War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その84

 
ターチンは格差拡大,マタイ原理の原因について単純化したモデルを提示した.ここでは一旦単純化モデルの知見をまとめている.そして続いて富者と貧者の間に広大なギャップが生じる現象の説明に進む.
 

第10章 マタイ原理 なぜ豊かなものはより豊かになり,貧しきものはより貧しくなるのか その3

 

  • 完全な平等社会からモデルをはじめても,相続により1世代で不平等が生まれる.これを止めるには,私有財産を禁止するか,相続を禁止するしかない.よりマイルドに不平等の拡大をチェックする方法としては,相続に対して強い累進課税を行うという方法がある.これは一種の再配分政策ということになる.
  • そして子供の数の不均衡は不平等を生む1つのメカニズムに過ぎない.それ以外にも,ハードワークするかどうか,賢いかどうか,幸運かどうかの不均衡が不平等を作り出す.そして相続がそれを世代を超えて伝えるのだ.

 
つまり単純なモデルでも貧富の差は生じるということになる.しかしこのモデルでは貧富の差はランダムな要因による拡散という過程によるので,貧富の分布は正規分布のような一山型になるだろう.しかしターチンとしてはさらに富者と貧者の間にギャップがあるような二山型の分布を説明したいらしい.そこでモデルに最低消費水準という要因を入れ込むことになる.
 

  • この私の単純モデルのメカニズムは,それだけで富者と貧者の間に広大なギャップを作るわけではない.しかしながら土地が希少材になると,別のプロセスが働き出す.ヒトは生きるために最低限の消費を行う必要がある.食べていくための収入を得られないほどの土地しかない者は,最低限の食料を得るためにその土地を手放さざるを得なくなリ,より貧しくなる.逆に必要な量を超える収入がある者は,より土地を買い集めることができる.つまりマタイ効果はヒトが必ず最低水準の消費を行う必要があることから生まれるのだ.この閾値を超える収入を得られる資産を持つ者はますます富み,この閾値を下回る収入しか得られない程の資産しか持たない者はますます貧しくなる.そして最終的に人口は極く一部の極端な富者と人口のほとんどを占める貧者に分割される.

 
最低消費水準という要因を入れ込むと,それ以上の収入があるとより収入を増やす方向に,それ以下の収入だとより収入を減らす方向に拡散過程が偏向する,つまりポジティブフィードバックが働くということになる.
 

  • 私は(いろいろな相続ルールやその他の条件を変えた)様々なバージョンのモデルを走らせてみた.その結果モデルにおいてどのように格差が生まれるのかは理解できた.では,それはどの程度現実を表しているのだろうか.歴史家が中世英国について深く調べてくれたおかげで,それを検証するための情報を得ることができる.

 
ここでようやく歴史家らしい分析に進むことになる.中世英国の情報源については以下が挙げられている.

   

   
 
 
 
 
 
 

 

  • ここでは仮想的な2つの家族(アトウッド家とハーコム家と呼ぶ)の13世紀後半の3代にわたる軌跡をシミュレートしてみよう.この家族の存在は仮想的だが,様々な経済条件は歴史データを反映している.両家とも初期条件として30エーカーの土地を持っているとしよう.そしてアトウッドには常に2人の相続人がいて,ハーコムには1人しかいないとする.
  • 13世紀後半のどこかでアトウッドの2代目(ジャックの祖父)は15エーカーの土地を相続する.歴史データによるとこれは教会や領主や国王に税を払ったのちに家族を食わせるにはかつかつの広さだ.不作の年には借金もするが,豊作の時にそれを返すことができる.祖父の死後,ジャックの父と伯父は7.5エーカーの土地を相続する.7.5エーカーの土地から上がる穀物収入だけでは食っていけないので,ジャックの父は豚を育て,母は機織りをして追加収入を得ようとする.何とかうまく回る年もあるが,不作の時には借金に頼ることになる.
  • 貸してくれる相手はハーコム家しかいない.アトウッドは土地を担保にする.そしてアトウッドがどんなに頑張っても借金は膨れていく一方になる.ジャックの父が死んだ時,領主は相続上納物として耕作に不可欠な牛を取り上げ,教会はブタを取り上げる.ハーコム家は担保の土地を差し押さえて借金を回収する.ジャックと弟には小さな家と小さな菜園しか残らない.食っていくにはハーコム家のような土地持ちに雇われるしかないが,競争が厳しく,雇われるのも容易ではない.
  • ハーコムの2代目(マシューの祖父)は30エーカーそのまま相続する.この広さの土地は通常年でも余剰収入をもたらし,売りに出た土地を購入することができる.マシューの父は35エーカーを相続し,ジャックの父に金を貸す.マシューの父の代に土地は40エーカーに増える.マシューはそのすべてを相続し,富裕な家から嫁を取り持参金として得た土地をあわせて50エーカーの土地持ちになる.
  • 14世紀の初めに村には余剰労働力があり,マシューは安い賃金で労働者を雇うことができる.穀物価格は上昇を続けており,マシューは土地から大きな利益を得ることができた.そして儲けでさらに土地を買い,でかい家を建て,豪勢な暮らしをする.アトウッドとハーコムは同じ出発点からスタートしたが,わずか3世代で彼らの階級は異なってしまったのだ.
  • ジャックは村の外でも雇用先を探す.それは当時の田舎で何十万人もが行っていたことだ.13世紀中にロンドンの人口は3万から8万に増加した.手に職を持たない彼らは安く短期の雇用にしかありつけず,稼いだ金で食っていくのがやっとだった.家族を持つことなど思いもよらぬことだった.
  • 手に職を持っていれば非熟練労働者の3倍程度の賃金を稼げた.この場合結婚して家庭を持つことが可能だったが,衛生状態は悪く,子供の死亡率は高かった.

歴史データを組み込んだシミュレーションで,結果も印象的ということだが,しかし最初の前提「アトウッドには常に2人の相続人がいて,ハーコムには1人しかいない」というのはめちゃくちゃに強い偏向を生む(そして2家族だけならまだしも大きな規模でこうなることは実際にはありえない)前提で,これではせっかくの歴史データも形なしではないかというのが私の感想だ.