「Natural Security」 第8章 イスラム原理主義テロリズムの原因と解決

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World


ここしばらくダーウィンとウォーレスのエントリーが連続してしまったが,久しぶりに本書に戻ろう.


第8章は,ブラッドリー・サイヤーによるイスラム原理主義に絞った分析だ.サイヤーは国際関係や防衛政策研究の専門家のようだ.


9.11はイスラム原理主義によるテロだったわけで,まさにこれが現在アメリカでの対テロの中心課題ということだろう.もちろんこれについては既に膨大なリサーチが出されているだろう.本書は進化生物学を応用しようということで,1)イスラム原理主義テロの根本的な原因を考える 2)イスラム原理主義テロリストの動機を考える 3)進化的,生態的に対策を考える という順序で考察していく.


サイヤーはテロリストの動機は,対策上重要だと指摘している.どうしてテロリストに脱落者が少ないのか,どうすれば脱落させられるかを考察することは重要だということだろう.


1)イスラム原理主義テロの根本的な原因
サイヤーは最初の原因として,国際関係は統一政府のないアナーキー性をあげている.国際世界は危険で戦争があり,人権侵害も起こるのだ.だから世界の中にはスーダンタリバンのような失敗した政府があり,そこにテロリストが巣くうことができる.
2番目の原因はアメリカ合衆国の軍事的優越性だ.そしてアメリカは実際に軍をイスラム地域に展開した.それはテロリストの目標になるのだ.イスラム地域(特に聖地のあるサウジアラビア)から米軍を追い出すことがテロリズムの存在理由になってしまう.
イスラム原理主義から見ると,米国に協力的なイスラム勢力は近くの敵ということになる.そしてアルカイーダまでは,イスラム原理主義テロは近くの敵を攻撃していた.アルカイーダは直接アメリカをたたけることを示した点で革命的なのだ.
そしてさらに深い原因として,イスラム地域というものの存在,イスラム教の存在,宗教の存在というものがある.サイヤーは,テロ対策上問題になるのは,イスラム原理主義のどこが魅力的かというところだと指摘し,進化的には以下のように分析できると説明している.
i) イスラムは秩序と階層を提供する
ii) アラビア半島のようにリソースが少ない地域では,男性はリスクをとった場合に報酬が多い環境条件を魅力的に感じる.イスラムは一夫多妻を認めそれにフィットする.

この2番目のサイヤーの分析はかなり短絡的だろう.キリスト教社会でも裕福な男性は(適法な多妻でなくとも)いくらでも配偶チャンスはあるはずであり,あまり説得力はないと感じられる.


2)個人にとっての動機
サイヤーは動機を3つあげている.
i) 社会における男性の地位を求める心.テロリストや,その支援原理主義グループは社会内で力があり,男性の地位を求める心にフィットする.
ii) 強大な西洋文明にイスラム文明が屈服するのを見たくない,ひっくり返したいという心.これはグループ間抗争に勝利したいという男性心理だ.
iii) 殉教者への若い処女72人の約束が,若い貧しい男性の配偶相手を得るためにリスクをとる傾向にフィットする.また実際にテロリストは社会で尊敬され魅力的である可能性もあるとしている.また殉教者の兄弟が女性にとって魅力的になる可能性(血縁淘汰の文脈)もあげている.

ここも3番目の説明もちょっと短絡的だろう.もちろん若く貧しい男性がよりリスクをとるのはわかるが,殉教者が本当に72人の処女に目がくらんでいるというのは疑問だ.

サイヤーはここで,なぜイスラム原理主義テロリズムが,共産主義と比べて,脱落者が少ないかを議論している.サイヤーはまず原理主義宗教が大きな家族を模倣しており,共産主義に比べてよりヒトの進化心理傾向にフィットしていること,若い人への洗脳がより強固なことをあげている.洗脳とあるから,ミームコンプレックスとしての宗教による操作という部分はここで押さえられているということだろう.


一部短絡的なところもあるが,議論の大枠をあえて擁護すると次のようなことになるだろう.
サイヤーの主張は,アラビア半島のような自然環境が厳しいところでは,より秩序と家族的な団結を重視し,リスクリターンが高い生き方を説く宗教が魅力的になる.そしてそのような宗教としてイスラムが台頭した結果,若く貧しい男性にとってよりリスクをとることを奨励するような教えと環境があり,強く洗脳されているためにテロリストという生き方を選ぶ強い動機を形成しているということだと思われる.


後半は「対策」についてだ.


サイヤーの最初の示唆は「イスラム社会での女性の権利向上」だ.女性の地位向上とともに教育水準が上がり,より社会の中でリスペクトされ,より少子化するだろう.そして食い詰めた貧しい若い男性が減るという効果が期待できる.


2番目に「イスラム社会の民主化」をあげている.イスラム自身の手による民主化で,民主的な政府ができればより社会は自由で世俗的になるだろうという予想だ.
後半は疑問だ.それは極めて高度に民主化されたアメリカ合衆国が極めて宗教的である一面を持つことから見て必ずそうなるわけではないと考えた方がよいのではないだろうか.


ともかくサイヤーは,イスラム自身の手による民主化と政治的自由,市場経済と経済的な自由は,法の支配とともにマイノリティの権利保護につながり,それはより平等的で世俗した社会を作り,テロリストのメッセージを弱めるだろうと考えているようだ.これはブッシュドクトリンの擁護でもある.
必ずそうなるとは限らなくても,そうなるかもしれないし,それは(テロ対策というより)民主化と人権の尊重という目標自体の価値によって試みる価値があるということかもしれない.


3番目にサイヤーは,ある種のテロリストのメッセージには直接反論すべきだと言っている.「家族」はテロリズムではなくすべてのイスラムが含まれるはずだし,イスラムは他の家族のメンバーを.その人が他の家族のメンバーであるという理由で殺すことを正当化していない.テロリストの家族から見てその家族メンバー(自殺テロリスト)を奪うことは非イスラム的行為であるはずだ.そしてすべての政府は自殺テロを賞賛すべきではなく,その家族とコミュニケートするように勧めている.
なぜそれが有効かについては触れられていない.


サイヤーは最後に西洋の強さについても認識すべきだと言っている.これは興味深い,アメリカにおいて西洋的な価値に対する懐疑主義テロリズム関連の文脈で結構ふえていると言うことだろうか.
西洋民主主義は共産主義に勝利した.アルジェリアではイスラムテロリズムの抑制に成功しているなどと主張している.


本章は,全体としては,共和党よりのテロ対策の専門家による分析ということだろう.対策については基本「上から目線」的だ.評価は様々だろうが,アメリカにおける保守本流のテロの受け取り方の基層がわかってちょっと面白い.



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