「シマウマの縞 蝶の模様」

シマウマの縞 蝶の模様 エボデボ革命が解き明かす生物デザインの起源

シマウマの縞 蝶の模様 エボデボ革命が解き明かす生物デザインの起源




本書は進化発生生物学,いわゆるエボデボについての第一人者による一般向け啓蒙書だ.Hox遺伝子の発見以降のこの領域の元気の良さは注目されるべきものだったが,なかなか日本語で読める初心者向けのちょうど良い本がなかったように思う.


本書は2部構成になっていて,第1部で,現在わかってきている生物の発生の仕組みを概説し,第2部で個別のトピックを取り扱っている.

第1部では,生物の身体が,何らかのブロックが連続し,そしてそれが分化してつくられている構造になっていることが多いことがいろいろな例にによって示され,そしてそれがどのように発生として制御されているのかが,具体的に説明される.動物の構造がモジュール的になってること,Hoxをはじめとするツールキット遺伝子,胚の地図,そして遺伝子スイッチの説明と,生物の構造の多様性についての説明がうまく組み合わされている.中でもカラー口絵による発現している遺伝子の胚における様々なパターンは非常に美しく,そして衝撃的だ.一般的な胚の発生の模式図で位置決めや突起物の形成の仕組みが示されているところも大変わかりやすい.いろいろな模様については様々なスイッチの組み合わせで可能になると説明されていてなかなか説得的だ.ただ全体像はなかなか込み入っていて複雑であり,図で説明しようとしているところもわかりにくいのがちょっと残念だ.もう少し図が多くなってもよいから丁寧な説明があればさらに理解が進んだだろう.

第2部ではエボデボの応用編だ.まず第一部で見た知見に生物の系統分析と遺伝子分析を加えると祖先動物がどのようなものであったかの推定ができることを示しエボデボの威力をかいま見せている.バージェス動物について,葉脚類から節足動物が枝別れしてきた様子を再構成して見せていて楽しい.確かにカギムシ類の遺伝子解析からはいろいろなことがわかるだろう.また脊椎動物の進化についても再構成して見せている.単に身体のつくりの話だけでなく,どのようにHox遺伝子が絡んでいるかの説明とセットになっているところが新味だ.
次は節足動物の付属肢だ.この起源的形態が二肢型付属肢であったろうこと,そこから様々な機能分離や,退行が生じて来たことが説得的に示されている.そして過去からの疑問,昆虫の翅の起源についてもタンパク質遺伝子の発現を証拠に二肢型付属肢の上部,鰓脚起源だとしている.昆虫の翅は鰓から生じたのだ.クモではこの鰓が書肺,気管,紡績突起になっている.
次の話題は蝶の羽の目玉模様.これも位置決め遺伝子やその周りに生じる遺伝子発現などから模様の原則を説明している.著者自身が目玉模様のオーガナイザーの発見をしたときの楽屋話も収録されている.
続いてシマウマの縞.黒と白がどのように決まるのかという説明といろいろなシマウマの模様は発生のどの時期に縞が生じるかで成体になったときの本数が決まるのだと説明している.
人類の形態進化については,いろいろな特徴がモザイク的に進化していることを強調している.最後にアメリカにおける進化学の知見が創造説により浸透していないこと,また多くの動物が絶滅の危機に瀕していることを嘆き,進化教育への提言を行っている.


本書の主張のポイントを一言でまとめると,形態の進化における原則としては,動物のつくるためのツールは非常に起源が古く,多くの動物門で共通に使われていること,モジュール性の利用,すでにあるものを使う,機能が重複している機関は役割分担が可能になることだということになろう.


最後に欲張ってさらにこうあればというところに触れておこう.本書では最初の方で,眼が独立に何度も進化したと考えられているが,眼をつくるためのツールキット遺伝子は共通なのだと説明されている.それはその通りなのだが,ではそれはどうしてそうなっているかの説明がなされていない.私自身節足動物の複眼と脊椎動物の眼は独立に進化したと聞かされてかつHox遺伝子は共通だと言うことの意味についてはとても興味深いことだと思っているので,この部分の詳しい説明がないのは残念だ.また縞模様や豹紋模様については2種類の拡散方程式で説明されることが多いのだが,この説明と本書におけるスイッチの組み合わせによる決定の説明についての解説も欲しいところだ.読んでいる限りでは,スイッチ組み合わせによる説明と拡散方程式系の説明は,同じ現象を別の視点から説明しているように思われるが,ここもよくわからない部分が残っている.いずれも本書内で少し思わせぶりに触れられているだけに解説されていないのは残念だった.しかし全般的に大変啓蒙的で面白い本だ.なかなか取っつきにくい分野でもあり,これまであまりなじみがないが興味があると言った人にはとてもよい本だと思う.




進化発生生物学の本


実は私はあまり読んではいない.というのは次の2冊は何度も手に取りながら,そのたびにあまりの難解な雰囲気に登攀の気力をくじけさせられていたことによる.



進化発生学―ボディプランと動物の起源

進化発生学―ボディプランと動物の起源

動物進化形態学 (Natural History)

動物進化形態学 (Natural History)



代わりに読んだのは次の2冊.メイナード=スミスのものは例によって簡潔でなかなかよかった.
いずれもちょっとこの分野の全貌を見るには分量が少ない.


個体発生は進化をくりかえすのか (新装版 岩波科学ライブラリー)

個体発生は進化をくりかえすのか (新装版 岩波科学ライブラリー)

生物は体のかたちを自分で決める (進化論の現在)

生物は体のかたちを自分で決める (進化論の現在)




このほかにもいくつかありそうなのだが,いかにも教科書風で一般読者対象ではない感じなのが私のような読者の手に取りにくさを醸し出している.私はいずれも未読.


発生生物学がわかる (わかる実験医学シリーズ)

発生生物学がわかる (わかる実験医学シリーズ)

エッセンシャル発生生物学

エッセンシャル発生生物学



後この本も何度も手に取ったが結局登攀の気力をそがれた本だ.
発生の本は何故か大著になりやすいのかもしれない.


個体発生と系統発生―進化の観念史と発生学の最前線

個体発生と系統発生―進化の観念史と発生学の最前線




なお所用あり,本ブログの更新は10日ほど滞る予定です.