本書は動物行動学者アシュリー・ウォードによる動物の社会生活に焦点をおいた一般向けの科学書である.ウォードは社会性動物のコミュニケーションの専門家(感覚生態学と呼ばれることもあるようだ).かなり思わせぶりな邦題だが,原題は非常にシンプルな「The Social Lives of Animals」だ.
はじめに
冒頭で有名なチスイコウモリの獲得した血を同種個体に分け与える協力行動のエピソードを紹介し,本書のフォーカスが集団を形成する社会的動物の相互作用にあること,そしてその重要性はヒトにおいても同じであることが述べられている.
第1章 氷と嵐の世界に棲む謎の生物
第1章のテーマは集団性.冒頭で登場するのはナンキョクオキアミ.生物の社会性を解説する本としてはかなり意表を突く動物からのスタートになる.彼らが強い集合性の動物であり,意外なほど素早く捕食回避すること,オキアミ,クジラ,その糞を栄養分にする植物プランクトンと生態系の中で支え合っていること,植物プランクトンが取り込んだ二酸化炭素を海底に運ぶ役割を果たしていること,オキアミ漁業が成り立たないのは食べても全く美味しくないことだけではなく大量捕獲が困難なためであること,研究のためのオキアミ飼育の難しさ,興味深い生活史*1が語られている.
オキアミに続いては,サバクトビバッタ(群生相への相転換,集団で一方向の移動するのは仲間から共食いされるのを避けるためとして説明できるなど),ゴキブリ(その多くは集団生活を行い,自グループメンバーと他グループメンバー,血縁個体と非血縁個体を区別できるなど)についても語られている.
第2章 シロアリはコロニーを守るために自爆する
第2章のテーマは真社会性昆虫.
まずマルハナバチの生活史が紹介され,そこから様々なハナバチの単独性から真社会性までの生活史戦略の多様性が解説される.続いてミツバチが登場,蜂蜜の抗菌性,コロニーの構成,コロニーを守るための捨て身の攻撃,ポリシング,ハチのダンス,世代交代と巣別れが解説される.次はシロアリ.生活史,コロニー構成,アリとの戦争,巣の構造と自己組織化,菌類の利用が解説される.
最後は真打ちのアリ.まずグンタイアリの生態と生活史が詳しく語られ,そこからアリ一般に話が広がる.フェロモンを使った巡回セールスマン問題への対処,好蟻性生物,サムライアリの他種のアリを奴隷にする生態,アブラムシの酪農などが解説されている.
第3章 イトヨが決断するとき
第3章のテーマは群れの形成と群れの意思決定.魚編
自らのイトヨとの思い出に触れ,イトヨが自分と似た匂いの個体とともに行動したがる傾向があることに触れたあと魚類の群れの話が詳しく解説される.群れの中でぶつからないで動くために個体がとっているルール,群れのメリットとしての捕食者混乱効果,似たような個体が群れになり足並み揃えて動くことの重要性(目立った個体は捕食者に狙われやすい),群れの中での捕食者情報拡散の仕組み(捕食者を見つけた個体の急激な反応とその真似),採食場所決定の仕組み(群れの中の一定比率(例えば5%)の個体の動きが揃うことがトリガーとなる),群れの構成個体数が多いほど意思決定能力が高まる効果,メリットが大きいので魚類の群れをつくろうとする行動傾向は根深いが,人間の漁業には対抗できないこと*2,群れをつくる行動傾向の遺伝率(40%)*3,群れの中の偵察の役割と性淘汰などの話が語られる.
ここで著者のサンゴ礁の思い出に触れ,アジサシ,ダムゼルフィッシュの群れの話になり,さらにピラニア,バショウカジキの群れによる捕食行動,イワシ群れの防衛行動が説明されている.
第4章 渡り鳥は「群集の叡智」を学ぶ
第4章のテーマは前章に引き続き,群れの形成と群れの意思決定,こんどは鳥編になる.
まず有名なムクドリ*4のアクロバティックな群舞に触れ,これは各個体が周囲の7羽の動きに反応することで可能になることをまず紹介する.そして鳥の群れの種類(ムクドリのようなクラスターブロックと,大型の渡り鳥に見られるV字隊形),V字隊形の航空力学上の利点と交代による負担平等化*5,渡り鳥研究の歴史(渡りが認められたのはわずか200年前),渡りの経路決め意思決定(群れ各個体判断の平均化仮説とその検証),鳥の社会的学習と文化,有名なアオガラの牛乳瓶蓋明け行動,シジュウカラの冬眠明けのコウモリの脳を食べる行動,カレドニアガラスの道具作り(ヒト以外の動物における累積的文化進化の唯一の例とされている),海鳥の繁殖地のコロニー形成,海鳥の群れと情報センター仮説,ハタオリドリのコロニーの巨大な巣,集団のねぐら,コウテイペンギンのハドル,ヘルパー,順位制,ワタリガラスやマツカケスの複雑な社会(見張り番,共同の託児所,仲間の認識,複雑な鳴き声)などが次々に語られている.
第5章 ネズミ,都市の嫌われ者が私たちに生き方を教えてくれる
第5章ではネズミの社会が取り上げられる.
最初にドブネズミが取り上げられ,人為環境がドブネズミにとって生きやすい環境だったために大繁栄して世界中に拡散していること,生存の基本はコロニーにあるが,採餌行動は単独であること,様々な環境で様々な採餌行動をみせること*6,社会学習をすること,密度が高すぎると社会構造が崩壊すること,かなり洗練された互恵利他的な協力的行動をみせること,幼少期の体験が行動傾向に大きな影響を与えること,恐怖などの感情が伝染すること,それを社会的緩衝作用(仲間が近くにいると感情が穏やかになる効果)で抑える仕組みがあること,困難にある仲間を助ける傾向があること,ストレスの悪影響などが説明される.
続いてハダカデバネズミが登場し,長寿,ガンへの耐性,真社会性,糞食.コロニーからの分散の様子などが語られている.
第6章 家族の死を悼むゾウ
第6章では大型家畜(特にウシ)とゾウの社会が取り上げられる.
まず家畜.家畜化された哺乳類はすべて群れをつくる社会性動物である*7こと,全世界のウシの大多数の祖先は肥沃な三日月地帯にいた80頭のオーロックスにまで遡れるだろうこと,オーロックスは強く危険な動物で育種には長い時間を要しただろうこと,ウシとブタは野生種に比べて脳の相対重量が下がっている*8が,ヤギとヒツジにはその傾向がないこと,ウシやヒツジは顔写真で個体識別できること,(社会性なのに)表情に乏しいように感じられるのは捕食リスクが高いためであろうこと*9,ウシは(自由にさせれば)群れを作る動物で,その中心は母と子の絆であることが解説される.
続いてゾウが登場.アフリカゾウが牙のための密猟に加えて農作物を荒らすために農民から敵視されることで追いつめられていること,とても鋭い嗅覚,群れの仲間との密接な絆,可聴下音(20Hz未満の低音)で10キロ以上離れた仲間とコミュニケートできること.通常の群れのリーダーは年長のメス(マトリアーチ)であり,群れの存続にとって非常に重要であること,これとは別にオスのみの群れがあり.社会構造がかなり異なること,群れの仲間を助けようとする強い行動傾向があること,仲間の死体に対して特別な反応を見せることなどが語られている.
第7章 ライオン,オオカミ,ハイエナが生き延びるための策
第7章では社会性の肉食獣である,ライオン,ハイエナ,オオカミの社会がテーマになる.
まずライオンが取り上げられる.アフリカにおけるライオンの個体数の減少に触れたあと,群れ(プライド)の構造(血縁の絆の強いメスのグループと規模の小さいオスのグループの連合体),たてがみの意味(強さを示すシグナル*10),オスグループ同士の抗争の様相と子殺し,集団で行う狩りの様相(オスも狩りをすることが説明されている)が解説される.
次にハイエナが登場.ボーンクラッシャーであること,30頭ぐらいの群れ(クラン)をつくり,メス優位であること(メスの偽陰茎についても群れの中の相互作用における役割について解説がある),匂いによる血縁認識能力,群れ同士のナワバリをめぐる抗争,腐肉も食べるが基本的にハンターであること,ライオンとの力関係,集団による狩りの様相,群れ内の相互作用と協力課題をこなす能力などが解説される.
最後はオオカミ.分類の問題*11,群れ(パック)の構造,群れ同士の抗争の様相,イヌの起源とベリャーエフのキツネ実験などが語られている.
第8章 クジラ.イルカ,シャチ,最も謎めいた動物
第8章のテーマは海洋哺乳類の社会.
最初はマッコウクジラ.ホエールウォッチングの経験,ハンドウイルカとの異種混合集団,潜水能力,マッコウクジラの狩り(どのようにダイオウイカを狩るのかはよくわかっていない),会話と個体間の関係,群れ(クラン)の構造,水中での哺乳の様相,シャチによる攻撃と防衛,防衛時に見られる利他的な行動(母子が攻撃されている時に大きなオスが防護壁の役を果たすことがある.また警戒信号を聞いたマッコウクジラがその海域に集まって大きな群れを形成して共同防衛することもある)などが語られる.
次はシャチ.分類問題 *12,様々なエコタイプ(エサの種類,定住か遊動かなど)とそれぞれのエコタイプの群れによる狩りの様相*13,繁殖相手は同じエコタイプに限られること,遊動シャチ,定住シャチのそれぞれの群れ(ポッド)の構造*14,閉経の存在,定住シャチの獲物の群れ内での分けあいなどが解説される.
続いてハンドウイルカ*15.意識の有無の議論とミラーテスト,個体識別能力,レイプ*16の際のオス同士の協力行動,複雑なコミュニケーション(泳ぎ同期のための信号,個体識別のための信号(シグネチャー・ホイッスル),子イルカに対する母イルカの叱責など),狩りの文化などが語られる.
最後はザトウクジラ.有名なザトウクジラの歌,集団による狩り,シャチからの防衛などが語られている.
第9章 類人猿の戦争と平和
第9章のテーマは霊長類.
冒頭ではベルベットモンキーとチャクマヒヒが紹介され,有名なベルベットモンキーの捕食者別の警戒コールが取り上げられる.そして警戒コールの発声個体の進化的利益*17を解説し,カプチンモンキーの偽の警戒コールを取り上げてから騙しの問題*18を解説し,カプチンモンキーの有名な実験を不公正への怒りと解釈できるというスタンスから説明している.
ここから霊長類の社会が取り上げられる.ここではヒヒの社会の様相*19,チンパンジーの社会*20,ボノボの社会*21が詳しく説明されている.
最後にチンパンジーとボノボの社会の知見がヒトの理解に何を示唆するのかが解説されている.それぞれの種の社会や社会的認知の特徴がそれぞれヒトとどう似ているか,どう異なるかが解説され,行動が環境によって大きく異なること(条件付き戦略)を最後に強調するという趣旨になっている.
エピローグ
ヒトも社会的生物であることがまず指摘されて,そして動物が集団で生きることの効用(捕食リスクの低減,情報など)と集団で生きるようになるとその行動や認知もそれに合わせて進化すること,行動や性質の変化は至近的にはホルモンが関与すること,動物のコミュニケーションの様々な事例,脳の大きさと社会性を語り,ヒトの重要な特徴の多くは集団で生きることと関係しているだろうと述べて本書を終えている.
以上が本書の内容になる.ナンキョクオキアミで読者の興味をぐっと惹きつけてから,様々な動物の社会,個体間の相互作用,シグナルが解説されている.どこかで聞いたような有名な話が多いが,著者の記述の焦点が社会的な関係を成りたたせている相互作用やシグナルにあるので,(行動生態的な話を読むことが多い私としては)ところどころ興味深く,楽しかった.
関連書籍
原書
*1:メスは産卵時に深海に移動し,そこに卵を落とす.孵ったノープリアス幼生は1ヶ月ほど何も食べずに成長し,海面へと何千メートルも上昇する.そのころ南極海は冬になっており,海氷の裏側の藻類を食べて成長する.大人になるまで2年かかり,寿命は6年ほどだそうだ
*2:タイセイヨウダラの過剰捕獲が例に上げられている
*3:グッピーが捕食者の多い環境から少ない環境に移されて行動変容が見られるまで30~50世代かかったことが説明されている
*4:ここではイラストも含めてムクドリと紹介されている.マルハナバチやイトヨの用法と同じで,それでいいということかもしれないが,鳥好きとしては(少なくともイラストは)ホシムクドリと表記してほしかったところだ
*5:交代を拒否するフリーライダー的行動がなぜ進化しないのかの説明がないのは少し残念
*6:川床に潜って二枚貝を食べる,魚の孵卵場で魚卵を食べるなど
*7:著者がネコについてどう考えているのかは明らかではない
*8:飼育環境が単調であることが影響している可能性もあるが,どちらかといえば肉の重量が増えた影響の方が大きいのではないかとコメントされている
*9:表情豊かだと何らかの弱さのシグナルになりかねず,捕食者に狙われてしまう可能性があるとコメントされている
*10:それがハンディキャップシグナルになっていることについては残念ながら触れられていない
*11:現存するオオカミは,アメリカアカオオカミ,エチオピアオオカミ,ハイイロオオカミの3種だが,ハイイロオオカミには多数の亜種があり,交雑し,様々な呼び名がある
*12:いくつもの亜種があるとされ,それとは別に様々なエコタイプがあるとされる
*13:エイ,ホホジロザメ,アザラシ,ヒゲクジラの様々な狩り方が紹介されている
*14:定住シャチの群れの方が大きく,哺乳類より魚を狙うので,高度な協力がそれほど必要ではない
*15:本書ではバンドウイルカと表記されている
*16:本書では「攻撃的な性行動」と表記されている
*17:襲撃リスク自体の減少,集団をパニックに陥らせて自分が逃げられる可能性を上げる,性的魅力アピールなどが上げられている
*18:ヒヒ,チンパンジー,ゴリラの騙しと解釈できる観察例が紹介されている
*19:複数の母系家族の共存,オスの激しい順位争い(暴力と性,子殺し),ストレスとグルーミング,母から受け継がれるメスの順位,集団防衛,血縁認識などが解説されている
*20:グドールの功績,ナワバリの重要さとグループ間のオスの殺し合い,仲直り,オスの競争と戦略(権謀術数,政権交代),グルーミングによる外交,集団による狩り,槍を作ったとされる事例,肉の通貨性,シロアリ釣りの技術と文化,グループ内のメス個体間の微妙な関係,メスによるオスの選り好みの高度なゲーム性,高位個体のインフルエンサー性,裏切りへの罰,死者への悼みが見られることなどが解説されている
*21:チンパンジーとの分岐,(チンパンジーと比較して)活発な性行動と低い暴力性,オス優位ではなく共優位性の社会であること(メスが支配的であるわけでもないと説明されている),近隣グループとの関係がより平和的であることなどが解説されている