From Darwin to Derrida その29

 

第4章 違いを作る違い その4

 
ヘイグによる遺伝子概念の掘り下げ.表現型,機能,環境を整理したあと,遺伝子についてのいくつかの問題を取り上げる.
最初は,ここまで遺伝子を差異を作るものとして概念化したが,ではなぜ行動生態学では差異を単に差異として扱うのではなく,ことさらに(物質的遺伝子ではない)遺伝子を説明に持ち出す必要があるのかが問われる.
  

遺伝子など持ち出さずに済ませられないのか?

 

  • 要約すると,遺伝子の世界は表現型と環境によりなる.表現型は同じ環境の元での淘汰に関する代替との差異であり,代替と差がある遺伝子の世界ということになる.つまりこのフレームでは表現型や環境は物事の比較であって,物事自体の特性ではないのだ.環境は代替表現型の中から選び,それにより代替遺伝子の中から選ぶ.

 

  • ではなぜここで差異を決定する遺伝要素を持ち出す必要があるのか.遺伝子を持ち出さずに「環境が代替的な遺伝性を持つ表現型の差異の中から選ぶ」という単純なストーリーを語ることができるのではないか?

 

  • 遺伝子を持ち出す第1の理由はそれには因果が絡むからだというものだ.私は出産時体重の遺伝率が高く,異なる出産時体重が異なる生存確率に対応するが,遺伝的な差異要因には生存確率が依存せず,適応度差異はすべて環境による差異にのみ影響されるというモデルを考察したことがある(ヘイグ 2003).
  • このような状況が生まれる1つの可能性はすべての母親の遺伝子型はよりよい環境下ではより重い体重の子を産むようになっているというものだ.より重い子に向かって淘汰がかかるが,遺伝的な反応はない.もう1つの可能性は環境は遺伝型がそれに向かって調整している適正体重からの攪乱を生みだし,適正体重からの乖離が生存確率を下げるというものだ.この場合安定淘汰がかかるが遺伝的な反応はないだろう.どちらにしても出産時体重と適応度は相関し,出産時体重は遺伝率を持つが適応度は遺伝率を持たない.つまり,適応度と相関する特徴に遺伝率があるだけでは(遺伝的淘汰がかかるためには)十分ではないのだ.

 

  • 第2に遺伝子はそれが引き起こす表現型により利益を受けるエージェントだと考えることができるからだ.

 
ヘイグの回答は明解だ.まずDNA配列の差異がその発現の差異を通じて表現型の差異を作り出すという意味でここには因果関係があると考えることができる.つまり表現型の差異の原因因子として遺伝子を概念化することには意味があるのだ.これを説明するためのヘイグの仮想的なモデルはなかなかトリッキーだ.表現型の差は遺伝要素と環境要素の両方で決まるが生存確率は環境要素のみで決まるというのはちょっと考えるとありそうにないように思われるが,前者のケースは遺伝分散がない場合.後者の場合は環境変動が適正体重からの攪乱のみに効く場合ということになる.このようなケースでは遺伝要素と環境要素を切り分けることが重要になるというわけだ.
 
この第1の理由にかかるヘイグの仮想モデルは「Meditations on birth weight: is it better to reduce the variance or increase the mean?」というタイトルで論文として出版されている.短い論文でちょっと読んでみたが,なかなか面白い.基本的には第2のシナリオが非喫煙者の母親グループと喫煙者の母親グループを念頭において詳しく議論されている.
 
haiggroup.oeb.harvard.edu
 
フルテキストがこちらからアクセスできる
https://journals.lww.com/epidem/Fulltext/2003/07000/Meditations_on_Birth_Weight__Is_it_Better_to.20.aspx


第2の理由はまさに遺伝子淘汰主義にかかるものということになる.このエージェンシー性についてはここではあまり語られないが,後の章で詳しく語られることになる.