生のメンターとなってきた.
  • このメモの書き手がこのトピックについてかなり学んでいることは明らかだ.私の心理学コースの院生であれば A- は付けられるだろう.メモの内容は性差についての科学的知見と整合的だ.(これに対してブランクスレート派のフェミニズムは科学というより政治的運動だ)

 

  • ここで私はメモが引き起こした論争からは一歩下がり,アメリカの企業文化に巣くっている「平等と多様性」ドグマが持つパラドクスに焦点を当てることにしよう.メモはこの矛盾を直接扱ってはいないが,メモの著者のGoogleのダイバーシティプログラムへの批判にこれは黙示的に含まれている.
  • このドグマは2つの前提がある.
  • (1)ヒトは性別や人種にかかわらず全く同じ心を持っている.その同じ心は正確に同じ特徴,才能,興味,動機を持つ:であるから,採用,昇進におけるどのような差異もシステマティックな性差別と人種差別が原因である.
  • (2)ヒトは性別や人種によって,全く異なった心,バックグラウンド,物事の見方,洞察を持つ.であるから企業は競争的であるためにはデモグラフィックな多様性を保たなければならない:デモグラフィックな多様性の欠如はグループ志向を好む近視眼的なマネジメントが原因である.

 

  • 明白な問題はこの2つの前提は真逆だということだ.
  • 性別や人種にかかわらず皆が同じ心を持っているのなら,それらは互いに置換可能であり,多様性が企業の競争力に関係するはずがない.(グループ内の性比を例にとって具体的な説明がある)
  • つまり(皆が同じ心を持っていると信じているにもかかわらず)ダイバーシティを推進する理由はプラグマティックな効率性ではなく,政府の規制にかかるコンプライアンス,広報部門における徳シグナリング,規範的倫理であるはずだ.
  • もちろん法的,広報的,倫理的理由は企業が何かするための良い理由ではある.しかし株主に対して企業がダイバーシティプログラムを法律や広報や倫理で正当化することはない.常に競争力が理由にされるのだ. 
  • 一方,多様性が企業に競争力のアドバンテージを与えるのなら,それは相互作用する心に重要な性差や人種差があるからに違いない.例えば心理的な多様性がチームにより良い意思決定をもたらすのなら,そこにはある程度以上の性差や人種差があるはずなのだ.そしてもしそうなら,(アファーマティブアクションや人種クオータ制なしで)企業内のすべてのチームすべての階層でデモグラフィックな平等性が達成されるはずはない.
  • つまり心理的互換性は多様性を無意味にする.しかし心理的差異は等価な結果を不可能にする.平等性と多様性は両立しない.
  • しかし奇妙なことに企業のすべての側面で等価な結果を主張する人が同時に多様性を推進しようとする.彼等にはドグマの前提に矛盾があることに気づいていない.なぜ彼等はこの矛盾に気づかないのだろうか.なぜ気づくためには進化心理学文献を読み込んだ男性エンジニアが必要になるのだろう.

 

  • 私はこれは古くからある「共感志向の心」と「システム志向の心」のトレードオフの問題ではないかと思っている.(これについては別のQuilletteの記事にも書いたことがある)
  • 人事部門やダイバーシティ推進グループの高い共感能力者たちは,ヒトの本性や社会についての一貫したエビデンスベースのモデルを作ることよりも女性や弱者の助けになることを優先している.そしてこのメモの著者のような高いシステム思考能力者は逆の優先順位を持っているのだ.実際に彼は明瞭に「共感から脱し,ダイバーシティを脱モラル化しよう」と主張し,「感情から解き放たれることで我々はより事実についての合理性を得られる」と議論している.彼は正しい.
  • しかし彼の行った最も重要な示唆は「ヒトの本性についての科学に対してオープンになろう」というものだ.彼はこう書いている「差異がすべて社会的に構築されたものや差別によるものではないことを一旦認めるなら,本当に問題を解決するために必要であるヒトについての正確な理解に対して目を見開くことができる」.この点でも彼は正しい.
  • もしアメリカの企業がグローバルマーケットにおいて競争的であり続けたいなら,彼等はリサーチに対してオープンになり,ブランクスレート幻想や「ジェンダーの社会的構築」ではなく性差の遺伝的進化についての真実に沿った政策を採るべきなのだ.
  • アメリカの企業は,もう1つ,有用なデモグラフィックの多様性はすべての採用や昇進における平等性を導かないことに対しても目を向けなければならない.平等か多様性かどちらかを選ばなければならないのだ.

 

  • 私の意見では,性差についてのよく確立されたリサーチ,そしてそれぞれの性が精妙な互いの補完性をもつことを前提にすれば,多くのビジネスのチーム,プロジェクト,部門において今よりもっと平等的な性比にすることは,純粋のビジネス的観点からも意味があるだろう.性差の進化心理学リサーチは仕事場の性のダイバーシティを進めていくもっとも良い理由の一つを提供する.そして同じく,それでも特定の仕事や企業や産業においてある程度の性差が残ることについてのもっとも良い理由も提供するのだ.

 
内容的には性差リサーチに詳しい進化心理学者の見解としてごく穏当なところだろう.ポイントは組織内のダイバーシティ推進はより優れた意思決定の観点からみて多くの場合は合理的で望ましいが,合理性基準はすべての場合の結果の平等を保証するものではないということだ.そして論争が生じたこと自体の原因について性差を示唆しているところはちょっと面白い.ただ期待して読んだ割にはあまり徳ディスプレイに焦点が当てられたエッセイにはなっていない.深読みすると,企業の広報やダイバーシティ推進チームが「平等性と多様性についての矛盾する前提」について自己欺瞞に陥っている一つの要因が自分のあるいは企業の徳ディスプレイの有効性を高めるため(相手に欺瞞性を気づかせないため)ということになるのだろう.