第15回日本人間行動進化学会(HBESJ SAPPORO 2022)参加日誌 その1

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本年の日本人間行動進化学会の大会は札幌の会場とオンラインのハイブリッド開催となり12月10日,11日の二日間で開催された.冬の札幌で美味しいものを食べ歩くのもありかと思ったが,いろいろあって結局オンライン参加におちついた.
招待講演と口頭発表はプレナリーでオンラインZoom実況,ポスターは会場のポスターとオンラインのポスターに分かれる(オンラインでは発表者から直接説明は聞けないが,掲示板に質問やコメントを書き込める)という形式で行われた.昨年の完全オンラインと比較するとプレナリーの口頭発表セッションが復活したのがうれしい.
ここではSNSでの言及不可マークのない講演について紹介しておこう.
 

第1日目

 

口頭発表 その1

 

離れうることは集まることを助けるか?:閾値型公共財ゲーム実験を通じた検討 森隆太郎

 

  • 協力は役に立つが壊れやすい.これは相手の行動に不確かさがあり,片方で裏切りの誘惑があるからだ.これを乗り越えるには協力のゴールの認識と相手が裏切らないという期待が重要になる.ここでは相手が裏切らないという期待がどう形成されるかを考える.
  • これまではヒューリスティックス(感情),自己投影,規範などで説明されてきたが,これらの説明においては「集団が所与」という前提があった.しかし実際には集団に参加したり離脱したりすることは生じている.ここでは参加・離脱が自由の場合を考察する.
  • 考察するために閾値型の公共財ゲームを用いる.具体的には5人の参加者のうちn人(n=2, 3, 4)が協力すれば見返りがあるという形のゲームを行う.この場合自分以外の何人が協力するかの期待値によって低い場合から裏切り,協力,裏切りが有利になる(協力者が少なくて自分が協力しても閾値を超えない場合は裏切る方がいい,あと1人参加すれば利得があるなら協力した方がいい.自分が参加しなくとも閾値を超えているなら裏切りがいい).ここで離脱自由にして理論的に分析すると,他者についての協力期待値の低い参加者が抜けて,その結果,平均の協力期待値が上昇し,協力が維持されやすくなることが予想される.
  • 実際にそうなるかについて実験を行った.予測通り離脱オプションがある方が協力期待値が上がり,協力が高まった.またアンケート調査も含めて分析したところ,他者についての協力期待値の低い参加者は平均して非協力傾向が強く,その効果もあるようだ.

 
 

贈与関係による社会組織の遷移 板尾健司

 

  • 社会組織には様々な類型があり,ネットワークや階層構造が異なっている.よくある類型の区別は(1)バンド:血縁中心の格差の最小規模集団(2)部族:より大規模な連合(3)首長制:階層性がある,というものだ(この区分ではさらにステートなど複雑な社会組織があるがここではこの3つまでを扱う).
  • この3類型を贈与の観点から考察してみた.
  • 伝統社会の贈与については,与える義務,受け取る義務,返報する義務があるとされ,贈与を受け取って返礼できれば対等の関係になれるが,返礼できなければ従属的になるといわれている.これを所与に贈与の頻度や程度によって社会組織の遷移が説明できるのではないかと考えてモデルを組んだ.
  • (モデルの詳細の説明:各人に財(資産)があり,確率的に贈与を行う.寿命 l(贈与頻度)と返報倍率 r をパラメータとし,手元資産で返報できない場合は負債が発生,資産に応じてこどもを作り,兄弟間は贈与確率が高いなど)
  • シミュレートした結果 l, r が低い場合には格差が小さいバンド的な社会に,中程度で格差が生じ,大きくなると返報しきれなくなり階層制が現れる.
  • 余剰生産物が増えると贈与頻度や返報倍率が上がるとするとミクロなやり取りからマクロな社会遷移が説明できることになる.

 

協力は集団を超え,伝播するか:他集団の成功者模倣に基づく協力の文化進化プロセスの検討 貴堂雄太

 

  • 協力の進化的説明としては,血縁淘汰,直接互恵,間接互恵,グループ淘汰などがある.近時,戦争時におけるグループ淘汰で協力を説明しようという試みもあるが,批判もある.
  • ここでは文化的な模倣による説明を考える.具体的には他集団の成功者の模倣により協力が広がるかを公共財ゲームを用いて実験した.
  • 第1実験:非協力的bot3体(前回の提示額の0.8倍程度しか提供しない)と繰り返し公共財ゲーム対戦させ(当然ながらどんどん非協力的になり利得は下がっていく),それから非実在の協力的グループの成功例を教示し,もう一度3botと対戦する.教示を与えた参加者の方が与えなかった参加者より当初協力的になった(しかし対戦が続くと協力は下がって最終的には同じになる)
  • 第2実験:上記と同じ実験を現実の4参加者で行う.これも第1フェーズでは(先行知見通りに)ラウンドを続けると協力度が下がっていく.第2フェーズで差は出たが全体的には有意差ではなかった.
  • 考察:いずれも最終的には差がなくなるが,初期ラウンドでは差があり,まず自分が相手提示額より大きい額を出して相手の協力を引き出そうと努力していたと解釈できる.
  • これは他集団での成功情報が意思決定に影響を与える可能性を示唆している.

 
やはり口頭発表を聞くのは楽しい.協力を公共財ゲームで調べる発表が2つあって,それぞれ視点が異なっていて面白い.離脱オプションがある場合,より悲観的なヒトや非協力的な人が去っていくので残ったメンバーの協力期待値が上がるという視点は新鮮で面白かった.
贈与と社会組織の発表はモデルの詳細がよく分からず理解しにくい部分*1もあるが,行動生態学や進化心理学とは全く異なる視点からのもので聴いていて新鮮だった.

*1:例えば贈与してお返しを受けたら資産はどうなるのだろうか.もし宴会などの顕示的消費だったら贈与とお返しにより資産はどんどん減っていくはずで贈与を避けるのが適応的になりそうな気がする.