「Natural Security」 第3章 セキュリティ,予測不可能性,進化 その1

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World


第1部の導入部に続いて第2部は「生命史とセキュリティ」と題されている.ここには2つ論稿が寄せられており,第3章は Geerat J. Vermeij による「Security, Unpredictability, and Evolution: Policy and History of Life」,第4章は Luis Villarreal による「From Bacteria to Belief: Immunity and Security」となっている.


さて今日は第3章は,フェルメイによる「セキュリティ,予測不可能性,進化」だ.フェルメイはオランダ出身の古生物学者で,海洋性の軟体動物の専門家.軟体動物がその歴史を通じてどのように捕食者に適応してきたかなどの研究歴があるようだ.調べてみると3歳の頃全盲になり,そのハンディを越えて学者として成功しているというキャリアの持ち主らしい.


人はセキュリティに常に真剣に取り組んできた.そしてセキュリティは通常人文科学や社会科学で扱われていて,ある意味それは当然のことだ.しかし実は生物はその35億年以上の歴史を通じてセキュリティに取り組んできたのだ.その解答は適応であり,私たちはそこからヒントを得ることができるというのが本章の趣旨だ.


フェルメイはまず適応を分析可能にするためにセキュリティの定義から始める.


セキュリティ:生物個体を殺したり,その生存するシステムを混乱させたり,その活動に重大な制限を与えたりするエージェンシーをなくすこと,あるいはそのようなエージェンシーに効果的に適応すること
セキュリティは,その生存ユニットの平均寿命,平均活動パフォーマンス,などを用いて測定し,その概念は相対的なものである.


次にいくつか対処が重要な脅威について説明する.


<広がりうる脅威>
脅威はそのときに破壊だけでなく,影響をさらに広げることがある.特に重要なのは,遺伝子に与える突然変異と,絶滅だ.絶滅はその種だけでなく生態系に多大な影響を与える場合がある.
このようなシステマチックな広がりは,感染症の広がりにも見られ,人の社会における恐怖の広がりに似ている.人のセキュリティにおいては,恐怖の伝染を操作できる相手が非常に重要になる.


<予測不可能性>
脅威が予測不可能性という特徴を持っていると短期的な適応によって対処できないという問題が生じる.
グールドは,生物個体の生涯にあまり繰り返し生じないような脅威に対しては,適応は無力で,生命史は偶然によって支配されていると主張している.しかしこの考えかたは,ある問題に対する適応が別のオプションを持つことがあるという現象を軽視しているとフェルメイは主張している.非常に長い時間の中で,非常に多くの系統がおなじ問題に対処する中で様々な解決策がテストされてきたというのだ.ここは通常の自然淘汰による適応を越えた部分でありちょっと面白い.


フェルメイはここから予測不可能性についてさらに深い分析を行う.


まず予測不可能性は何故生まれるのか.
適応は,混乱が小さかったり,十分繰り返されたりすれば脅威に対処できる.しかし混乱が大きかったり,まれであれば対処しにくい.
このような現象には以下の3つのカテゴリーがあるという.

  1. 新しい捕食者,競争者,病気
  2. 突然の物理的なカタストロフ(隕石,破局的洪水,火山活動)
  3. リソースの突然の崩壊

生命史の中ではこれらのイベントはよく絶滅を引き起こしている.しかし絶滅を免れている生物もある.


次にフェルメイはこれまでとられた解決策を見ていく.フェルメイによれば,適応的な解決策はいくつかのカテゴリーに収斂しているということだ.

  1. 受動的な耐性の向上:隠れる,静かにする(生態系の周辺でよく見られる)丈夫な鎧など,これには大きなエナジーが必要になる,またまれな出来事には対処しにくいという問題もある.
  2. 脅威に対する力による対抗:逃避,反撃.敵が予測可能なときには効果的.生態系での中心プレーヤーの戦術
  3. システムの知性の向上や長期化により,脅威を予測可能にする:観察を多くし,情報処理を高める
  4. 自分自身も予測不可能になり,脅威側による予測を不可能にする.:ランダム化をする能力.例;チョウの飛び方,自分自身がまれになることで予測が難しくなる.例;素数ゼミ.ただし絶滅リスクは高くなる
  5. 脅威に対するリソースの供給を絶つことにより,脅威を孤立化,弱体化させる.:孤立化,脅威とのリンクを減らす,また仲間とのリンクを減らす.脅威を予測可能にする1つの方策でもある.
  6. 冗長性を持つことにより一部の攻撃を無効化する:一般的に冗長性は安定性と頑健性を生む 例;生物の身体のモジュラー性.遺伝子のコピー(致命的な突然変異に対する保険)農業における産地の分散(特に病虫害に対して)
  7. 分散処理性,中央からのコントロールを弱くして,自律的なコンポーネントによる局地的な反応を効率化し適応力を向上させる


フェルメイは特に冗長性,分散処理性に関して詳しく論評している.例えば,哺乳類にとって身体のサイズの大型化や特殊化は数々の利点があるが,個体数が減り,まれな変動に対して絶滅しやすくなる.これに対してより広く雑食性になり,適応ニッチを広げて冗長性を持てば絶滅から逃れやすくなる.これから来る教訓として,特化した経済システムは効率的だが,やりすぎると危機に対して弱くなるのではないかと示唆していて,最近のアイスランドの事例などが思い浮かぶ.
分散処理については,生物機能そのものが,生物個体の細胞,生物群集の中の個体,生態系の中の各生物群,など分散処理の原理に従っていることを挙げている.ここはフェルメイが最もよく研究している分野の1つのようだ.



関連書籍

フェルメイの著書 いろいろと書いている.Privileged Handsは自伝のようだ.

Nature: An Economic History

Nature: An Economic History

Evolution and Escalation: An Ecological History of Life

Evolution and Escalation: An Ecological History of Life

A Natural History of Shells (Princeton Science Library)

A Natural History of Shells (Princeton Science Library)

Privileged Hands: A Scientific Life

Privileged Hands: A Scientific Life

Biogeography and Adaptation: Patterns of Marine Life

Biogeography and Adaptation: Patterns of Marine Life