Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong
- 作者: Marc Hauser
- 出版社/メーカー: Ecco
- 発売日: 2006/09/01
- メディア: ハードカバー
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今日は第2節.ここからしばらく協力についてが主題になるようだ.
冒頭ロールズは社会生物学や利己的な遺伝子の出版以前から,ハミルトン革命に気づいており,進化的な利己主義と合理的な道徳の間の緊張を予見していたと主張される.実際に「問題は正義の原則は進化傾向と功利主義のどちらに近いかだ.進化的にいえば利他主義は血縁の小さなグループに限られるだろう.グループ間の正義と義務のシステムに対してユニバーサルな合理的な福祉主義は淘汰されるだろう.」というような問題意識があり,そしてこの緊張の中でどうしたらフェアな社会を作れるかを考えて,無知のヴェールを提案したと説明されている.私にはこのあたりの哲学史的な知識は全くないが,時代を先駆けた鋭さだと言えよう.
ゲノミックインプリンティングなどは極端な例としても,1人の人の中で,利己性とグループ志向の協調性がせめぎ合っているという緊張関係の理解がこの節の主題らしい.そしてゴールディングの「蠅の王」が題材とされている.
これは結構暗い小説だが,ハウザーはこの小説は生物学,心理学,哲学で標準的に読まれるべきテキストだといっている.ジャックの利益誘導とラルフの正統性の間でそれぞれの子供は揺れ動き,最後に道徳的に正しいと判断していたことができなくなる.
ハウザーは互恵的協力関係が壊れやすいことの説明としてトリヴァースの3条件を示し,互恵が動物界ではほとんど見られないことを,特にコストとベネフィットを定量的に把握し,緊急性を計算し,だましの誘惑に抵抗し,だましをしたものを罰するという心理メカニズムが必要であることに帰している.
トリヴァースの3条件
- 小さいコストと大きな利益
- 先に小さなコスト,後から大きな利益という時間差
- インタラクションが繰り返されること
ではヒトではどうなのか.ハウザーはこれからこの協力する能力の発達,そして道徳心理学の他の側面をみていこうと提案している.
第3節ではトリヴァースの条件のうちコストとベネフィットの計算から見ていくことになる.
ここで子供の数学的能力の発達が結構詳細に説明される.3までの数はかなり早い時期から生得的に理解でき,それより大きな数は数詞を理解できる3歳頃からわかり始めるということだ.このあたりは「数学する遺伝子」とほぼ同様の説明になっている,ハウザーはこの数の概念は道徳・協力の心理システムと結びついているのではといっている.あまり深入りしていないが,そもそも数詞と数の概念発達自体が,協力することによる利益を通じて得られた適応性質だと主張しているのだろうか?そうだとすると面白い主張だが,ちょっと無理があるような気もするし,なかなかきちんと実証するのは難しそうだ.
そのあとでハウザーは様々な実験を紹介して,数の概念がよりわかっている子供はわかっていない小さな子供から搾取できること,子供のモットーは「君がたくさん背中を掻いてくれたら,僕はちょっと君の背中を掻いてあげる」とまとめられることを示している.その中でこのような子供相手の心理実験の解釈の難しさが解説されており,なかなか実務ベースで興味深い.実際はいろいろな矛盾した主張,論争が多いようだ.
リサーチからわかることとしては次の2つだとしている.
- 子供は4歳ぐらいからフェアネスの感覚をつけ始める.この感覚は直感的だが,交換のペイオフを計算し,どこまで許容できるかを決めている.
- 小さな子はより利己的だ.平等な配分より,とにかくいくらか配分するというのがフェアの感覚になる.
ハウザーは,「フェアネスの基本となる感覚は大人と子供では異ならない.異なるのは道徳能力の外側だ.子供の中で生じているのは,抑制システム,感情,数の感覚,貸し借りを覚える記憶の発達だ」と主張して本節を終えている.
第5章 許される本能
(2)王とハエ
(3)フェアプレイを数える