読書中 「The Stuff of Thought」 第6章 その5

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


第1節で固有名詞,普通名詞の「意味」について考えたあと,第2節は新語について.
もし名前の意味が最初に名前をつけたときに私達を結びつけるのだとしたら,何がこの最初に生じるのだろう.どのように音の連なりを何かを指すことに使うのだろう.どの名前のない価値ある概念が名前を持つようになるのだろう.そしてどのように広まり定着するのか.


言葉が生まれた起源を訪ねるのは語源への旅だ.ピンカーはまず語源についていかにでっち上げが世の中にあふれているかを指摘する.ネットで見つけたでっち上げ語源群が紹介される.いろいろあるが傑作なのはFUCKの語源のほら話だ.

古代英国ではセックスするのに王様の許可が必要だった.許可を得られたときには「Fornication Under Consent of the King」というプラカードを立てた.それがファックの語源だ.


いずれも辞書を見ればすぐほらだとわかる.実際の語源は結構つまらない.ファックは「たたく」とか「突く」とかいうスカンジナビア語からきているそうだ.


本題に戻って,ピンカーは言語学者らしい解説を始める.
もっともよくある造語プロセスは,古い単語やその一部を並べるものだ.
すべての言語には組み合わせて新しい単語を予測可能な方向に作る能力がある.英語では,例えば,-able を後ろにつけて動詞を,そういうことができるという意味の形容詞にできる.
また名詞を2つ並べて,2番目の名詞の一つのバージョンとして1つめの名詞に関連する名詞を作ることができる.インクカートリッジ,ランプシェイド,など.一般的にいって,私達はこのような単語が新造語だということ自体あまり気づかない.それはできた瞬間から自然で理解可能だ.


日本語でもこのような言葉は多いだろう.日陰,刀傷などいくらでも思いつくし,特に漢語になればそのような単語でないものの方が少ないかもしれない.


しかしそれだけではない.言語は予測できない特殊性に満ちている.ピンカーがあげる例は多岐にわたる.例えばある言説がunprintableなのはそれがプリンターを壊すからではなく,猥褻なためだ.アローヘッドは斧の頭だが,レッドヘッドは赤毛の人のことで,エッグヘッドはインテリのこと,ブラックヘッドはニキビで,ポットヘッドはマリファナ常習者だ.

ピンカーによるとこのような予測不可能性が生まれるのは,ある単語の生成ルールが別の単語にすぐ使われるし,新語の意味には常にオープンな部分があるからだという.さらに聞き手も聞いた単語を即興的に再編成するのだ.ピンカーは2005年のマクミラン英語辞書のリストからいろいろ例をあげている.
面白いものとちょっとあげると

接頭辞語 deshopping: 一回使ってあとは返品するつもりで買い物をする.
結合 gripesite: 不十分な品物やサービスを消費者に知らせるためのサイト
単語の結合 spim: spam+I. M. インスタントメッセージによるスパム


この辞書の400の新語からまったく新しいルートを持つものはたった1つだったという.
(dooced: ブログに何か書いたために解雇されること
これはブログがwww.dooce.com にあったことからこう呼ばれるようになった.これは彼女のタイプミスから生まれたアドレスで,そもそもこれはdude(気取りや)をよりいかして書こうとしたdeedeを打とうとして起こったものだ.)



日本語ではどうか.ユーキャン新語・流行語大賞などを見るとノミネートのほとんどはいわゆる流行語だが,少しは新語らしいのも含まれている.格差婚 鉄子 KY 猛暑日 もてぷよ などだが,単純な結合や,省略が見られるようだ.ピンカーのあげるような粋な例もきっとあるだろう.



次にピンカーは新語のルートの1つとして,意味と音の関係について説明している.


まず重要なのが擬音.もっともこの重要性は小さく,何か音もするものでなければならない.ピンカーは注意として,音そのものの類似より,その言語内の音素パターンにより影響を受けることをあげている.言語によって動物の鳴き声の当て方が異なることなどがこれに当たる.


次に来るのが「音声シンボリズム」
単語の発音が人々に指し示しているものの態様を思い起こさせる.長い単語が何か大きなものを思い起こさせたり,スタッカート音が鋭いものを思い起こさせたり,のどの奥の音が,昔や遠くのものを思い起こさせたりという具合だ.
これは実験でも確かめられている.タカタとマローマならより丸いものはマローマがふさわしいと感じられる.


ピンカーはさらに専門的に詳しく解説を始め.擬音と音声シンボリズムは,もっと広い現象である擬声語共通現象?(phonesthemia)の一部だといっている.

例としては英語においてはsnという音素は鼻という意味を共有しているそうだ.鼻そのものである snout, 鼻のようなもの snorkel, snoot, 行動にかかる sneeze, sniff など,見下すさま(look down one's nose at)に関連する snarkey, sneer・・・・などがある.ピンカーはこれはこの音を出すと鼻を意識するからだろうといっている.鼻をすするときの感覚がそう思い起こさせるのだろうか?日本語話者にはよくわからない感覚だ.
さらにこの音は密かに盗んだり,得たりする行為を表す snack, snag, snap, snare, snatch, sneak, snip, snitch, snog, snoop にも現れる.ピンカーはそれが素早さを感じるからと言うのは後付の理屈で,いろいろな方向に拡大するときの歴史的なものではないかと示唆している.それでも,いったんある意味と音が結びつくとどんどん新語が生まれるのはこれを見るとよくわかる.

このほかの例としては

cl: 表面が接触している,粒のそろった集合体 clad, clam, clamp, clan, ・・・
gl: 光の放出 glare, glass, glaze・・・
j: 突然の動き jab, jag, jig, jump・・・・
'-le: 小さなものの集合 bubble, crinkle, crumble, ・・・

があげられている.

日本語にもつながるのはギラギラという音だろうか.そもそも日本語にはこのような特定の音と意味が深く結びついている例はあるのだろうか.ピカピカとかさらさらとか言う擬態語はある程度わかるし,また丸いとか小さいとか言う言葉は音のイメージと意味が見合っているので音声シンボリズムもあるといってよいだろう.しかし名詞や動詞にまで広く広がっている現象はあまり思いつかない.


蝶を示す欧州語はそれぞれ異なるルートを持っている.butterfly(英), Schumetterling(独), vlinder(オランダ), somerfugl(デンマーク), papillon(仏), mariposa(スペイン), farfalla(伊), borboleta(ポルトガル
ほかの生物では結構共通のルートを持つ(例えばネコだと cat, Katze, kat, kat, chat, gato, gatto, gato)のでこれは面白い現象だ.ピンカーはこれについて,いかにも印象的な生物なのでそれを祝福した語をそれぞれの言語コミュニティで与えようとしたのではないかという仮説を紹介し,そしてその証拠に羽ばたきを表すようなf, p, l, f などのひらひらした音でできていると指摘している.日本語でももともとは「てふてふ」だから「てふてふ」あるいは「てぷてぷ」と発音していたのだろう.同じ現象といってよいだろう.


本節の最後にピンカーは新造語の特殊な例として,商品名,ブランド名を取り上げている.
今日のアメリカにおける商品,商標名はフランス語やギリシア語ラテン風の新語風なものが多い.そしてそれが何を指しているかは消費者にわからないままつけられているようだといっている.そしてピンカーによるとこの背後には擬声語共通現象の影響が見えるという.それぞれの商標へのピンカーのコメントが笑える.

Acura  正確アキュレートということ?それとも鋭いアキュート?車と何の関係が?
Verizon 多様な水平線?よい電話サービスは水平線の影に消えていくってこと?
Viagra 男盛りvirility?精力vigor?生存能力viable?それともナイアガラのように射精できるっていうメタファーか?
Altria(フィリップモリスの食品部門)発ガン物質の売人から利他性と高い価値観を表す名前に変えようとしている意図が見え見え

日本の消費者には訳のわからない横文字の商品名は何十年も前からおなじみだ.英語を解する人口比率が増えるにつれてラテン語系の名前は増えているのだろうか.いずれにせよ日本の場合はさらにとにかくかっこいい響きが優先しているような気がする.
少なくとも車で言うと レクサス プリウス ヴィッツ イプサム (トヨタ),ティアナ ティーダ フーガ (日産)など音の響き優先でラテン系風の名前が増えているような気がする.それともこれは世界共通車名にするために米国における現象が反映しているということだろうか.



第6章 名前には何があるのか


(2)ブリング(ぴかぴかの宝石という意味のラップからきた新語),ブログ,ブラーブ(本やCDなどの裏表紙の宣伝):新しい単語はどこから来るのか?