書評 「寄生バチと狩りバチの不思議な世界」

寄生バチと狩りバチの不思議な世界(webコンテンツ付き)

寄生バチと狩りバチの不思議な世界(webコンテンツ付き)

  • 発売日: 2020/06/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
本書は寄生バチと狩りバチを深く解説する本であり,ハチの研究者16名が様々なトピックや特定のハチを解説してくれている.研究者ならではの極めてマニアックな内容を織り込みながら,初心者にも楽しく読める本に仕上がっている.進化生物学的なハチの本というとやはりミツバチやスズメバチのような真社会性のグループを扱ったものが多いが,本書では単独性のハチも多く扱われていて嬉しい.それぞれの章は独立していてどこから読んでも良い形になっている.私的に興味深かったところを紹介しておこう.
 

  • 膜翅目を特徴付けるのは産卵管と大顎になる.起源的グループは植物食(クキバチやキバチ)であったが,250百万年前頃.寄生生態とくびれた腰の獲得が生じた.寄生は植物内で他の昆虫の幼虫を食べるようになったことで始まったようだ.次に細くくびれて動かしやすい腰が進化して細腰亜目となる.ハチのような昆虫の翅は筋肉に直接付着しており,翅をうまく操るには胸部の外骨格が複雑に動けるようになっていた方が都合が良い.そのために細くくびれた腰が有利になったものと考えられる.
  • 寄生バチや狩りバチの幼虫は糞をしない.おそらく寄主の腐敗を防ぐための適応だろう.
  • ウマノオバチはカミキリムシの幼虫や蛹に寄生するが,産卵管が極端に長く全長が20センチにもなる.この産卵管を木の幹の割れ目からカミキリムシの坑道に刺し込んで坑道の中で何度も向きを変えながら最終的に狙った獲物に到達させる.
  • 飼い殺し寄生は何度も独立に進化した.この生態の最大のリスクは幼虫が寄主の身体から脱出するときに補食されるリスクだ.このリスクを寄主の操作により軽減するような性質がいくつか進化している.(ボディガードとして利用する,安全に繭を作れる環境を作らせるなど)
  • 虫媒花は開花季節が限定されているのが普通だが,イチジクは基本的に通年花(果実)を付けている.それはイチジクコバチのみに送粉を頼っているがイチジクコバチが短命であるため,通年花を付けないと共生関係が成立しないためだと思われる.
  • 寄生バチを寄主とする寄生バチも多い.カギバラバチは数千個以上の卵を葉っぱの縁に産み付け,その葉がガやハバチの幼虫に食べられてその体内に潜り込み,さらにそれが寄生バチに寄生されてはじめてその幼虫に寄生する.

  

  • 世界最小の昆虫は体長0.139mmのホソハネコバチの1種のオス成虫で,単細胞生物のゾウリムシと同程度の大きさになる.オスは運動・感覚器官が消失しており移動能力が極めて低い.寄主のチャタテムシの卵の中で孵化して,そこで交尾をすると死んでしまうと考えられている.
  • ポーターツヤコバチの母バチはコナジラミ幼虫にメス卵を産み付け,ガの卵にオス卵を産み付ける.(同じ葉の上にコナジラミ幼虫とガの卵がある場合のみ交尾可能になる.そう珍しいことではないかもしれないが,リスクは大きい.産み分けにどのようなメリットがあるのかはわかっていない)

 

  • タマバチは寄生バチから植物食に回帰し,植物に虫こぶを作らせるようになった.この虫こぶはタマバチごとに多様化しておりしばしば複雑な構造を持つ.その一部はタマバチに寄生する寄生バチとのアームレースの結果なのかもしれない.外側にタンニンを多く含ませて警告色を持つ虫こぶ,落ち葉の下に潜り込むようにジャンプする虫こぶ*1,ボディガードとしてのアリを引き付ける甘露を出す虫こぶ,なども見つかっている.
  • タマバチの中には他種の虫こぶ内に卵を産み付けてこぶに寄生するイソウロウタマバチ,メスのみの単性世代を持ち世代交番を行うナラタマバチやカエデタマバチの仲間もいる.

 

  • ヒメバチは最も多様な寄生バチグループになり,多くの寄主を様々な形で利用している.
  • クモヒメバチはもとも繭の糸から寄主を探していた祖先ヒメバチがクモの糸を手がかりにするようになったグループだと考えられる.もっとも近縁なグループはフクログモの卵嚢の中に卵を産み込むが,そこから空中に網を張るクモに進出し,空中網に適した産卵行動や寄主操作を含むクモ体表における幼虫の行動様式が進化していったのだろう.

 

  • アワヨトウを寄主とするカリヤサムライコバチは,1匹のアワヨトウ幼虫に100匹以上のコバチ幼虫が寄生する.そこからの脱出時には体液を一斉に飲み糸を吐き出してアワヨトウ幼虫の動きを止めると共に糸を足場にその体表を切り開く(一斉に脱出する際の写真がおどろおどろしい).
  • 内部寄生バチの幼虫は寄主体内の物理的防御,免疫防御を突破しなければならない.このために様々なメカニズムを進化させている(毒性化学物質,ポリドナウイルス,テラトサイトなどの詳細が解説されている).

 

  • 膜翅目昆虫が単数二倍体性(かつては半倍数性と呼ばれていたが本書ではこう表記されている)であることは知られているが,その性決定の至近メカニズムは直接倍数性から性決定されているわけではないことが明らかになった(近親交配を繰り返すと二倍体のオスが得られることがある).これを受けて相補的遺伝子説(CSD:性決定に関する遺伝子座に対立遺伝子が多数あり,二倍体の場合ヘテロであればメス,ホモであればオスになるというもの)が提唱され,セイヨウミツバチでこの仮説に合致したcsd遺伝子が発見された.
  • しかしコバチやタマバチなどの微少膜翅目類ではいくら近親交配を繰り返しても二倍体のオスが得られない.それをうけて母方ゲノミックインプリンティング説(母方インプリンティング遺伝子は単数体でオスを作るが,倍数体では父方遺伝子に対抗されてメスになるというもの)が提唱された.これはまだ未実証だが,多くの現象をうまく説明できる.
  • この単数二倍体性の進化はどのように生じたのか.ヘイグは母方インプリンティング遺伝子が父方インプリンティング遺伝子を抑制しているうちに,ついに父方遺伝子を排除する仕組みを生みだしたという仮説を提唱している.筆者(三浦一芸)は,共生微生物によるオス殺しへの対抗*2として進化したのではないかと考える.

 

  • 多胚生殖は一度に多くのクローンを生みだす生殖様式だが,膜翅目では4科の数十種*3がこれを行うことが知られている*4.これらは多胚性寄生バチと総称され,みな内部寄生バチであり,卵の初期胚の期間が長くそこで胚子が増殖するという生活史を持つ.トビコバチの場合には寄主に1〜2卵が産み付けられ,寄主体内で桑実胚時期に胚子が増殖し(この際に母親から供給された栄養膜から栄養を補給される),それぞれが幼虫になる.
  • 多胚性寄生バチの幼虫集団は(同じ卵から生まれた幼虫は)クローンであり,しばしば生殖幼虫と兵隊幼虫にカースト分化して,異種競争者からの防御を行う.
  • キンウワバトビコバチの場合母親はしばしばオス幼虫になる卵とメス幼虫になる卵の2卵を産み付ける.ここから産まれるハチ幼虫コロニーはmixed sex broodと呼ばれるが,極端に性比がメスに偏る.そしてこれはメスの兵隊幼虫がオスの胚子を食べることによって生じる.この場合兵隊幼虫は(局所配偶競争の)性比調節の役割を果たしていることになる.

 

  • キバチは産卵時に毒性物質と菌を樹木に打ち込み,樹木の材質を分解,液状化して幼虫が摂取可能にする.共生菌を持たないキバチは他種のキバチが菌を接種した樹木を寄主として利用する,

 

  • スズメバチ,アリ,ミツバチなどのグループは有剣類と呼ばれ,産卵管が毒物の針になり,産卵自体は(剣となった)産卵管を経由せずにほかの生殖口から行われる.もっとも近縁なグループはカギバラバチで,起源グループは単純な捕食寄生者であり,土や朽ち木の中の寄主を利用していたと思われる.社会性は独立に何度も進化しているが,造巣性,次々と餌を持ち込む随時給餌型の採餌行動が重要だったようだ.

 
私的には単数二倍体性の進化的な説明,多胚生殖バチの血縁淘汰的な行動のところが興味深かった.特にキンウワバトビコバチの兵隊幼虫による局所配偶競争性比調節の話は興味深い.なぜ単にオス卵の多胚を押さえるような形ではなく,メス卵の兵隊がオス胚子を喰い殺す形になるのだろうか.(11/12追記:という疑問を当初持ったが,よく考えてみると遺伝子が一旦オス卵に入ってしまえば,母の利益とオス卵自身の利益のコンフリクトが生じて,多胚となるようになりやすいだろう.だから母から見ると利益が共通するメス卵の兵隊を使って性比調整をすることになるわけだ.オス卵側の多胚の利益はそれほど大きくないので,オス卵も兵隊幼虫まで作って対抗するということにはなりにくいということだろうか.考えてみるとさらに大変興味深い)
 
本書はこのほかにも様々なハチの興味深い生態や謎が詳しく解説されている.トビケラを寄主とするミズバチ,アリを寄主とするアリヤドリバチ,キバチを寄主とするオナガバチ,キノコバエを寄主とするハエヒメバチ,原始的な寄生行動の修飾を行うセイボウ,原始的な社会性をみせるアリガタバチ,カマキリのような前脚を持つカマバチ,管住性のハチに寄生するヤドリバエ,ネジレバネ,ダニたち,ダニと複雑な共生を行うドロバチ,姉妹で巣を共有するクモバチなどの生態も興味深い.いろいろ楽しめて大変充実した一冊だ.
 
なお本書には巻末の保護シールの下にパスワードが添付されており,購読者は極めて充実したwebコンテンツにアクセスできる.ほぼ本文が丸々収録されている上,本では白黒だった豊富な写真類がカラーで収録され,さらに動画も充実している.合わせてお買得な本だと思う.

 

*1:ハチ成虫がこぶの中で身体体液を急速移動させて虫こぶをジャンプさせる

*2:昆虫の性決定は一般的にXY型であり,オス殺しを行う共生微生物はオスマーカーとしてY染色体にある父方ゲノムを利用しただろう.最初の対抗はこの不活性化になる.そして,不活性化された遺伝子領域は機能を持たなくなるので,不要になり,Y染色体自体が不要になる.このような不要な領域は精子形成や減数分裂時に削除されやすい.そして最終的に父方ゲノムが完全に取り除かれてオスが単数体になったという仮説

*3:カマバチ科で1種,ハラビロクロバチ科で4種,コマユバチ科で4種,トビコバチ科で23種が知られている

*4:膜翅目以外ではココノオビアルマジロやネジレバネの一種などごく限られているそうだ