第15回日本人間行動進化学会(HBESJ SAPPORO 2022)参加日誌 その2

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第1日目 その2

 

口頭発表 その2

 

道徳性の進化要因と機能とは?:進化的暴露論証の基底の検証 内藤淳

 

  • 今回は倫理学的な議論を提示したい.
  • ムーアは自然主義的誤謬という概念を提示し,進化論は倫理学に対していうべきことを持たないと主張した.しかしその後ムーアが見落としていたメタ倫理学的視点から進化心理学を利用した「進化的暴露論証」が提示されるようになった.
  • 道徳実在主義ではヒトの心の外側に客観的な善悪があると主張する.しかし進化心理学的にはヒトの心は進化適応の産物で客観的善悪はないと主張される(進化的暴露論証).
  • これに対して道徳実在主義をとる哲学者たちは様々に批判してきた.批判にはいろいろなものがあるが,今日はその中でも経験的な議論を採り上げる.それは進化的に議論される「利他性」は「意欲」だが,道徳的な善悪はべし・べからずという「評価」であって異なるというものだ.
  • 暴露論証をとるマイケル・ルースは,確かに適応的利益を得るために利他性などが生じる,しかし実際の行動決定は柔軟で,その中で方針をガイドするために「すべし」が現れるのだと議論した.ストリートたちはこの議論を進め,道徳感覚は個別の判断に方向を与えるための適応産物だ(だから客観的な善悪はない)と主張した.
  • 実在論者たちは,これに対して,それなら意欲だけでいいのではないか,行動のガイドなら食欲や性欲と同じ感覚でいいはずではないかと反論した.
  • 暴露論証側からはジョイスが反論している.彼は,道徳感覚はいったん利己的に傾いた決定を(最終的にメリットのある)利他的な決定に変更するシステムとして進化したのであり,そのためには規範的なものに意味がある,「したい」とは別の角度から動機をつくり自信を持って行動できるものだと主張した.しかしこの反論は不十分だ.あとから変更するにしても同じ「したい」意欲システムでできないとは思えないし,理由(やせた方が良い)があっても食欲が弱くなるわけではないということもある.
  • これをもって一部の実在論者は道徳は進化では説明できないと勢いづいているが,暴露論証側には別の道がある.
  • デシオリとクルツバンは道徳感情を非難に対する自己防衛モデルで説明した.(同じ社会の)他人からの非難は不適応的な結果をもたらしうるので,それを回避できることは適応的になる.こう考えれば道徳が規範的であること,他者に対しても適用すること,他者視点からの調整があることが説明できる.これは道徳のダイナミックコーディネーション理論であるとも言える.
  • また別の議論としてボームの考え方がある.アルファオスの暴虐に対する集団的罰が進化し,それを回避するために自己抑制が重要だというもので,これは社会選択的な道徳進化の道筋ということになる.
  • これらを考慮し,私はここで暴露論証のバージョンアップを提言する.道徳は利他行動促進のためのメカニズムではなく,他者からの非難によるデメリットを回避するための適応と捉え,反実在論を堅持する.こうすれば適応的説明を維持し,道徳の多様性を説明しやすいと考える.

 
内藤は法哲学者で,進化心理学に関連するトピックを(中の人の視点ではなく)外側から見る視点で発表してくれるので新鮮だ.今回は,道徳実在論者に対抗するには道徳の規範性について.「有益な利他行動を行うための適応」ではなく,「他者からの非難を回避するための利己的な適応」と位置づけた方がよいというもの.それはそうかもしれないが,そもそもEOウィルソンの「シロアリの道徳」ですでに実在論には引導を渡せているのではという気もする.


招待講演

 

ヒトのライフヒストリーと成長・行動:狩猟採集民のこどもの生活世界 山内太郎

 

  • 私は保健学をやってきた.ヒトのライフヒストリー,成長,行動に興味があり,アフリカのピグミー系狩猟採集民を対象に長年フィールドリサーチを行っている.
  • リサーチテーマとしては「人類進化を環境適応の視点から考える,特にWASH(水,トイレ,衛生)に注目し,地域地域のサニテーションを考察検討する」というものになる.
  • 純粋の狩猟採集民にはトイレはない.基本的に野外排泄になる.では,いつどのようにトイレはできたのか.これは定住と人口密度(定住して人口密度が高いと排泄場所を固定する方がメリットが大きい)から説明される.このあたりを是非一緒に研究しましょう

 

 

  • 今日説明するのはカメルーンのピグミー系狩猟採集民.そのなかでもBAKA族になる.ここで狩猟採集民の育児協同,こどもの活動を調べた話をしたい.
  • ヒトの生活史を成長の面から見た場合,乳児,幼児,学童児,思春期,成人と分けることが多い(幼児と学童児をあわせて子供期と扱うこともある).そして成長の面から見たヒトの生活史の特徴は長い子供期と思春期スパートになる.子供期には脳を優先的に成長させて身体の成長を抑えている.これは食物をめぐる成人との競争を避ける効果もあり,学習期間の延長を可能にしている.思春期には急激に身体が成長し,心と身体のアンバランス,自我の確率,葛藤,創造性の亢進などの現象が見られる.
  • カメルーンにはピグミー系狩猟採集民がいくつかの部族に分かれて暮らしている.BAKAのほか,MBUTI,EFE,AKA族が知られている.第二次世界大戦前には狩猟採集生活を送っていたが,1950年代から定住化政策が行われ,現在は基本的には村で暮らすが,短期/長期(1日〜1年以上)に森に入るという暮らしぶりだ.
  • 育児協同:狩猟採集民は育児協同を行う.これを定量的に調べてみた(詳細の説明あり:対象幼児5人,育児者57人,3日間1日9時間30秒ごとに行動観察).父母のほかには(兄弟を含む)こどもの役割がかなり大きい.また育児と生業の間にはトレードオフがあり,これが父母間の役割分業につながっている.
  • 成長に伴う行動変容:次に成長に伴う行動変容(特に思春期前後の違い)を調べた(詳細の説明あり:加速度計とGPSでログをとる).男子も女子も1日 25,000歩近く歩いている(先進国の推奨値は10,000〜13,000歩).成長に伴い森や他村へ行くことが増える.男子の方がより森に入るという性差も現れる.
  • 子どもの狩猟採集活動:従来,狩猟採集民の子どもが森に入っていても単なる遊びだと捉えられていて彼らのエネルギー貢献は測られていなかった.人口の半分を占める子どもが本当に大人に完全に依存しているのかを調べてみた.狩猟採集にかけた時間と栄養(エネルギー,タンパク)を評価した(詳細の説明あり:22日間,子どもは延べ410人日,大人は延べ156人日の調査).男子は釣りやネズミ取り,女子は掻い出し漁を行って魚やネズミを捕っていた.彼ら単独で必要エネルギーの1/3,大人と協同して1/5の貢献があった.子供たちは魚やネズミを持ち帰らずその場で食べてしまうので,これまでのリサーチでは見過ごされていたと思われる.

 
フィールドワークの報告は楽しい.子供たちが魚やネズミを捕っているというのは,考えてみればそりゃ子どもにしてみたら捕れるなら捕って食べようとするだろうなということだろうか.
  
初日のプレナリーはここで終了となる.