日本進化学会2008参加日誌 その3

大会第三日 (8月24日 日曜日)


きょうも曇っていて,暑くなく快適だ.もっとも夕刻には雨が降り始めてしまったが,酷暑よりは遙かに過ごしやすかった.さて本日最初の9時からのセッションは,「ヒトの進化」シンポジウムも面白そうではあったのだが,進化学夏の学校に参加することとした.


日本進化学会夏の学校「地球環境変化と進化学」


河田雅圭によるイントロダクション
IPCCによる地球温暖化の報告があって,いろいろな議論があるが,地質学スケールではかなり短い時間で温度上昇する可能性が高いのは間違いない.そしてそのような大規模な環境変化が地球の生物進化にどのような影響があるのかという視点で考える場合に,過去どうであったのかということも重要な情報となる.40万年前にはわずか50年の間に7〜12°上昇したことがあるともいわれている.生物の対応を考える場合には適応進化と移動が重要になるだろうというような流れだった.


鈴木紀毅による「過去の地球環境変化と進化:温暖期地球の生物はどうなったか?地球史から温暖化世界を見る」
鈴木は放散虫の専門家.放散虫は過去爆発的な放散と急激な多様性の減少,そして生き延びた系統の放散ということを繰り返してきた生物で,かつ微化石が堆積岩中に残るので,化石の欠落ということを考えなくてもよい材料だということだ.
講義は現在いわれている温暖化時の心配事を並べ,過去の事象から1つずつ検討していくというスタイルで行われた.


まず二酸化炭素濃度.確かに万年単位で見ると現在の二酸化炭素濃度は300未満から720へと急激に上昇している.しかし億年単位で見ると最近の洪積世の低二酸化炭素濃度の方が異常.現在は地球史で見ると極端な寒冷化,極端な低二酸化炭素濃度環境だと言える.
温度も16百万年前のちょっとした温暖期でも北極海マングローブがあったことがわかっている.50百万年前,新生代でもっとも高温だったときには平均気温は33°,二酸化炭素濃度は1120だった.しかし顕著な絶滅は生じていない.要するに高温なだけでは生態系に大規模な絶滅は生じない.
そして急激な温度上昇時でもこれは同じだ.後期漸新世,24.5百万年前には10℃ほど気温上昇した.また55百万年前にはハイドレードが大規模に溶け出してメタンや二酸化炭素濃度が急上昇したと考えられている.このときは有孔虫などの底生生物には絶滅が生じたが,それ以外の浮遊性生物,陸上生物には大きな変化はなかった.
逆に新生代で唯一生物多様性が減少しているのは寒冷化の時期だ.要するに非常にマクロ的に見ると温暖化が生物多様性の危機とはならないということだ.


では大量絶滅時には何が生じたのかということで,KT絶滅,PT絶滅を順に見ていく.KT絶滅は隕石の落下が原因.PTについてはまだ論争中で結論は出ていないが,鈴木のお気に入りの仮説は大量な硫化水素の発生等により連続して何回か低酸素環境になったためではないかというもの.
いずれの大量絶滅も数万年から数十万年の間にどこかで生き残っていた生物から放散が始まり生物多様性は急速に回復している.実はこの生物の空白期間の連続性については,最近PT境界に関して放散虫がつながって見つかる地層がニュージーランドで発見されたそうだ.


結局地球史的に考えると現在の地球温暖化のスケール程度なら生物多様性に致命傷を与えるようなものにはならないということになる.
Q&Aでもつっこまれていたが,地球史的に生物多様性を考えるとそういうことだろうと思う.こういう場所ではとにかく「地球温暖化はとても大変なことなのです」といいたくなるところだが,事実をきちんと抑えた講義は大変良心的に感じられた.結局生物多様性に関しては温暖化以外の環境破壊が重要であって,温暖化自体はヒトの生活の快適性の問題が大きいのではないかということだろう.
またグールドのどこかのエッセイにもあったが,数十万年後には多様性が回復するからといって現在の絶滅が問題ないと考えるべきではないだろう.それは現在ある多様性についてのヒトの価値観の問題なのだろう.



河田雅圭による「現在から未来への影響:地球温暖化による生物進化と生物多様性の変化」
1961年からのデータで10年間に0.7°以上気温上昇しているところがかなりあることがわかっている.そしてこれまでこのような温暖化が生物に与える影響について1600以上のリサーチが報告されている.
まず時期のずれ,植物の開花,鳥の渡り,虫の出現などリサーチされた生物の60%以上で観測されている.
次に捕食などの生物相互関係への影響.リサーチ数は11と少ないがそのうち9で影響が認められている.
移動についても,プランクトン,ナキウサギ,チョウ,その他の昆虫,カエル,サンゴ,ペンギンなど様々なリサーチがなされていて広範な影響が観察されている.


では生物進化に与える影響はどうか,特に温暖化環境に適応した進化が生じているかが問題になる.ここで進化の仕組みについておさらいし,グラント夫妻のダーウィンフィンチの研究を紹介し,非常に短い期間で自然淘汰による適応が生じることを説明する.
問題になるのは,温度に対する適応,ホッキョクグマとヒグマのような移動の結果生じる雑種,生息域シフトによる相互作用,特に感染症など,多様性の減少などだ.
まずアカリスのリサーチの紹介.気温の上昇と主にドングリ量が増え出産時期が早くなっているのだが,これを量的に解析,気候に順応した可塑的な行動変化が62%,遺伝的な影響が12%と試算されている.
続いて高い二酸化酸素濃度に順応したオオバコの例(二酸化炭素が高濃度に噴出する泉のそばでのリサーチ)局所的に自殖が増え,地上部分を増やすという適応が観察されている.


次は移動.イギリスにおいてはバッタやチョウできたへの生息域の拡大が観察されている.これは日本でも同じらしい.数字も示されていたが,中には南北に広がっている種もあってミクロ的にはいろいろな現象が起きていることをうかがわせる.

移動の問題点としては,境界付近での交雑のほかに,複数の性質の同時進化の難しさ,それらのトレードオフの問題などがあるという.もっともここは結局淘汰の強さと環境変化のスピードの問題ということではないだろうか.もっとも境界付近での個体数減少が与える影響が大きいので保全を目指すならその部分が重要だという指摘はその通りだろう.


複数の性質の進化という観点からは,遺伝子ネットワークのシミュレーションから不規則な環境変動の元ではロバスト性がきわめて重要になり,複雑で大きなネットワークが進化的に形成されるだろうという知見を紹介していた.

雑種形成の問題は高山や極地など温暖化で逃げ場がない生物がとなりの地域の生物と隣接する場合に,交雑があると狭い地域の生物が絶滅しやすい問題が生じるとして,ミジンコの例を挙げていた.(高山性のミジンコが絶滅の危機ということらしい)
最後に新興感染症の問題,複雑な生態系の問題などにふれて講義は終了した.環境が急速に変化する場合にはなかなか興味深い事象が生じうることがよくわかった.リサーチエリアとしても面白いし,保全の観点からも重要なのだろう.




午前中は以上で終了.本日はちゃんと1時間半の昼休み時間がある.ゆっくり昼食をとった後,駒場の東大自然科学博物館で開かれている展示「進化学の世界:ダーウィンから最先端の研究まで」をのぞいてくる.無料にしてはなかなか力の入った展示内容だった.会場の注目はシーラカンスが集めていたが,私的にはニホンオオカミの剥製や,昆虫類の気合いの入った展示,高橋麻理子先生のクジャクの性淘汰に関する解説などが見所だった.



午後はゲストスピーカーを海外から招いている行動生態学の最先端シンポジウムに参加した.


シンポジウム「Evolution of Social Behaviour」


オーガナイザーの長谷川眞理子から趣旨説明があり,ミーアキャットの研究者としてMichael Cantが紹介される.ヒトの女性の閉経に関する発表ということでまさに長谷川会長にとってのホットトピックということだろう.


Michael Cantによる「The evolution of menopause in humans and cetaseans: new insights into an enduring puzzle」
まずヒトの生活史の特徴として女性の閉経後の期間の長さをあげ,これは量的におばあちゃん仮説を含めたこれまでの理論で説明できないと指摘する.しかしこの閉経後の期間については少なくとも数万年前からあり,非適応的な性質とも考えられない.また同じような期間を持つ動物グループとしてはシャチとゴンドウクジラがある.これらを合わせて考えてみたいと前振り.

まずおばあちゃん仮説の問題点を指摘する.確かに祖母の子育て支援が孫に利益をあたえている証拠は多い.しかしそれが量的に自分の繁殖を越えた利益を生んでいる証拠はない.これらをアチェと台湾でリサーチした結果,「繁殖継続より孫育て支援が有利である確率は1/100以下」というものだった.

ではなぜなのか.これまで考えられていなかったのは,繁殖することによる社会的なコストではないかというのがこの発表のポイント.仮説として「閉経は1家族内で複数世代が繁殖することによるコンフリクトを避けるための適応ではないか」というもの.
ここでこれが適応的な性質として進化してきたことを示す傍証として種間比較データが示される.生存期間の世代重複比率と,繁殖期間の世代重複比率をグラフにして哺乳類の各種をプロットするとヒトは遙かにこの回帰直線から外れる.(あとでシャチとゴンドウクジラも外れていることが示される)また卵胞の数の減少カーブを描くと,ヒトのみ40歳のところでがくっと下に折れる.

さて社会的なコンフリクトを避けるなら,通常の哺乳類のルールは優位個体が優先する.これは普通年齢の高い個体だ.(例:ミーアキャット)しかしヒトでは若い世代が優先する形で解決しているのはなぜか.ここで重要なのはデモグラフィーだというのが発表者の主張.つまりヒトにおいてはメスがグループを離れて分散する形をとる.この結果何が生じるかというと,祖母にとっては孫との血縁度は0.25あるが,息子の嫁にとって祖母の子供(夫の年の離れた兄弟)との血縁度は0だ.だから血縁淘汰的に考えると祖母が譲る形に進化しやすいだろうというもの.

さらにデモグラフィーがグループ内の平均血縁度に与える影響をモデル化し,そのシミュレーション結果をグラフ化して見せ,血縁淘汰が生活史を形作る力になることを力説した.
そしてやはり閉経が見られるシャチとゴンドウクジラについてデモグラフィーを説明し,そのシミュレーショングラフから,ヒトと同じ特徴が現れることを示していた.この2種のデモグラフィーの詳細がよくわからなかったのが残念だが,メスの群れの中の血縁度が時間とともに上がっていく哺乳類グループで同じように閉経が見られるなら,これはかなり説得的だろう.
本仮説にとっては,あとは世代重複した繁殖がどのようなコンフリクトとコストをもたらすかが示されれば完璧だろう.もっともこれはなかなか難しいのかもしれない.

長谷川オーガナイザーからも "fabulous" という賞賛のお言葉があったが,なかなか印象的な発表だったと思う.


次は松浦建二による「The cuckoo fungus manipulates termite behaviour by the sophiscated egg mimicry」
ある種のシロアリ(R. Speratus)の巣内でAthelia属の菌類の菌核が見つかるのだが,それがシロアリの卵を擬態していて,シロアリを操作してグルーミングのサービスを受けているという報告.擬態した菌核の写真が見事だった.


最後は沓掛展之による「How (not) to build consensus in eusocial naked mole-rats」
ハダカデバネズミが巣内のどこを居間(?)にしたりトイレにしたりするかをどのように決定しているかを実験で確かめたという発表.動物のグループの意志決定方式にはリーダーシップ型,自己実現型,選挙型などいくつか考えられるが,ハダカデバネズミが巣内の利用方法を決めているのは選挙型だったというもの.
人工飼育舎にいくつか部屋を作りそこに色を変えたチップを敷いて,それをどの個体がどう動かしたかを調べて解析したデータが示されていた.データをとるのも結構大変そうだ.クイーンはあまり決定に関与していなくて,ワーカー個体がコストをかけてコンセンサスを作っているというのはなかなか興味深かった.



本大会最後のセッションは「進化医学」ワークショップや「意識の起源と進化」ワークショップも面白そうだったが,夏の学校の方に参加することにした.


日本進化学会夏の学校「植物の生態学


矢原徹一による講義.いつも大変高度・難解な内容だといわれていることを気にして今回はわかりやすくするとブログで御宣言されていた.私としては仙台大会の夏の学校のハイレベルな講義内容が刺激的で快感だっただけに,あまり平易だと残念かもと思いながらの参加.

本日のお題は「なぜ植物はかくも多様なのか?」だ.そして現在記載されている種数でいうと昆虫類の75万に続いて植物が25万種あることが示される.もっとも節足動物のそのまた一分類である昆虫と植物全部を比べるのもどうかという感じはあるが,実際に野外で生物を見ていると,鳥や哺乳類は非常に種数が限られるのに対して,植物が大変多様であるのはたしかだ.


なぜ多様かという問題に入る前に動物と植物の関わりの整理がなされる.
送粉共生,種子散布共生,捕食(食草)とそれに対する防衛がそれぞれ取り上げられる.

最初は毒物生産による防衛.この中で面白かったのはトウワタとオオカバマダラの話.私はドクチョウの毒は幼虫時に食べた葉にあるアルカロイド由来だと思っていたが,なんと蜜から毒をとるということだ.考えてみれば成虫になってからは蜜しかとらないのだからそういうことなのだろう.
講義の合間に問題が出されて聴衆が飽きないように工夫されている.ちょっと意地悪な問題が多い.最初の問題に「天敵から逃れた外来植物は化学防衛を続ける必要があるか」というのがあって,ブタクサで下げている可能性が指摘されていた.もっとも天敵は化学防衛をかいくぐってきている相手であって,その他多くの食草者に対しては当然化学防衛を続けるべきなのではないだろうか.天敵相手にその他の食草者には必要ないほど化学防衛毒が高濃度になっている場合には毒濃度を下げる方向に淘汰圧がかかるだろう.特定天敵相手に,より高濃度防衛をしているのかどうかの解説がなかったのは残念だ.

続いて送粉共生.面白かったのは,送粉者への報酬としての蜜という機能にくわえて,花粉の食害を防ぐための蜜という機能があるという視点.また昆虫によって送粉効率,報酬の必要性が異なっており,いろいろなコンフリクトがあり,植物側による送粉者を誰にするかの戦略が分かれるという部分も詳しく語られて興味深かった.

順不同でちょっと紹介してみると以下のようなことだ.
植物側からするとミツバチは迷惑でマルハナバチが好ましい.このためマルハナバチを専門に呼び込むための多くの適応が見られる.送粉者をチョウにするかガにするかで花の色が異なっている.そしてその色は単に標的送粉者にもっともよく見える色ではなく,望ましくない送粉者から見えず,望ましい送粉者からは見えるという周波数領域に決まっている.
専門送粉者をターゲットにするか,日和見送粉者をターゲットにするかについては,送粉効率,(報酬,花粉食害の)コスト,さらに(花に訪問してもらえる頻度という意味での)リスクという3つの要素のトレードオフがある.日和見送粉ターゲットであれば,開いた小さな花をつけ(蜜は少なめ),その辺にいるハナバチやアブなどに送粉してもらう.リスク,効率については植物自身がどのような分布を持っているかにも依存する.(分散して分布しているとより専門送粉者ターゲットになる)受粉確率が低い植物は自殖可能になっていることが多い.高木は宣伝コストが小さくてすむが,花をつけるコストが(水を吸い上げるエネルギーという観点から)高く,日和見送粉者ターゲットであることが多い.



(これはこの講義の後,私が夏期休暇中に安曇野で出会ったマルハナバチ.トラマルハナバチだと思うのだが,それともミヤママルハナバチ? 詳しい方にご教授いただけたらありがたいです)




さてここから本題の多様性の説明.
これまで提出されてきた仮説を順番に並べて,それぞれ根拠があることが解説される.
仮説は(1)競争仮説(さらにこの中に,ニッチ分化,中規模攪乱,対天敵競争,とある)(2)共助仮説(3)中立仮説とある.
競争仮説のうちニッチ分化についての説明には,ご自身が関わっている屋久島のデータがいろいろと示されていた.攪乱説ではヨシ原のデータが示されていた.攪乱後最初に非常に多様な植物群落が形成されるのだが,数年たつとヨシが優先するわずか6種の植生に変わるというのは驚きだ.攪乱の重要性もそうだが,ヨシが水辺の環境でいかに競争上有利な植物かということの方が印象的だった.
共助説については最近知見が増えている菌根菌との共生を説明,中立説については大規模な調査データのグラフのカーブから解説していた.
そしてこれらの仮説のどれがどれだけ重要かという量的な問題については,屋久島の高木において開花期のニッチ棲み分けが見られることをまず説明した後,近縁種間の比較データで,草本は微地形に対する棲み分け,高木は開花期の棲み分けになっていることを説明していた.草本において送粉者などの昆虫との相互関係上のニッチ分化は期待に反して少ないらしい.
大規模調査の種数グラフからは多様性の過半はまれな種がになっていることがわかる.
攪乱については,量的に調査するとギャップ種は意外に少なく系統的には遠い.つまり長い歴史の中でまれに進化する形質ではないかということだ.対天敵,対病気で異なる食害者,寄生者に対して種分化した実例は少ない.

結論としては,多様性についてはニッチ分化にかかる種間競争が重要.中立仮説にかかるまれな種による多様性も重要.攪乱と対天敵にかかるものは重要性が低いのではないか.微生物との共生については現時点では知見が少なくて巨大なブラックボックスだというものだった.

最後に分散と移住についてちょっとふれ,外来種によって絶滅危機に至る植物は実は非常に小さいことが紹介された.これまでの植物の絶滅はほとんどが環境破壊が中心だということだ.ここは動物との違いが興味深い.やはり植物は一次生産者であって直接ほかの植物を食べないからだろうか?
講義では,そういう意味で生物多様性に限るとある程度の外来種の侵入はむしろ多様性を高める効果があるかもしれないと言及,もちろんそういう多様性を好むかどうかは価値判断の問題ということだと付け加えていた.また移住率が高くなりすぎると世界中の植物植生が均質化してしまうだろうともコメントがあった,現に世界中の都市近郊の植生はタンポポとイタドリが優先する似たようなものになっているそうだ.

狙い通りのわかりやすい講義になっていたと思う.また細部はなかなか面白い話が多くて私の心配は杞憂に過ぎなかったようだ.ということで今年の進化大会は終了した.私的にはヒトの生活史に関していい発表が聞けて大変満足であった.(了)