HBES 2008 KYOTO 参加日誌 その4


進化心理学の総本山,HBES 2008 KYOTO.日曜日は最終日の第4日.今日も天気がよくて新緑の京都が美しい.


最終日 6月8日


朝のプレナリーミーティングは山岸俊雄による「内部グループへの愛と外部グループへの憎悪に関する社会選好と戦略」
スピーカーの紹介で,マーゴ・ウィルソンから,この山岸の発言には注目すべきだ.彼は罰の重要性について世界に先駆けて気づいた人なのだからといわれて颯爽と登場.
発表の主題は,内部グループメンバーへの愛,外部グループメンバーへの憎悪についてはヒトの本性に基づいた無条件のものと考えられることが多いが,憎悪についてはこれが無条件だという証拠はないことを示すというもの.
一般の上記のような主張は,どちらの抽象画が好きか,画面の点の数はいくつかというような質問への結果に基づき名目的にグループを分けたときに,配分実験などで内部グループに厚く配分する結果が得られていることから証明されたと受け取られている.
しかし実験デザインをよく見ると,いったん同じグループにされたメンバーの間で互恵的な分配,本人の名声への影響の期待が生じている可能性を排除できていない.ここで,配分を行う人は配分を受け取れないと条件を変えるとグループ間のバイアスは消失する.
また共通知識の条件をコントロールしてやると自分の配分が知られることが重要だという状況が浮かび上がる.
つまりこれはグループ内の愛やグループ間の憎悪の問題ではなく,名声による間接互恵実験に過ぎないのだ.
またそのほかのコントロール実験も紹介し,ヒトが何かのグループをひいきするには理由があることを示す.また男は暴力的と示す実験も,コントロールを変えればお互いに防衛力をトレードしている状況での間接互恵の名声問題になることも示す.なかなかわかりやすい面白い講演だった.




そしてこのカンファレンス最後のセッションは文化,配偶・グループ,宗教・ナレイティブ,ホルモン.
配偶・グループと宗教・ナレーティブの両セッションを行き来して参加した.


最初は宗教セッション


最初はStephen Sanderson による「適応,進化,宗教」
宗教の進化的な説明の総説的な内容だった.
現在の宗教の進化的な解釈は,多数説がボイヤー,アトランその他による認知バイアス,親子の絆,儀式的コミュニケーションの副産物説,少数説が直接的な利益がある適応だというもの.
発表者は直接利益があるという説に従って,宗教がユニバーサルであること,子供をより中絶せず,大切にする,精神の安定が得られ健康への直接的効果があるとするなどを理由に挙げて説明していた.とくにEEAにおけるシャーマン的な宗教には適応価があったのではないかという主張だ.
健康への好影響についてはは結局リサーチによって明らかにするほか無く,発表者は十分強力なリサーチがあると主張していた.このあたりはドーキンス本とはかなり異なるリサーチに関する事実の主張だ.
最後にスパンドレル説を取り上げて,一般の進化生物学者はグールドのこの主張を退けるが,宗教を頭から適応と考えず副産物説から検討するのはまさにグールド的だと皮肉っていた.
議論するにはリサーチを一つ一つ吟味していくほかはないということだろう.


宗教セッションの2番目はBret Beheim による「日本の文化的免疫」
日本は産業化した民主主義国としては例外的にキリスト教徒の比率が小さい.これは第2次世界大戦後,まれに見る布教チャンスだというキリスト教側の認識から布教努力が行われたにもかかわらず,同じような状況だった韓国(現在キリスト教比率25%)と比べて大きな差がある.
発表者は日本は15世紀にはかなりキリスト教が広まっており,そもそもの文化がキリスト教を受け入れられないわけではないが,江戸時代の禁教と鎖国時代に和魂洋才として技術文明と宗教は別という文化的な免疫をつけてしまったからなのではないかという仮説を提示していた.
最近若桑みどりの「クアトロ・ラガッツィ」を読んだばかりだったで大変興味深かった.確かに15世紀の布教はかなり成功しているのだ.
もっとも代替仮説はそれほど山のように考えられるだろう.むしろ韓国やフィリピンの状況こそ例外なのかもしれない.いずれにせよ聞いていてなかなか面白かった.


ここで会場移動して配偶・グループセッションに
移動のタイミングがずれて3番目の発表は途中からになってしまった.ホモセクシュアルの適応価を遺伝的に考えようという発表だったが,論旨はよくわからなかった.残念.


続いて大物キングズレー・ブラウン Kingsley Browne による「信頼と凝集」
女性兵士の問題を扱った発表.ブラウンはこの関連で最近本も出しているようだ.発表で提示される仮説は「男性は危険な任務において女性より男性の仲間を信用する」というもの.
ヒトの男女には体力身体能力を含むいろいろな性差が観察されている.戦争はグループ行うので,女性兵士の問題を考えるにはグループの心理が重要だ.そして男性の軍関係者の間には理屈抜きのガットフィーリングとして戦闘用の集団に加わる場合に女性兵士は向かないという信念があるようだ.
そしてこの理由は「信頼」が低いというものだ.EEAにおいては集団での抗争でこそのような仲間を選ぶかという選択課題があったはずで,これに適応した心理もある可能性が高い.そして「危険なタスクにおける信頼」「リーダーシップ」「男らしさ」が認知として相関しているデータを示している.
これはオートマチックな判定モジュールなので,簡単には克服できず,軍の戦闘部隊には引き続き女性は受け入れられないだろうと結んでいた.

Co-ed Combat: The New Evidence That Women Shouldn't Fight the Nation's Wars

Co-ed Combat: The New Evidence That Women Shouldn't Fight the Nation's Wars



ここで会場を戻ってナレイティブセッションに.


5番目はMichelle Scalise Sugiyama による「ここからあそこにどうやっていくの?」
物語には地形の目印とそれに結びついた社会的なエピソードがよく登場する.これはなぜなのだろう.
発表者はヒトが他人とナビゲーションを共有するには認知的に難しい問題があると指摘.方向と距離で支持すること,地図を用いるというのはEEAではなかなか難しい.だから目印追従型になる.そのため地形と目印が重要になり,それを憶えるために社会的なエピソードがくっつくのだという説明だ.いわれてみれば納得という発表だった.


最後はBrian Boyd による「フィクションの意味」
物語の意味,構造についての予備的な考察という感じの発表だった.事件の把握,他者の意図の把握,事件が人生に与える示唆などの観点からいろいろ考察していた.あまりまとまりのある内容ではなかったように思う.


以上で今回のHBESは終了だ.4日間大変充実して過ごせたように思う.発表の中身にはいろいろなレベルのものがあったが,若い研究者も大御所もともに積極的に参加していて啓発されることの多い4日間だった.

終了後少し時間があったので哲学の道によってみた.外国からの観光客,修学旅行生などがあふれ,良い雰囲気だ.抹茶ソフトが美味であった.