HBES-J 2007 参加日誌 第二日


大会二日目(12月9日)



昨日の夜は雨もちょっとぱらついていたようで,放射冷却もなくきれいに澄み渡った朝はまことに心地よい.朝はちょっと散歩してみたが,小高い丘からは湘南の海にヨットの帆が朝日を受けてきらめき,さらに遠く雪を頂いた富士山まで見通せ,まさに別荘地の休日の朝の風情であった.
これがこのあたりで一番良い朝食だという長谷川眞理子先生のご推薦にしたがって,スタッフの方々が当日近くのベーカリーまで買い出しされたパンとコーヒーを会場でいただく.瀟洒な街並みに似合った瀟洒なパンでおいしくいただいた.



本日は口頭発表が続く.


河野和明「Bussの裏,あるいは「キモい」の研究」
配偶者選択にはこの人が良いという微妙な選好の前に,この人だけは生理的に駄目という忌避があり,これも結構繁殖成功上は重要ではないかという問題意識に基づいた研究.いろいろなスティグマ的な属性と,それへの嫌悪,接触忌避をアンケート調査したもの.
スティグマ的な属性としては「片腕がない」「知的障害」「顔中にやけどあと」「同性愛」「子供の虐待経験」「顔が醜い」「カード破産者」などが取り上げられていた.
予備的な調査という風情だが,「顔中にやけどあと」など多くの属性で女性から男性に対して特異的に接触忌避が高い結果が示されていた.



櫻井玄「方言あるいは話し方の移動が異性及び同性への魅力判定に及ぼす影響」
方言や話し方は血縁や同じ社会グループに属していることについての推定に使えるのではないか,だとするなら,配偶者選択においてある程度までは同じ社会グループ成員を望むが,一定以上話し方が近いと忌避するのではという仮説を検証したもの.
道案内を九州各地,広島,東京の方言で録音したものを再生し,魅力判定をしてもらったデータ.
男性は女性が自分に話し方が近ければ近いほど魅力を感じたのだが,驚いたことに,女性は仮説通りにある程度以上話し方が近い男性の魅力を減少して評価していた.
血縁は同居したものを忌避するだけで十分忌避できそうだし,そもそも兄弟やいとことその他の友達で話し方の似方に違いがあるのか(学校などの仲間集団の影響の方が強いのではないか)など解釈について疑問も多いが,とにかく得られたデータは大変興味深いと思う.



大坪洋介「マインドリーディングの基盤としてのシグナリング・ゲーム:謝罪場面での検討」
これも大変示唆に富んだ発表だった.
マインド・リーディングにおいて,これをゲームにおいて利得を最適化する問題だと考えると意識的なマインドリーディングは不要で単なる利得行列の認識とランダム化で適応可能だという議論がある.また高次のマインドリーディングは相手と次元が離れすぎると無意味になる.ではなぜマインドリーディングは進化したのか.
本発表はこれについてグラフェンの信号理論から考えてみようという趣旨で,謝罪が受け入れられるか否かについて,(謝罪される側に利得が無くとも)謝罪者のコストが効いていることを示したものだ.
質疑においてはコストをフェイクした場合の問題点(ばれると逆に大きなコストがかかってしまうリスクがあるのでは)なども議論された.
私は随分前から,謝罪はコストが低そうな割には社会生活上かなり本気で求められること,そして謝罪があればそれを受け入れるという現象,さらに謝ればすみそうな状況でもなかなか謝罪しないという現象に対して,その進化的な基盤については不思議に思っていた.(亀田兄弟や朝青龍の件もそうだ)しかしよく考えるとたとえ単に口頭でも謝罪すると(少なくとも狩猟採集民のような閉じた集団内では)いろいろなコストがかかるのかもしれない.いろいろと面白い発展がありそうだ.



佐々木達矢「自由参加型公共財ゲームにおける強調の進化」
レプリケーターダイナミクスのシミュレーションの発表.公共財ゲームは通常C(協調)とD(裏切り)のみの戦略では(D,D)が解になる.しかしここにLoner(ゲームに参加せず小さな報酬を得る)を加えると,戦略間の優劣がじゃんけんのような循環型になり,頻度も循環する.さらにLとC,Dについて連続的な混合戦略を認め,さらにP(罰する)を加えてシミュレーションしたもの.なかなか複雑な挙動を示していた.



鈴木真介「n人ゲームにおける互恵的協力行動の進化的ダイナミクス
大きな集団からn人を抽出して集団囚人ジレンマゲームを行う場合のシミュレーション.相手のうち何人裏切った場合にどうするかという戦略に特定の人数の時のみ協力するという変則的な戦略を交ぜると複雑な挙動を見せるというもの.パラメーターにより循環型になったりカオス型になったりする.



森本裕子「公正-不公正なパニッシュ行為者に対する他者評価の検討」
他人を罰する行為自体が他者に対する自分の公正さに対する信号になっている可能性を吟味するもの.
先行研究で,自分より公正な人へ罰を与えた人は信頼できないが,非協力者への罰を与えた人についても信頼できるかどうかは微妙ということが示されていたのに対して,これは「戒め」(第3者による利他的な罰)と「報復」(被害を受けたものからの報復)を区別してないからではないかという問題意識からリサーチしたもの.
結果は報復と戒めでは信頼感に差が出た.しかし友達になりたいか,関わりたいかというアンケートでは戒め者に対しても否定的だった.ここで回答者自体が利己的かどうかで区分して調べると,利己的な回答者は戒め者を有意に忌避していることが明らかになったというもの.利己者はお人好しから搾取したいという解釈からは整合的な結果だ.



大園博記「低コストシグナルに対するサンクションの効果」
これもグラフェンの信号理論に関する発表だ.
顔の表情はフェイクしにくいことから笑顔の人と真顔の人では笑顔の人の方が信頼されやすい.では言語情報とどちらが信頼されやすいかを調べてみたところ,笑顔/真顔よりも自分が信頼できるかどうかの自己申告アンケートの方が有意に高く信頼されるという結果になった.
これはいい人ぶって実はそうでないことに対して罰されるコストが高いから,自己申告情報が信頼されたのではないかという仮説を立てて,実際に自己申告アンケートの結果と,その人がゲームにおいて裏切ったあとでどれだけ対戦者から(機会があった場合に)罰されるかの相関を調べたもの.予測通り,自己申告でいい人だと申告した人の方が有意に大きな金額を罰されていた.

人のコミュニケーションでも信号のコストに注目しようという方向のリサーチで興味深い.私としては,そもそもなぜ笑顔をフェイクできる能力が進化しなかったのかいつも不思議に思っているのだが,そこについては討議されなかった.



以上で終了となった.二日続きの好天で大変気持ちの良い研究会であった.改めてスタッフの方々に感謝申し上げたい.