War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その81

 
ターチンは14世紀末から15世紀前半のフランスの第二の崩壊過とそこからの回復過程を眺め,回復過程が英仏両国で異なったことを解説してきた.そしてここからこの回復過程で両国にセキュラーサイクルの波の位相ズレが生じたが,位相がズレたまま似たような経緯となったのは,この過程が気候などの外的要因だけによるのではなく内的な力にもよることをしめしていると論じた.そして最後のまとめにはいる.
 
  

第9章 ルネサンスについての新しいアイデア:なぜヒトの抗争は森林火災や疫病に似るのか その11

 

  • 我々はここまでの歴史で,強い帝国を作り上げる安定と内的平和が混乱の種を生むということを見てきた.安定と内的平和は繁栄をもたらし,繁栄は人口増加をもたらす.それは人口過剰を招き,人口過剰は低賃金,高地代,平民の1人あたり収入の減少を引き起こす.
  • その初期段階では低賃金と高地代が上流階級にとてつもない富をもたらす.しかしそれは上流階級の人口増加を生み出し,一段と上昇した消費水準と収入減少に悩むことになる.生活水準の切り詰めは不満と闘争をもたらす.エリートは雇用と追加収入を国家に頼り,国家財政はそれによる財政支出増加と人口減少による税収減少により悪化する.国家財政が破綻するとそれは軍隊と警察の制御を失う.すべての束縛から解き放たれた上流階級の闘争はエスカレートして内乱に至り,平民層の不満は反乱を引き起こす.

 

  • 秩序の崩壊は黙示録の四騎士を呼び起こす.すなわち飢饉,戦争,疫病,死だ.人口は減少し,賃金は跳ね上がり,地代は下がる.平民の収入は回復するが,上流階級の状態は最低になる.エリートの経済的苦境と政府の機能不全は内乱を煽り続ける.
  • しかし内乱はエリート層の人口を削っていく.一部は戦死し,一部は家系間の争いで命を落とし,一部は経済的に貴族層から脱落していく.エリート間闘争は徐々に収まり,秩序が回復していく.安定とネイ的平和がもたらされ,繁栄し,次のセキュラーサイクルが始まる:「平和は戦争を生み,戦争は平和を生む」のだ.

 

  • つまり帝国は,内的な力により,ほぼ百年ぐらいの結合フェーズと解体フェーズを行き来する.もちろんこれは外部要因が重要でないことを意味しない.外的要因は,セキュラーサイクルを生じさせるわけではないが,それに影響を与えるのだ.
  • 例えば,人口が農地が支えられる上限に達していたとしよう.ここで気候の寒冷化が生じれば,社会は持続不可能となる境界を越えることになる.そして見てきたように平民人口が減少し,人口階級バランスが崩れ,社会が不安定化する.もし気候が変化しなければ,社会はもう少し長く安定していただろう(もちろん永遠に延期することはできない).
  • この理論的な例において,不安定期は,やはり内的な力により引き起こされるものだが,そのタイミングには外的要因が影響していることになる.
  • 寒冷化がもう少し早ければ,食料需給がひっ迫するが,なお未開拓農地があり,そこで追加の食料が得られて,人口増加率が下がる中で社会は持ちこたえるだろう.だから寒冷化は崩壊をもたらすかもしれないし,もたらさないかもしれないのだ.それはセキュラーサイクルのどのステージで生じたかに依存する.これが気候変動と社会の崩壊の間に強い相関が観察できない理由だ.

 

  • 他の外部要因も危機の開始を早めたり遅らせたりできる.国家は世界から切り離されて存在しているわけではない.周りには潜在的な敵や征服可能な相手がいる.対外戦争はセキュラーサイクルに大きな影響を与えうる.私たちは1453年の戦争の帰結が英国の崩壊を先延ばしにしたのを見た.領土征服は崩壊を大きく先延ばしにできる.
  • ロマノフ王朝のもと,ロシアはその領土を大きく拡大させた.新しい征服地は人口過疎のステップ地帯であり,大規模に植民を受け入れ可能であり,コア地域の人口過剰圧力を大きく減じた.上流階級は征服地に新たな領土を得て利益を得た.上流階級人口も増大したが,そのペースは平民のそれより小さかった.その結果17~18世紀を通じてロシアの支配階層は人口比で非常に小さいまま(人口の1%程度)だった.これがロシアが非常に長く(200年もの間)内的平和を維持できた理由だ.もちろん時には農民反乱もあったし,エリートの争いもあったが,ロマノフ朝以前のような混乱からはほど遠かった.そして征服地の拡大が停止した19世紀になって,人口過剰と混乱のセキュラーサイクルが再開したのだ.そしてその結果がロシア革命からスターリン粛清までの混乱の時代になる.

 

  • サイクルが王朝システムの中で生成される時,私たちは非常に規則正しいサイクルが観察できると期待すべきではない.それは天候や森林火災の予測が難しいのと同じ理由による.第1にそれはカオス系と呼ばれる予測困難な非線形システムだからであり,第2に,そしてより重要な理由として,社会はクローズシステムではないからだということだ.それは多様な外部要因,例えば気候変動,疫病,外敵の侵入などに影響される.その結果一部のサイクルは引き伸ばされ,別の一部のサイクルは速く進む.時にサイクルが完全に停止することもありうる.例えばチンギスカン,あるいはティムールが襲来し,貴族と平民をほとんど血祭りに上げたらそうなるだろう.

 
人口過剰圧力がセキュラーサイクルの基本的な力であり,平民と貴族があるとその波の波長が延びるというのはなかなか興味深い主張だ.そして取り上げられた例については説得力もある.ただ読者としてはこれまでの章で,繁栄が安逸につながりアサビーヤが失われて崩壊につながるというサイクルが延々と説明されてきたのに,ここでマルサス的な人口過剰圧力の説明が突然現れることに戸惑いを覚えざるを得ない.ではこれまで説明してきたローマ帝国.カロリング朝,メロビング朝,イスラムやその他の事例で人口的な要因はなかったのか,それともデータが得られないなどの理由で言及しなかったということなのか.おそらく後者なのだろう(そして安逸とアサビーヤはより短い父と子のサイクルの主因で,人口要因がより長いセキュラーサイクルの主因ということなのだろう)が,その辺りの説明がないので,読んでいて少しわかりにくい印象だ.なおローマ帝国のセキュラーサイクルの全貌に関してはローマ帝国の衰亡を議論する第11章で説明がある.