- 作者: William A. Searcy,Stephen Nowicki
- 出版社/メーカー: Princeton University Press
- 発売日: 2005/09/04
- メディア: ペーパーバック
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ここから第3章にはいる.第3章は利害がdivergeするときの信号を扱っている.これは一致しているわけでもなく完全に対立しているわけでもない状況をさしていて,本章の議論の中心は性淘汰においてオスがメスに選ばれるために発している信号だ.利害状況としては質の高いオスとメスの間では,選ばれ,選ぶことで利害が一致している.質の低いオスとメスでは利害が相反している.このように利害が一致しないので,大半のオスにとっては広告を誇張することで利益を得られる状況にあり,信号の信頼性が問題になる.
この問題は80年代から90年代の始めにかけてのホットトピックだっただけに膨大な著述があるようだ.本書ではまず理論の解説のあと3つの現象を取り上げる.著者の1人サーシィの詳しい分野である鳥類中心に,カロチノイド色素による広告,鳴鳥のさえずり,伸びた尾が詳しく説明されるようだ.
第1節は理論編.
当然ながらグラフェンの有名な1990年の論文が取り上げられる.しかし本書ではグラフェンのモデルの提示と結論に止まっている.ゲーム理論についての数理的な証明を行っているものなので中身の部分は本書で記述するには難解すぎると言うことなのだろうか.エッセンスとしては以下のように記述されている.
グラフェン(1990) は配偶信号の正直さについて一般的な議論をしている.
モデルの形
q:オスの質(メスから直接アセスできない)
a:オスの広告信号強度.これがqに対しての変数になり,信号戦略としてA(q) となる.
p;メスによるオスの評価.これがaに対しての変数となりP(a)としてメスの反応戦略になる.そしてグラフェンは,オスの適応度はpが増加すると増加する,メスの適応度はpとqが食い違うほど低下すると仮定した.
この結果としてグラフェンは次の2つの条件の下で正直な信号がESSとして進化することを示した.
- 広告にはコストがかかる.広告の強度を上げるとオスの適応度は(オスの質もメスの反応も一定とするなら)下がる.
- 質の高いオスほど広告はより採算が良くなる.つまりもしメスの反応という意味での広告効果が同じならば,広告の限界コストは質の低いオスの方が高い.
つまりグラフェンは,信号コストの構造が一定の条件を満たせば正直な信号が進化することを示したのだ.
そしてグラフェンは議論を逆転させて,もし配偶信号に安定した信号システムがあるのなら,信号は正直でかつコストがあるはずだと主張した.議論の中心は数理的なものだが,グラフェンは言葉でこう説明している
平衡状態においては信号システムは正直なはずだ.そうでなければ誰もその信号に反応しないし,であれば誰もその信号を発しない.もし発信者の信号強度がESSなら,彼は信号の強度を上げてもその適応度は増えない.だからより強く信号を出すのにはコストがかかり,そしてそのコストはメスを引きつける利益より大きいはずだ.信号が正直なら(そしてそうみなしている)質の低いオスはより弱い信号を発している.そして質の低いオスのとってそこがESSなら,信号を出すコストは質の高いオスより増えているはずだ.(メスを引きつけるための信号強度の限界利益は質の低いオスも高いオスも同じはずであり,信号強度に対して逓減していると考えられる(だからどこかで適応度最大の信号レベルが得られる).そして質の低いオスはより低い信号レベルで限界コストと限界利益が一致していることになる.つまりその低い信号強度のもとでは限界コストは質の低いオスの方が大きい.
結論はわかるが,これでは物足りない.この上は原論文を読んでみるしかないようだ.
第3章 利害が相関しないときの信号
(1)配偶信号:理論
関連書籍
原論文はグラフェンがホームページで公表している.
「Biological Signals as Handicaps」
http://users.ox.ac.uk/~grafen/cv/hcapsig.pdf
性選択とハンディキャップ理論については何度も紹介しているがザハヴィのこの本
The Handicap Principle: A Missing Piece of Darwin's Puzzle
- 作者: Amotz Zahavi,Avishag Zahavi,Naama Zahavi-Ely,Melvin Patrick Ely,Amir Balaban
- 出版社/メーカー: Oxford University Press USA
- 発売日: 1999/06/03
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邦訳
- 作者: アモツザハヴィ,アヴィシャグザハヴィ,長谷川眞理子,Amotz Zahavi,Avishag Zahavi,大貫昌子
- 出版社/メーカー: 白揚社
- 発売日: 2001/06/10
- メディア: 単行本
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さらに総説としてはこれも何度も紹介しているがアンダーソンのこの本が詳しい.
Sexual Selection (Monographs in Behavior and Ecology)
- 作者: M. B. Andersson
- 出版社/メーカー: Princeton Univ Pr
- 発売日: 1994/06/13
- メディア: ハードカバー
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ハミルトンのNarrow Roadsの第2巻もはずせないところだ.
Narrow Roads of Gene Land: Evolution of Sex (Evolution of Sex, 2)
- 作者: W. D. Hamilton,Richard Dawkins
- 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr on Demand
- 発売日: 2002/01/17
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その他
以前書評をした本が邦訳されたようだ.邦題は「ヒトは食べられて進化した」
「狩られて」とせずに「食べられて」というところに工夫がある気がする.カバーが結構おしゃれだ.
- 作者: ドナ・ハート,ロバート W.サスマン,伊藤伸子
- 出版社/メーカー: 化学同人
- 発売日: 2007/06/28
- メディア: 単行本
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原書
Man the Hunted: Primates, Predators, and Human Evolution
- 作者: Donna Hart,Robert Wald Sussman
- 出版社/メーカー: Basic Books
- 発売日: 2005/03/01
- メディア: ハードカバー
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私の原書の書評はこちら
http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20061209
なお夏期休暇に入りますので本ブログの更新は10日ほど停止する予定です.