「サボテンと捕虫網」


沓掛先生のホームページ http://d.hatena.ne.jp/shooes/20080816 で紹介されていた一冊.著者ジョン・オルコックは「社会生物学の勝利」なる著作もある有名な行動生態学者だ.本書はちょっと古い本で,原書での出版が1985年,邦訳が1988年だ.ちょうど行動生態学が次々と新しい現象を適応的に説明することに成功している時期であり,その楽しさを著者のフィールドの自然の紹介を兼ねて読者に伝えようという素直な気持ちが文章によく出ている.


原題は「Sonoran Desert Spring」,直訳すれば「ソノーラ砂漠の春」ということになるだろう.ソノーラ砂漠は北アメリカ太平洋岸の南部,カリフォルニア,アリゾナ,メキシコのバハ・カリフォルニアにまたがる砂漠だ.西側の山脈がなければ冬期降雨により地中海性気候になるところを山脈に阻まれて砂漠になっている.とはいえ,冬期には不定期に降雨があり,生物はその貴重な水分をうまく利用するように適応している.ディズニーの有名な自然記録映画「砂漠は生きている」もこのあたりの砂漠の自然を捉えたものだ.


本書はソノーラ砂漠の大まかな自然概要を説明した後に,2月から6月という砂漠の生物が活躍する時期のフィールドノートに行動生態学的な解説をちょっとづつ織り込むという形で進んでいく.最初はレンジャクとヤドリギの種子散布関係のバランス.レンジャクが実を消化せずに散布させているのは,後々同種個体がそこから育ったヤドリギを食べるためではなく,そうさせないためのヤドリギの対抗戦略とのバランスのうえで,あくまでレンジャクの個体にとっての利益の問題だといかにも行動生態学勃興時らしい解説がある.
そして,アマツバメのメイトガード戦略,カラスシジミやベッコウバチのオスのパロベルデ樹木のなわばり防御と,侵入オスとの「きりもみ飛行」パフォーマンス,そのような配偶戦略が進化する環境,ガラガラヘビの捕食者への対抗戦略,アフリカヒナギクやミツバチなどの外来種の問題,ツチハンミョウの体内毒と警戒色,そしてさきほどのベッコウバチとはまるで異なるツチハンミョウの配偶戦略(採餌場所の防衛と,交尾後ガード,さらにメスの隠れた選択の可能性),リクガメの生態,サボテンと人との関わり(この中では銃愛好家が砂漠の中のオオハシラサボテンを標的にして穴だらけにする被害が深刻だというお国ぶりを現す話もある)ペッカリーの血縁淘汰的子育て集団,ウズラ,スキアシガエル,パロベルデ,マメゾウムシの砂漠気候への適応,コハナバチのオスのメス掘り出し戦略,虫媒植物の戦略,オオハシラサボテンとウチワサボテンの繁殖戦略の差,セイブハシリトカゲと単為生殖集団(無性生殖に対する有性生殖の謎にもふれている),ツノトカゲの採食戦略,ウッドラットの生態とウマバエとの寄生関係などが,楽しいフィールドの観察とともにそれぞれの行動生態学的論点から次々と語られる.


読書中は楽しいフィールドノートを眺めながら,行動生態学勃興時の様々な議論を楽しんでいる気分を味わえる.自然の描写はなかなか魅力的で,改めてディズニーの映画を見たくなって,古いレーザーディスクを引っ張り出す羽目になった.オオハシラサボテンやウチワサボテンの風景にベッコウバチのメスのタランチェラ狩りやペッカリーの群れなどが映されていて本書を読んだあとでは格別だ.
また本書で解説されている行動生態の議論も非常に端正なものだ.本書出版から20年以上,私達の知識は随分増え,本書の議論のいくつかは理解がかなり進んでいるところもある.しかし大枠では本書の議論は現在でも十分通用するものだ.正しい理解の枠組みの力を示すものだと感慨深く楽しむことができた.


関連書籍など


Sonoran Desert Spring

Sonoran Desert Spring

  • 作者:Alcock, John
  • 発売日: 1994/03/01
  • メディア: ペーパーバック

原書

Sonoran Desert Summer

Sonoran Desert Summer

  • 作者:Alcock, John
  • 発売日: 1990/03/01
  • メディア: ハードカバー


同じくソノーラ砂漠の夏を描いた続編があるようだ.未邦訳.このページ右上の写真はこの本.オオハシラサボテンだと思われる.


「When the Rains Come: A Naturalist's Year in the Sonoran Desert」
http://www.amazon.com/When-Rains-Come-Naturalists-Sonoran/dp/0816528357/


20年ぶりの続編だろうか,アマゾン.jpではまだだが,amazom.comでは来年3月の刊行が予告されているようだ.



The Triumph of Sociobiology

The Triumph of Sociobiology

  • 作者:Alcock, John
  • 発売日: 2001/06/28
  • メディア: ハードカバー

行動生態学/社会生物学の枠組みを紹介するとともに,この分野はいろいろ批判されているが着実に科学的成果を上げているのだと主張している.細部は様々な行動生態の話があって楽しい本だ.


砂漠は生きている [VHS]

砂漠は生きている [VHS]

  • 発売日: 1994/08/03
  • メディア: VHS

書籍ではないが,大変有名なディズニーの記録映画である.ベッコウバチのタランチュラ狩り,アカオノスリのガラガラヘビ狩り,ペッカリーの群れがボブキャットをオオハシラサボテンのてっぺんに追い詰めるシーンなど今から見てもなかなかの迫力だ.冒頭に貿易風が遮られて砂漠になる仕組みがアニメーションで解説されていたりして作りも丁寧だ.
本書との関連でいえば,全体の風景,植生がよくわかるのにくわえ,オオハシラサボテン,ウチワサボテン,パロベルテ,ペッカリー,ベッコウバチ,リクガメ,ハシリトカゲ,ツノトカゲなどが登場して楽しい.また雨のあと砂漠の風景が一変し,花が咲き乱れる映像なども見事だ.
残念ながら日本ではまだDVD化されていないようだ.私の持っているのはLD版だが,価格を見てみると当時で7800円.よくぞ購入したものだとわれながら感心したところである.