「Breaking the Spell」


Breaking the Spell: Religion as a Natural Phenomenon

Breaking the Spell: Religion as a Natural Phenomenon



進化生物学に深い造詣をもつ哲学者デネットによる宗教についての議論が収められている.デネットの立場は,神が実在するかどうかという問題はここでは議論しないというものだ.宗教は一体どうしてここにあるのか,我々はそれとどう向かい合うべきかについての議論をしようという試みとなっている.題名のBreaking the Spellというのは掛けられた呪文(宗教のことを指している)を破ることという意味である.これについては本書の中で音楽会の中で鳴る携帯電話が例にとられている.呪文破りは気持ちよく呪文に浸っている人をじゃまする行為かもしれない,しかし9.11以後の現代において宗教の問題をもう一度しっかり議論すべきだという著者の思いが込められている.


本書ではきわめて詳細にいろいろなことが議論される.その議論は哲学者らしくいずれも深い.最初の宗教の定義が細かいのはお約束としても,宗教の呪文の二重性,科学の領域とそれに宗教自体が含まれるかどうか,知識の増大がコストになりうる可能性,ある特徴により誰が利益を得ているのかについての鋭い追求と副産物説のカテゴリーわけ,志向姿勢とハイパーアクティブエージェント探知装置,プラセボ効果と催眠感受性,健康保険としての初期宗教,複製効率を高めるための不可解性,音楽と宗教の比較,宗教の防御性と神秘,異端と管理責任,ミームアメリカの宗教市場,強制と死後の報酬,防御システムとしての信仰の信仰,神の実在と神の概念の実在,思考の分業,宗教のデザインフィーチャー,報酬と罰システムと真の善,アカデミックな煙幕,他者の宗教に対する態度と偽善,精神性と善の連想の根拠など並べるだけでもきらめく議論が延々と連なっている.


そして,それを通奏するメッセージは,乱暴にくくると以下のようなものだ.第一に科学は宗教自体を調べることができるし,これだけ掛け金が上がった今,リサーチをためらうべきではないということ,そして第二に宗教とは何か,そして宗教はなぜそれが持つ特徴を持っているのかはダーウィニアン的に説明できる.それは我々の進化した脳にフィットした形で始まったミームが進化し,そして管理者を持って繁栄しているのだ.だから(ミームミーム利己的であるにすぎないから)宗教は我々人類に善をなしているかどうかは明らかではない.リサーチが必要なのだ.第三に信仰の信仰などの特徴はミームたる宗教の防衛的反応であり,それを絶対視しない方がよいし,なにかが神聖であるという価値観は紛争のもとであり注意すべきだ.さらに我々が通常宗教に対してとっている態度は偽善だ.第四に宗教勧誘についてはすべての情報を開示すべきだ.特に子供についてはそうだ.


これは哲学者としての議論を踏み越えた部分もあるだろうが,デネットの熱い思いがこもっておりなかなか迫力のある本に仕上がっている.宗教の特徴についてはミーム的にとらえると最もよく理解できるし,そのような視点に立てば宗教に対してどう対処するかもある程度客観的に論じられるのではないかと感じられる.それにしてもアメリカの現状と本書のような本が執筆,出版されるという事情を背景にして,宗教は9.11以降を生きる我々にとって避けることのできない問題なのだということを改めて感じずにはいられない.