Animal Behavior 11th edition Chapter 14 その14

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第14章 ヒトの行動 その14

ヒトの繁殖行動の記述の最後は,極端な配偶者防衛(妻の不貞にかかる夫の暴力)とレイプになる.特にレイプについてはいろいろと議論を巻き起こすところで,社会科学的な説明も含むさまざまな仮説が並べられ,ソーンヒルたちによる進化心理学的な議論とそれに対する解説と丁寧に説明されている.
 

強制されたセックス
  • ほとんどの現代社会では男性は自分の配偶者への性的アクセスを独占しようとする(結婚はこの野望の制度化だ).しかしそれは常に成功するわけではない.完全な性的な自由が規範となっている社会の話を聞いたことがあるかもしれないが,それは外部観察者の誤解に基づくものだ.寝取られ男の父性のリスクは,男性からパートナーに向けた性的暴力の背後にある.一部の社会では寝取られ男が不貞を働いた妻を殺すことが法的に認められている.不貞の疑いをかけられた妻が殺される地域があるというのはヒトの性的コンフリクトの最も醜悪な一面だ.

 

  • もう1つの男性による醜悪な性的行動にレイプあるいは強制された性交がある.これはヒトだけに見られるわけではない.そしてこれまで観察されたすべての社会でレイプが見つかっている.
  • 社会学者や心理学者は長年ヒト社会におけるレイプの進化的基盤に興味を持ってきた.この論争を呼ぶトピックには3つの考え方がある.(1)レイプは男性の力の主張である(威嚇仮説),(2)レイプは男性の繁殖成功のための代替的配偶戦略である(代替配偶仮説),(3)レイプは男性の性的心理の有害な副産物である(副産物仮説)の3つだ.
  • 第1の仮説が至近因を,第2の仮説が究極因を議論していることには注意が必要だ.だからこの3つの仮説は互いに排他的であるとは限らない.

 

  • 著書「Against Our Will」(1975)においてスーザン・ブラウンミラーは威嚇仮説を提唱し,レイピストはすべての女性に恐怖を植え付け,操作するために行動しているのだと主張した.そのオリジナルな理論的体系には,レイピストは処罰のリスクを冒してまですべての男性のために行動しているのだという主張が含まれていた.しかしこの主張にはグループ淘汰の誤りを内包する論理的に問題のある主張だった(グループ淘汰的主張だとしても,ある種の動物のある性の個体が利他的行動に関連するグループを形成するという主張には無理があった).そしてもしその進化産物の機能が「すべての女性を服従させる」ためのものであるなら,レイピストは,女性の伝統的服従的な役割を逸脱するような高齢の地位の高い女性(あるいは権力を熱望している若い女性)を懲罰的に狙うことが予測される.しかしこの予測は支持されない.

 
このブラウンミラーの「レイピストがほかのすべての男性のために利他的に行動している」という主張は,(それが意識的だとしても無意識だとしても)いかにもありそうもない話(特に進化的に見るとありそうもない話)だが,現在のフェミニズムにおいても引き続き信奉されているのだろうか.少し興味深いところだが,その点についての解説は為されていない.
この主張がかなり荒唐無稽だとしても,本書は教科書であり,いたずらにフェミニストを攻撃するものではなく,直後にフォローが入っている.
 

  • そのグループ淘汰的論理が破綻しているとしてもブラウンミラーの主張にも見るべきところはある.ホワイトハウスからその辺の職場まで,我々の社会が権力を持つ男性のセクハラやレイプにあふれている証拠が積み重なっているからだ.

 
ここからソーンヒル仮説が取り上げられる.
 

  • 威嚇仮説の代替仮説として,ランディ・ソーンヒルとナンシー・ソーンヒルはレイプは適応的代替配偶戦略であるという仮説を提唱した.それはメスを納得させる婚姻贈呈を用意できないシリアゲムシのオスが最後の手段として強制交尾に及ぶのと同じだというのだ.この仮説が成り立つためにはレイプ被害者が妊娠することが必要だが,実際にそれは避妊手段のある現代社会でも生じている.そしてレイプの方が妊娠比率が高いことを示唆する証拠もある.進化環境ではレイプは適応度的に有利だったのかもしれない.
  • そしてこの仮説からは(ちょうどショウドウツバメが繁殖価の高いメスをレイプしようとするのと同じく)レイピストは繁殖価の高い若い女性を狙うことが予測される.30万件のデータから見ると襲われる女性の年齢は15歳が最も多かった.ただしこれがどのような理由に基づくものかについては論争が続いている.
  • 威嚇仮説が正しいなら,レイプ被害者と女性の強盗被害者の年齢分布が一致することが予測される.しかしながら犯罪データはこれを支持しない.強盗に遭いさらにレイプされた女性は,強盗だけされた女性に比べて,15歳から30歳であることが多いのだ.

 
これはソーンヒルがパーマーと共著した本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20060805/1154778399

 
同邦書

 

  • これらの知見はレイプが一部の男性の適応度を上げていることを示唆しているが,しかし同時にレイプは全く非適応的だということもあり得る.副産物仮説によると,レイプは,素速い性的興奮,セックス相手の多様性への渇望,感情を伴わないセックスへの興味という男性の性的心理から生じる非適応的な副産物であり,(男性の性的心理自体は適応的だが,それにドライブされて)一部の男性が(非適応的な)レイプを行ってしまうということになる.実際に男性は(その他の動物のオスと同じく)非適応的な性的行動を数多く行っている.例えばマスターベーション,同性愛行為,閉経後や初潮前の女性のレイプなどだ.実際にある狩猟採集社会でのリサーチによるとレイプのコストはメリットを10倍も上回っている(スミスほか2001).
  • 副産物仮説はレイプを駆動する男性の性的心理が平均的にメリットがあれば成り立つ.副産物仮説から生まれるユニークな予測は,レイプを行う男性は同意のあるセックスにおいても高いレベルの性的行動を示すだろうというものだ.これを支持するリサーチもある(パーマー1991,ラリュミレほか1996)が,より多くのデータが必要だ.
  • いずれにしても適応的なアプローチが,テスト可能な新しい予測を生みだすことに注目してほしい.レイプの進化的な考察は確かに論争を呼び込むが,それは批判的に精査可能であり,その結果私たちはより良い理解に進めるだろう.そして理解しようとするだけでなく,どのようにすればそれを防げるかについての新しいアイデアも提出できるようになるだろう.

 
ここでは適応説と副産物説のどちらもありうる(なお決着がついていない)という形で解説されている.いずれにせよ適応的なアプローチは予測を立てて検証することができ,よりレイプを防ぐための効率的な方策をつくるのに役立つことが強調されている.